21 パソコン
2月の初めに、ハルキの中学受験は終わった。
結果は1勝3敗。
第一志望の超難関校は、当然ながら不合格。
それでも唯一受かった学校で、特待クラスに滑り込むことができた。1年間は授業料も免除になるし、それなりに面目もたつ。
そう、面目だ。
そもそもハルキのために中学受験の道を選んだはずだったのに、実際のところわたしは親としてのプライドや世間体ばかりを気にしていた。
ありのままのハルキを受け入れるなどと言いながら、心の奥底では他人に自慢できるような学校に入って欲しいと願ってしまう親のエゴ。
その愚かさをあざ笑うかのように、受験勉強から解放されたハルキは加速度的にゲームとテレビに没頭していった。
学校から帰ってくると、食事以外はほとんどモニターにかじりついている。
受験のストレスがよほど溜まっていたのだろうと思いつつも、その姿はわたしをひどく不安にさせた。
そんなハルキのゲーム熱に拍車をかけたのが、新しいパソコンの購入だった。
当時わが家のパソコンは共用で、使いたいときはそのたび親に申告するという形をとっていた。
そのためハルキは何年も前から「中学生になったら自分のパソコンを買う」と宣言し、お年玉を貯めていたのだ。
しかし具体的に購入する段になると、話し合いは紛糾した。
ハルキは、テレビチューナー付きのパソコンを自分の部屋に置くことを強く主張した。
これまでずっと、ネットもテレビも一方的に時間を制限されるのが嫌でたまらなかったのだという。
しかし、ただでさえ刹那的で享楽的な性質の強いハルキに自己管理ができるとはとても思えない。
そこからズルズルと生活が崩れていくことが、あまりに容易に想像できてしまう。
そういってわたしたちがなかなか首を縦に振らずにいると、ハルキは溜め込んでいた不信感や怒りを爆発させた。
――これまでだって、いつも俺の気持ちは無視されてきた。
ハルキの胸の中に残る大きなしこりを目の当たりにし、わたしの心は揺れた。
わかっている。
ゲームやネットから無理やり引き離そうとしても無駄なのだ。
外から押し付けられた秩序は、いつか破たんする。
今のハルキに必要なのは、自分で選び、その結果を自分で引き受けることだ。
その一方で、こいつはまだ影響を受けやすい未熟な子供なのだから、大人が危険から守ってやることも必要なはずだ、そんな思いも胸をよぎる。
右に左に、振り子のように激しく揺れ動く心。
その中で、ただひとつだけ強く確信していることがあった。
もしここでハルキの願いを拒絶すれば、この数か月の間に積み上げてきたわずかばかりの信頼関係など、跡形もなく崩れ去ってしまうだろうということだった。
そんなわたしの気持ちをすべて見透かすかのように、夫は言った。
「パソコンもゲームも、どうせいつかは自分で管理できるようにならないといけないんだ。あとはハルキ自身に任せたらいいと思うよ」
「……でも、ちゃんと自己管理できるようになるとは、とても思えない……」
「だとしても、それはハルキが自分でどうにかしなきゃいけないことだから」
「それは確かにそうなんだけど……」
夫のようにキッパリと割り切ることができず、その後もわたしは悩み続けた。
しかし何度考えてみても、いきつく答えは結局同じ。
そして2月の終わり、ハルキはとうとう自分のパソコンを手に入れたのだった。




