9 見て見ぬふり
振り返れば、それまでにもヒントは与えられていた。
たとえば小学校の入学時健診で、保護者に向けて語られた言葉。
「みなさんどうか、学校から帰ってきたお子さんの話を、まずは黙ってじっくり聞いてあげてください。
評価も否定もされずにありのままを受け止めてもらったと感じると、子供は自分の頭で考え始め、勝手に問題を解決していくものです」
しかし、頭でそうしようと思っても、わたしの感情はどうしてだか激しくそれを拒絶した。他愛のないハルキの話にいちいち過剰反応し、正論でとことん叩き返さずにいられない。
「どうして、先生に言われた通りにやらないの!」
「友達とは仲良くしなきゃダメでしょ!」
自分が発した言葉の、固く冷たい響きにギョッとする。案の定ハルキの表情は次第に強張り、やがて何を聞いても気のない返事ばかりするようになった。
ささいなミスやちょっとしたルール違反も許せない過ぎた潔癖さ。
他人との関係ではある程度セーブできているつもりだったが、わが子が相手だと、どうにも抑えがきかなくなる。
これではダメだと無理やりに笑顔を貼り付け優しさを纏おうとしたが、ひょんなことで自動的にスイッチが入り、ハルキのすべてを拒絶する強固なシールドが発動する。
子供の話を黙って聞く、ただそれだけのことが、なぜできない?
どんどん自分を追い詰めて負のスパイラルに陥りそうになったわたしは、自分自身に言い訳を始めた。
仕事で疲れているのだから仕方ない。
わたしなりに頑張ってるのは、ちゃんと伝わっているはずだ。
理想的とは言えなくても、大きな問題はなく育っているのだから大丈夫。
そうやって不安な気持ちにひとつずつフタをして、自分自身と向き合うことから逃げたのだ。
それから何年もの間、胸の奥で黄色信号は点り続けていた。
気づかないふりをしていただけで。
塾長の言葉が、そのことをはっきりと自覚させてくれた。




