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23 不安との闘い

 ジリリリリリリ……


 5分おきの目覚ましは次第に大きな音になり、今や耳をふさぎたくなるほどだ。

 しかしそれでも、ハルキが起き出す気配はない。


「ほら、もう6時半だよ!」


 歩いて5分の場所にあった小学校とは違い、電車を乗り継ぎ片道40分かかる。さすがに気になって、何度も家事の手を止め声をかけにいく。


 しかし1時間かけて起こしても、寝起きのハルキはやはり超絶不機嫌。


「なんでこんな時間!? 早く起きて宿題をやるつもりだったのに……母さんが早くから気合を入れて起こさなかったからだ!」


 自分勝手な言い分にカッとなり、心の中で絶叫する。


『夜更かししてて起きれないって、当たり前だろうが! 起こしてもらって、文句言うな!』


 しかし、自分の感情をぶつけることで子供をコントロールしようとしてはならないと、なけなしの理性をかき集め、ぐっと怒りを抑え込んだ。


 数日前の入学式で、真新しい制服を身に着けたハルキは、ぎこちないながらも微かに笑顔を浮かべていた。

 心機一転、新たな気持ちで中学校生活をスタート……とまではいかなくても、今のところなんとか休まず登校している。


 春休みの様子から不登校になるのではと心配していたが、ただの取り越し苦労だったのかもしれない。どうかこのまま持ちこたえてくれますように――祈るような気持ちで1日1日が過ぎていく。


 そんなある日、学校から帰ってくるなりハルキが面白がるような口調でこう言った。


「先生と、1時半には寝る約束になった」


「へー、何で?」


「今日、自分史を書くというのがあってね。

『現在』のところで『ネットゲームやって夜更かししているダメ人間』って書いたら、『どうしたらこれは変えられるのかな』って言われて。

『もう少し早く寝るようにします』『今何時に寝てるの?』『だいたい2時とか……』『じゃあ、1時半に寝るようにしようか……』ってことになったんだ」


 そう言いながら、ニコニコ笑っているハルキ。


 ハルキのクラスの担任は、20代半ばの若い男の先生だ。

 授業中に騒ぐ生徒がいると、叱らずに「今のうちに余分なエネルギーを発散しておこう」と言って、休み時間に相撲を取るという変わり種だ。


 そういう頭の柔らかい先生なら、ハルキのこともうまく導いてくれるかもしれない――密かな期待に胸が躍った。


 しかしハルキがその約束を守ったのは、ほんの数日だけだった。朝のバトルはあっという間に再開し、何度か話し合いも試みたが、そのたびハルキは「起こされたのも覚えていないのに、自分で起きろっていうの!?」と逆切れだ。


「ハルキを起こすのはお母さんの仕事じゃないんだよ。生活の管理は、ハルキ自身の課題だからね!」


 そう、ハルキの寝坊は、わたしの課題ではない。

 遅刻をして困るのはハルキ。だからこの問題は、ハルキ自身が考え自分で解決しなければならないことなのだ。

 そこに親が手を出せば、子の成長を妨げる。


 わかっている。

 頭では充分わかっているくせに、遅刻したのがきっかけで学校に行かないと言い出したらどうしよう、と不安でたまらず、放っておくことができない。


 遅刻しても宿題をやらなくても、ネットゲームに逃げ込めば忘れられる。

 そうやって現実から目を背け、そのことでますます現実世界の足場を失ってしまうのではないかという不安。どんどん坂をころげ落ち、取り返しのつかないところまで堕ちてしまうのではないか、という底知れない恐怖。


 頭に思い浮かぶのは、10代の頃の自分だった。


 高校にはトップクラスの成績で入ったものの、何のために勉強するのかわからず生きる意味も見失い、坂を転げ落ちるように成績は落ちて行った。

 虚無に流され楽な方に逃げ続けることでますます追い詰められ、その泥沼から抜けられなくなったわたしは、漫画の世界に逃げ込み、リストカットをし、死ぬことばかり考えて高校時代を過ごした。


 その時に嫌というほど思い知らされたのだ、逃げるほどハードルは高くなり、苦しみは大きくなっていくと。


 ハルキが現実から目を背けようとする姿は、その経験をまざまざと思い起こさせた。

 ありのままのハルキを受け止めようとするたびに、忘れていたはずの不安がブレーキをかける。


 自堕落に崩れようとする弱さを受け入れて、逃げ続けることまで許したら、あの頃のわたしのように行き止まりまで追い詰められて、最後は死を考えるしかなくなってしまうのではないか?


 ハルキの問題はハルキに任せるべきだと頭ではわかっているはずなのに、どうしても胸の奥に巣食うその不安をぬぐい去ることができない。

 それから長いこと、わたしはその葛藤に悩まされ続けることになった。

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