はじめに
子供は苦手だ。
どう扱っていいのかわからない。
邪気のないまっすぐな瞳で見つめられると、心の中を見透かされているような気がしてひどく緊張してしまう。
厳密にいうと、苦手なのは子供だけじゃない。
人間全般、どう接していいかわからない。
さらに言うなら、そもそも、この世界と折り合いが悪い。
大抵の人はきっとそんなこと考えもせず、当たり前のように学校に行って当たり前のように就職し、誰かと出会って結婚し、そして親になっていくのだろう。
無理。
こんなわたしが親になるなんて、とても無理。
こういう人間がもうひとりできるかと思うと、ぞっとする。
それに、生きるのが辛いと感じてしまう不幸な人間をこれ以上増やしたくない。
そう思い続けてきたわたしのもとに、生まれてきた息子。
母親がこれでは、彼の人生が順風満帆にいくわけがない。
そのうえ、3才までをギャンブル狂で借金まみれの父方の祖父とともに過ごし、次の3年間はアルコール依存症でボロボロになった母方の祖父と一緒に暮らしていたのだ。何の問題もなく育つ方が逆におかしい。
ハルキの小学校入学を機に実家を離れ、親子3人で暮らすようになってからも、ずっと怖くてたまらなかった。
この子、まともに育ってくれるんだろうか。
いつか、何かが起きるんじゃないか。
心のどこかでずっと怯えていたわたしは、ハルキがやらかすほんの少しのことにも、ヒステリックに反応していたと思う。
そんなわたしの不安をなぞるかのように、ハルキは中学生で不登校となった。
もう無理だと、こんなわたしが親になろうとしたのがそもそも間違いだったのだと、何度思ったかしれない。
いっそのこと、こいつの首を絞めてしまおうか。
そんな想いが頭をよぎったこともある。
いつ終わるともしれない、長くて暗いトンネル。
だが蓋を開けてみると、それはわたしが目をそらし続けてきた自分自身とがっぷり向き合うための期間でもあったのだ。
数年の時をかけ、ようやくトンネルを抜けたわたしの目の前には、これまで見たことのない世界が広がっていた。
ひとりではどうしたって辿りつけなかった穏やかな陽のあたるその場所に、ハルキは不登校という手段を使ってわたしを連れて行ってくれた。
その道のりをひとつひとつ振り返りながら、大切なものを二度と見失わないための備忘録として、ここに刻んでいこうと思う。