26 五月雨登校
GW明けに風邪で欠席した日を境に、ハルキはポツポツと学校を休むようになった。
最初は英語のテストの日。
数日前から憂鬱そうに「今度テストがあるんだよね……」と呻いていたが勉強している様子はなく、前の晩もいつものように遅くまでネットゲーム。
朝になって起こしに行くと、目を覚ますなりこう言った。
「すごくだるい。休みたい」
――とうとう、きたか……。
もしハルキがさしたる理由もなく学校に行きたくないと言い出したら、そのときは黙って受け入れよう。そう心に決めていた。
「じゃ、休もうか」
内心の動揺を悟られないようきつい口調にならないように、細心の注意を払って答える。
「あのね……ゲームやるのは別にいいけど、体が心配だから、生活管理はきちんとしなよ?」
これは嘘だ。
『ゲームやっても別にいい』なんて思えない。
このままずるずるとネット世界に飲み込まれ、学校にも行けずに廃人のようになっていくのではないかと思うと怖くてたまらず、本当は今すぐやめさせたくて仕方なかった。
ゲームだけじゃない、勉強のことやだらしのない生活や足の踏み場のない部屋や、気になることは山ほどあった。見たら何か言いたくなってしまうから、必死に見ないふりをしているだけ。
しかしそんな親の気持ちなど知りもせず、休んだその日もネットゲーム。さらに数日後、今度はR18の残酷ゲームのソフトを買って欲しいと言ってきた。
R18と聞いて狼狽えたわたしは、すぐさま夫に相談した。
すると、何でもないことのように「いいんじゃない?」という返事。
ひょっとして、わたしが心配し過ぎなのか?
それでも残る不安に折り合いをつけようと、押し付けにならないギリギリの言葉を探す。
「買ってあげるけど、いつも君のことは心配しているからね。もし何かトラブルとかあったら、すぐに相談してね。大事に思っているから」
それを聞いたハルキはおどけた口調でこう言った。
「え、そうなんだ。知らなかった!」
心なしか嬉しそうなその表情を見て、これでよかったんだと無理やり自分を納得させた。
それからハルキは月に数回のペースで学校を休むようになった。
わたしから見ればどれもありえない理由ばかり。
たまった宿題を徹夜で終わらせようと思っていたのに途中で寝てしまった、部活の筋トレで筋肉痛になった、明け方までゲームやっててどうしても起きられない……。
そのたびにわたしは、『遅刻したり休んだりしながらでなければ、今のハルキは学校に行けないのだ』そう自分に言い聞かせ、湧き上がる葛藤を強引に飲み下そうとした。
思春期外来担当のある小児科医によれば、思春期の不登校や問題行動の多くは、ありのままの自分が否定され続けて心が消耗したことによるという。そうしてぺしゃんこになった心を元通りに膨らますには、命令や支持や干渉を一切やめて、ただ黙って見守るしかないのだと。
わたしは不安に駆られるたびに、その小児科医のブログに繰り返し目を通した。
そして、今は黙って見守るしかないのだと、心の中で呪文のように唱え続けた。




