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16 振り子 

 クイズ番組でハルキとぶつかった夜から、ふたりの間の緊張した空気が緩み、今までにない何かが動き始めたと感じることが増えていた。


 しかしそれはまだ、ほんの小さな芽に過ぎなかった。

 コミュニケーションの方法を少しかじり、ハルキへの見方がほんのちょっと変わったくらいで、すべてが解決するわけもない。


 実際この時期のわたしは、まるで振り子のようにハルキへの受容と拒絶を繰り返していた。


 頭では何がいけないのかどう振舞えばいいのかを理解していても、ハルキが反抗的な態度をとればやはり条件反射のように小言が口をついて出そうになる。

 それを無理やり抑え込み、学んだばかりのスキルを駆使して強引にハルキの言葉に耳を傾け、一言一言刻み付けるように吟味しながら言葉を発していく。


 例えば散らかし放題で足の踏み場もない部屋。


「お母さんはこの部屋見ると、なんだかすごくやる気がなくなるなぁ……」


 責める口調にならないよう冗談めかして自分の気持ちをそっと伝えると、


「俺もだよ。しょうがない、今日は片付けるか」


 そう言ってハルキがニヤリと笑い返し、翌朝には見たことがないほど整然とした部屋が姿を現す。


 そんなときは、力強く温かい気持ちが腹の底から湧き上がってきた。


『この子はちゃんと自分で問題を解決する力を持っている、今まではわが子を信じられなかったわたしが勝手に口を出しその機会を奪っていただけだったのだ』


 けれどそう思えるのは、何もかもがうまくいっている時だけだ。


 たとえばほんの数日で元通りに散らかってしまう部屋。

 勉強した形跡が1ミリもない机の上。

 大事な模試の前日に、友達とカラオケに行く真剣味のなさ。


 そのたびにわたしはがっくりと失望し、信じようとしていた気持ちは容易く萎えてしまう。


 一度負のスパイラルに入ると、ハルキのすべてが救いようがなく思えてきて、鉛を飲み込んだかのように心がどんどん沈んでいった。

 次々と湧いてくる不安と戦うだけで、すべてのエネルギーが失われていく。


 こんな日は必ず夜中に目が覚めてあれこれと思い悩み、そのたびにキリキリと胃が痛んだ。



 眠れない夜に必ず思い出すのは、父のことだ。


 10代で新興宗教に走り、そのまま10年間を無為に過ごしたわたしを、父はいったいどんな気持ちで見ていたのだろうか。


 おそらく、言いたいことは山ほどあったことだろう。

 でも父は「よく考えろ」と諭しはしたが、やめろという言葉を口にしたことはただの一度もなかった。



 父は生前よくこんなことを言っていた。


「口に出すのも勇気がいるが、黙っている勇気っていうのもあるんだ」


 そのときは、それがどんなに苦しいことかまったくわからずに、ただその言葉を聞き流していた。今になって初めて、その本当の意味と父の気持ちが、ほんの少しわかるような気がした。

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