10 荒んでいくわが子
わたしたち親子は、何らかの深刻な問題を抱えている。
塾長との面談をきっかけに、わたしはようやくそのことをはっきり認めるようになった。
だが、具体的には何の手立てもないまま本格的な受験シーズンが近づき、ハルキはますます荒れていった。
毎晩夜9時には塾を出ているはずなのに、10時を過ぎても帰宅しない。
携帯のGPSは、家の数十メートル先で止まっている。
不審に思って問い詰めれば「別にいいだろ? コンビニで肉まん食ってたんだよっ!」と吐き捨てる。
危ないから早く帰ってくるように諭すと、今度は携帯の電源を切って寄り道をするようになった。
家に帰ってきても、まず夜中までゲーム。
それから塾の宿題にとりかかり、寝るのは深夜の2時3時だ。
どれほど早く寝ろと言っても、一向に聞く耳を持たない。
当然朝も起きられるはずがなく、何度も声をかけるわたしを睨んで「うるせえな」と暴言を吐く。
よろよろと布団から起き上がってシャワーを浴び、 教科書が見つからないと言ってはまた八つ当たり。
濡れた髪のままランドセルを背負い、ふてぶてしい態度で遅刻するその姿は、とても小学生とは思えない。
学校でも、クラスメートを泣かせたり備品を壊したりといったことがよくあるらしく、そのたび担任から電話が入った。
「叱っている間はひどく神妙な顔をしていたんで、ちゃんと反省してくれたと思ったんですが……教室を出た瞬間に、ケロッとして友達と笑ってるんですよ。いったいどういう神経してるのか……」
ため息交じりの担任の話にいたたまれなくなり、電話に向かって何度もぺこぺこと頭を下げる。
「彼は、ちょっと大人をなめてるようなところがありますね。
まあ小日向君だけでなく、中学受験するお子さんはたいていそうです。ストレスでおかしくなっちゃうんですよね……」
そうじゃない。
受験は、ただのきっかけだ。
ハルキには、大事な何かが欠けている。
だって、昔のわたしがそうだった。
空っぽの自分をどうすることもできず、空虚さを、無意味さを、淋しさをこじらせ続けた十代の頃。
虚無に食い荒らされ捨て鉢になっていく危うさは痛いほどわかる。
だが、どうしたらそこから引っ張り出してやれるのかが、わからない。
めまいがするほど怒鳴っても、夜更かしをやめず悪びれもせず、暗く冷たい瞳で遅刻し続けるハルキ。
ヒリヒリとした不安が、日に日にわたしを追い立てる。
焦りと苛立ちが頂点に達したある朝、わたしは登校直前のハルキの首根っこをつかまえ、思わず絶叫した。
「あんたね、いい加減にしなさいよっ!」
しかしハルキは怯むどころか、ゾッとするほど冷たい目でこちらを見下ろすと、地の底から響くような声で「何が?」と吐き捨てた。
そして青ざめた顔を歪ませこぶしをぐっと握りしめると、白い壁に渾身の一撃を叩きつけて玄関を出ていってしまったのだ。
後に残されたのは、ひび割れた白い壁。
――もう無理だ。
わたしにはこれ以上、どうすることもできない……。
無力感に打ちのめされ、へたへたとその場に座り込む。
底冷えのする玄関で、どれくらい呆けていただろうか。
ふいに、恐ろしい実感が腹の底からせり上がってきた。
このままいったら、本当にわたしは、ハルキを永遠に失ってしまう――。
真っ暗な深い闇。
救いのない世界。
いやだ。
そんなところに行くものか、ハルキを行かせてなるものか。
わかっている。
ハルキは本来、繊細で優しい子どもだ。
その優しさに甘え、抱えきれない不安をだらしなくぶつけてきたのはわたしだ。
黙って受け入れてくれたから。
何度でも許してくれたから。
こんな母親でも、大好きだと言ってくれたから。
わかっている。
もしハルキが赤の他人だったなら、こんなにもむき出しの感情を浴びせることなどできなかったはずだ。
わたしは自分を頼らざるを得ない無力な子どもを所有物のように扱い、利用していたにすぎない。
ハルキに雪崩れ込むことで自らの弱さを処理してきたそのツケが、とうとう回ってきてしまったのだ。
このまま自己憐憫に溺れ続ければ、遠からずすべてを失うことになるだろう。
それが嫌なら、いいかげんに痛みを引き受ける覚悟をしなければ。
しっかりしろ。
必ず道はあるはずだ。
たとえどんな思いをしても、それを探し出さなくては。




