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20 誕生日

 1月の半ば、中学受験の前半戦が無事終了した。

 ちょうどそのタイミングで、わたしは誕生日を迎えた。


 お祝いの献立は、夫の十八番のミートソース。

 食後には、ケーキを囲んでふたりがちょっと音痴なハッピーバースデーを歌ってくれた。


 照れ臭そうなハルキの表情が微笑ましくて、にやけた顔でロウソクを吹き消しプレゼントを受け取った。


 いくつになっても祝ってもらうのは嬉しい。

「主賓はそのまま座ってて」という夫の言葉に甘え、後片付けもすっかりお任せだ。


 しかし、テーブルと流しを往復しながらまめまめしく動いているのは夫だけ。

 ハルキは面倒くさそうに「雑巾投げて」と言うだけで、席を立とうともしない。


 その光景は、わたしの胸をひどくざわつかせた。

 さっきまでの浮かれた気持ちが、急速にしぼんでいく。


「お父さんばかり片付けてるのを見ると、なんか落ち着かないんだよね……」


 思わずこぼしたわたしの言葉に反応し、ハルキは憮然とした表情で汚れた皿を流しに運んでいった。

 が、すぐに戻ってきて再びテレビを見続ける。


 ――自分ばっかり楽をして。本当に誕生日を祝ってくれる気持ちがあるの?


 わたしはため息をつきながら、もらったばかりのプレゼントの包みを弄んでいた。


 ふと気づくと、夫がにこにこしながらそっと手招きをしている。


 ――何だろう?


 誘われるまま奥の部屋までついていくと、小さな声で耳打ちされた。


「ハルキに、俺と同じことを要求しちゃダメだよ。俺は、やろうと思えば完全なサービスができる人間なんだから。それと同じ基準でハルキを見たら、ダメだよ?」


 そう言ってにっこり微笑む夫。

 心の動きをすっかり見透かされているバツの悪さもあって、わたしは口を尖らせ反論する。


「だって……ハルキが楽をしようとしてるから、腹が立っちゃうんだよ」


 すると夫は、ひたとわたしの目を見据えて言った。


「それは違うよ。ハルキは、どうしていいかわからないだけだよ。さっきもずっと冬子のほうを何度もちらちら見ていたんだよ」


「え……」


 全然、気がつかなかった――。


「ハルキは、そういうことがわからない人間じゃない。やらなきゃいけないとわかっているけど、まだできないんだ。

 冬子はずっと、ハルキを受け入れることを学んで頑張ってきたんでしょう? でも、今日はまたいつものパターンだと思ったから、言ったんだ。これじゃ前と同じだよ?」


 何もかも、その通りだった。

 わたしはまた自分の思い込みで、ハルキのことを決めつけていたのだ。


 恥ずかしさと情けなさで、夫の顔がまともに見れない。


「じゃあ……ハルキが自分からやるようになるのを、待つということだよね……?」


 やっとの思いでそれだけいうと、夫は満足そうにうなずいた。


「そうだよ。さあ、ハルキが気にするから、むこうに戻って」


 そして自分も何食わぬ様子で、台所に戻っていった。



 ああ、この人には適わない。



 自分がとても、ちっぽけな人間に思えてならなかった。


 同時に、夫がハルキの本質をちゃんと見てくれていることがわかり、しみじみと心が温かくなった夜だった。

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