14 希望への道筋
一冊の本との出逢いでようやく見えてきた希望の光。
しかしいざ現実を目の前にすると、戸惑うことばかりだった。
受け止めるとは、いったいどういうことなのだろう。
この場面でわたしは何と声をかけたらいい?
どうしたら、形だけでなく心からハルキを受け入れる気持ちになれる?
答えを見つけたつもりでいたが、具体的にどうしていいかがわからない。
考えてみれば当然だ。
自分がされたことのないことをしようとしているのだから。
子どもの頃、家の空気はいつも張り詰めていて、ほんのちょっとしたことで母のヒステリックな小言が飛んできた。
当時のわたしにとって家族とは、衣食住と引き換えに、自分を縛り、苦しめ、傷つけるものでしかなかった。
常に緊張し、怯え、怒っていたあの頃の自分。
そんな家庭にだけはしたくないと、ハルキには小さい頃から毎日ハグをした。
自分が欲しかった温もりを、ハルキには与えてやりたかった。
けれどわたしは、ハルキの体を抱きしめることができても、心を抱きしめることがどうしてもできなかった。
ハルキが小学校に入る前に、体育館で聞いた講話をふと思い出す。
『……お子さんの話を、まずは黙ってじっくり聞いてあげてください』
穏やかな笑みをたたえた講師の言葉に心を揺さぶられ、これからはハルキの話にちゃんと耳を傾けようと決めたのに――。
そのとき、頭の中で閃くものがあった。
あのときの資料がまだあったはずだ。いつか必要になるときがくるかもしれないと、配られたレジュメをとっておいたのだ。
わたしはすぐさま本棚の奥に埋もれていたプリントを探し出した。
すっかり黄ばんだ紙の上の文字を夢中で追っていくと、そこにはまさにわたしが疑問に思っていたことの答えが記されていた。
つまり、子供の気持ちに寄り添い親の気持ちを伝えるために、具体的にどうしたらいいのかということだ。
それが『親業』というアメリカの臨床心理学者によるコミュニケーションプログラムであるということを知ったわたしはすぐさま本を手に入れ、軽い興奮を覚えながら、都内で開かれている講座への参加を申し込んだ。
そこで教わったことは、どれも具体的で、なおかつわたしたち親子に欠けていることばかりだった。
学ぶにつれ、これまで自分がハルキに対していかに未熟な接し方をしてきたかがはっきり見えて苦しくなった。
しかし、落ち込んでいる暇などない。
ハルキとの関係がまだ修復可能であるならば、手遅れにならないうちにできることをやらなければ。
そしてわたしは、ハルキへとの関係をひとつずつ見直す作業を始めたのだった。




