12 母性の欠如
人として何が正しく、何がいけないことなのか。
それを教えることが親の務めと、そう信じていた。
きちんとした生活習慣を身につけさせ、社会で生きていくためのルールやマナーをしっかり教え込み、ハルキをまっとうな人間に育て上げなければと必死だった。
口うるさい母親だという自覚はあった。
だがこの子のためだと思い込み、がむしゃらに正論を押しつけた。
この本でとりあげられているのも、やはりわたしと同じように生真面目で融通がきかず、子どもをうまくしつけようと一生懸命な母親たちだ。
だが彼女たちの努力と裏腹に、子どもたちは不登校やいじめや心の病に苦しみ、あるいは犯罪に手を染めていく。
どうしてこんなことになってしまうのか。
母たちの戸惑いとやりきれなさは、とても人ごととは思えない。
筆者はそんな彼女たちに温かなまなざしを向けながら、専門家の視点でもつれた親子関係を解きほぐしていく。
>私が胸を痛めるのは、このように子どもを追いつめてしまうようなしつけは、母親なりに「いい子に育ってほしい」という強い思いがその背景にあることを、よく知っているからです。(「お母さんはしつけをしないで」P33)
皮肉なことに、その強い思い入れが行き過ぎたしつけを招いてしまうのだ、と。
>しつけに熱心なお母さんたちは、子どもに「大人化」を期待する余り、母性で接する余裕を失い、ついつい父性的な関係を子どもとの間に作ってしまう傾向があるのです。(同書P78)
母性と父性。
そのときまで、ふたつの意味を深く突き詰めたことはなかった。
愛情があるならどちらでもいいだろう、単純にそう考えていた。
だが、そうではなかった。
>母性とは、対人関係のあり方のひとつの典型です。「わかる」「認める」「受けとめる」「許す」「包みこむ」などと言いかえられる姿勢のことです。(同書P73)
>母性は人格の土台を形成します。心理学でしばしば「基本的信頼感」と呼ぶものです。この土台がもろいと、その後の発達課題を乗せることができません。それが生涯をしばるほど重要であることは、心理学の理論上明らかなことです。(同書P220)
心臓を鋭い爪でギュッとつかまれた気がした。
わかる
認める
受けとめる
許す
包み込む
どれもこれも、わたしの子育てからごっそりと抜け落ちていたものばかり。
確かに世話はしてきた。
夜中に何度も起きては乳を与えてオムツを替え、寒くはないか目が覚めてしまわないかと常に心を砕いた。
いつだって自分のことは後回し、まずハルキのことを考えた。
それが母親だと、そう思っていた。
だがそれは、母性のほんの一部分でしかなかったのだ。
ハルキが世話されるだけの赤ん坊でなくなると、わたしはその未熟さや不完全さを許すことができなくなった。
ハルキのわがままさや愚かさを受けいれられず、正しさばかりを要求し罰することでいうことを聞かせようとした。
幼い心に何より必要なのは、潔癖なまでの正しさでなく、無条件に受けいれられることだったのに。
容赦のない厳しさよりも、まずダメな部分もまるごと許され、ただ温かく包み込まれる経験だったのだのに。
わからない
拒否する
はねつける
罰する
断ち切る
滑稽なほど必死になってわたしがしてきた子育ては、父性にかたよった強いしつけでしかなかったのだ。
――母性は人格の土台を形成します。……この土台がもろいと、その後の発達課題を乗せることができません。(同書P220)
ありのままの自分をまるごと受けとめてもらうことでしか手に入れることのできない、自己肯定感。
母性が欠如したわたしの子育てで、はぐくまれるはずがない。
ハルキが空っぽなのではない。
わたしがハルキを、空っぽにしてしまったのだ。




