第7話 ほう、では一番良い玉子焼きを頼む
視点がちょっと変わったりします、ムズカシイデス。
「…何?魔王国にて謎の魔力柱だと?」
この世の贅沢を凝らしたかのような豪華な玉座に腰かけた男は報告に来た老人に言葉を投げ掛ける。
「はい、隣国のヴィーヴルでも同様の魔力柱をかの国より観測したと報告を受けております。恐らく魔王国の新たな魔導兵器かと思われます。『魔将七星』剣神リリアも報告された魔力柱付近で我が軍と遭遇したと報告もございましたのでほぼ間違いないと思われます」
「彼の国も懲りないものだ…、何をしようが我が国に搾取されるだけだと言うのに」
「我らは労せず新たな技術を手に入れることが出来るのです。人類国家の為に涙ぐましい努力を見せる…全く微笑ましいではありませんか」
老人はにちゃあと音が聞こえそうなほど粘ついた笑みを浮かべながら笑うとこれから手に入るであろう力に想いを馳せ恍惚とした表情を晒した。
「ふむ、では詳細を確認した後、マークスマンを向かわせよう。あくまでもこの度の騒動の確認としてな。…確認中に賊が現れ止む無く交戦…そんな所だろう。なあ、賢者殿」
「流石はアヴァランチ王でございます。その慧眼、このマルドゥーク感服いたしました。それではその様に…」
「うむ、くれぐれも迂闊な行動をせぬようマークスマンに伝えよ。はははっ」
「勿論です王よ…それでは」
老人はそう言葉を発すると魔法陣の光とともに姿を消した。後に残ったのは満足そうに笑い獲物を狙うかのように鋭い眼光を窓の外、アリスのある方角に顔を向ける男。アヴァランチ王。
「我の代でまた国を大きく出来るか…。全く愉快なものだ」
そう独り言ち、一層笑みを深めるのであった。
♢
この家の事を一通り聞いた後、流石に頭がパンクしそうだったので少し遅めの朝食を取ることにした俺達。
この世界に来て初めてのちゃんとした食事である。この家の規模から見ても絶対贅沢な食事が出てくるのだろう、いやが応にも期待が高まるってもんですよ!
先程やっと起きたクランを連れて教えてもらった食堂に向かう。
「朝食なんだろうなークラン?あ、俺テーブルマナーとか全くわからないんだけど大丈夫かな!?その辺母さんに確認しとけば良かった」
「ぱぱー、てーぶるまなーってなーに?おばあちゃんのところはやくいこー」
そう、勿論クランが起きた事により一悶着あった。
リリアさんに対しては"おねえちゃん"呼びだったのだが、メイリス母さんに対してクランは"おばあちゃん"呼びだったのだ。そりゃあね?クランからしたらそうなるんだろうけどそれを聞いた母さんの顔は思い出したく無い。俺のことをめっちゃ無表情に冷めた視線で見てくるんだもの。冷や汗で世界地図作れるかと思った。
俺が気絶して居る間、クランはリリアさんにくっついてずっと黙っており母さんも今朝初めて言葉を交わしたらしく、リリアさんも事情を説明するのを忘れていた。…ぼんやりしすぎますよリリアさん。
ただ母さんもクランの『ヴェルクランテ』という単語を耳にした途端少し考えるようなそぶりを見せてから受け入れてくれた。
…やっぱりある程度事情把握されてるのかなぁ。二人とも『魔将七星』とか言う凄い人達みたいだし。
でも良かった、俺クランが居ないと只の世間に疎い中身おっさんな子供だからね!!
まぁもちろん"ママ"に対してはきっちり説明を要求されたけど。…リリアさんにも。
いや、マジで俺も知りたいくらいだってのに!
「ああー…。食事は楽しみだけど朝から知りたく無い現実を知らされた感じでなんか気が重いなぁ。もっと自由な異世界ライフを送れると思ってたのに」
「ぱぱげんきないー?いいこいいこする?」
「…ありがとう、クラン。今のところ俺の心の清涼剤は君だけだよ」
もう!!うちの子が良い子すぎる!!可愛い!!もうクラン無しじゃ生きていけない体にされちゃう!!
「何してるのフィルくん〜。そんなにくねくねして…食事の用意出来たよ〜」
「あ、はーい。今行きますー」
…見られてた。うん、冷静になれ俺。いつだってcoolなのが俺の取り柄だろう?もう精神的には大人なんだしその辺は自制しようぜ。……………………めっちゃ恥ずかしいわ!!!
わざわざ俺たちを呼びに行こうとしていたのだろうか、食堂の扉を開けて出てきたリリアさんに目撃され悶絶しながら部屋に入った俺が目にした物は、良く貴族の屋敷にある様な長いテーブルやたら背もたれの長い豪華な椅子…ではない。品の良い彫刻が彫られてはいるが一般家庭でも良くみられる程度の少し大き目のテーブルに同じ様な彫刻の彫られた椅子。しかし、それよりも俺の目を引いたのはテーブルの上の食事だった。
そう、それは日本で慣れ親しんだ箸と空のお茶碗、見た目鮭っぽい焼き魚に葉野菜のおひたしと玉子焼き。
…は?いやいやマジで?この世界主食和食なの?個人的にはウェルカムなんだけど!!なんかこう…異世界感の感じる物が食べたかったと言いますか…ほら、ゴリゴリ食感の黒パンだとかじっくり煮込んだ野菜スープだとかね?普通こういうのって米が食べたいって主人公が探すのも様式美って奴じゃ無いの!?
「フィル君、どうかしましたか?…あ、焼きサームがあるから食べたく無いだなんて許しませんよ?今日は漁師の方が良いサームが取れたとわざわざ持ってきて頂いたんですから感謝して頂かないと!」
エプロン姿のメイリス母さんがお櫃と恐らく流れ的に味噌汁の入った鍋を魔法で浮かべながら調理場から出てきた。やけに似合っている。可愛いな…でも母だ。
というかあの魚サームって言うんだ、鮭とは違うのかなぁ……ってそうじゃなくて!!
「あの母さん…その、この世界って和食?が普通なんですか?」
「え?…ああ、そう言えば記憶が…。ええと、この和食と言うのはシオン様が異世界から持ち帰った食文化です。一時期『異世界行ってくるー!』と書き置きだけを残して政務から逃げ出しまして…。
その時持ち帰った文化の一つがこの料理なんですよ」
シオン様自由すぎるな。まぁ、強すぎる力を持つと色々と持て余してしまうもんなのかもなぁ。
そのお陰でこうして米が食えると考えると俺としては感謝しかないけどね。
「そう言えばこの屋敷、使用人の人たちを見かけないんですけどいないんですか?」
調度品なんかも豪華な物は見当たらないし、もしかして貧乏貴族なんだろうか?少なくとも前世よりは裕福なので文句は無いけどこの屋敷の大掃除します!なんて言われた日には自分の部屋だけでも気が滅入りそうだ。
「この屋敷に使用人なんていないよ〜、と言うかメイリスが居るから必要無いしね〜?」
「…そうですね、リリアさんに言われると少し納得が行きませんが。上二人の息子はそれぞれ城に詰めていますし、3人の子供とリリアさんだけですので私1人でどうとでもなります。あ、今はクランちゃんも居ましたね」
「…リリアさんもここに住んでいるんですか?」
「と言うかね〜、このお屋敷は元は私の物だしね〜!住んでいるのは当たり前なのだよフィルくん!」
ビシっと効果音が響きそうな勢いで俺を指差して語るリリアさん。こらクラン、真似して人を指さすんじゃありません。
「はぁ…、そういう事ですフィル君。元々リリアさん一人でこの屋敷に住んでいたのですがレオが鬼籍にはいってしまい少々気落ちしてしまいまして…見兼ねたリリアさんに家族ごと住まわせて頂いているんですよ」
ただ住まわせて貰うのも気が引けるという事で、元々家事仕事が好きな母さんがこの屋敷の事を一手に引き受けたらしい。料理上手で掃除や洗濯など魔法で一気にこなしてしまうので(この為だけに清掃魔法を新たに開発し市井に広めたらしい)人手は要らないのだそうだ。貴族としての仕事だとか良くあるパーティなんて物も滅多に無いらしい。公爵やら男爵とは一体…。
「あれは気落ちってレベルじゃなかったけどね〜。それに…まぁとある約束もあったしね〜メイリス?」
「あ、あれはお酒の席での冗談だと言ったではないですか!私は認めませんよ!?」
「なんの話なんですか?」
「フィル君には関係のない話です!!」
ピシャリと会話を拒絶されては引き下がるしかあるまい。リリアさんが思わせぶりな視線を向けてくるけど意味がわからないな。
「さあ、そんなお話よりも朝ごはんです。フィル君は昨日晩御飯も食べていないんですからしっかり食べてくださいね」
「あ、うん。いただきまーす」
「…食事の挨拶は覚えているんですね。これもシオン様が持ち帰った文化の一つなのですが」
…まじか、しまったな。つい癖で出ちゃった言葉だけど俺の中身がフィルじゃ無いって気づかれるか?和食は知らないのに挨拶は知ってるとか怪しすぎるだろう俺のバカ!!
「…まぁ〜まぁ〜いいじゃないメイリス、それより食べましょ〜。私玉子焼き好きなのよね!」
「ぱぱこれどうやってつかうの?」
「…はぁ、そうですね頂きましょう」
冷や汗を流しつつ固まった俺を余所に能天気な二人によって母さんの懐疑的な視線から逃れることができた。
あ、焦った。…でもいっそ全てをさらけ出してしまうのも有りかもしれないなぁ…俺隠し事超絶苦手だし。
変に関係がこじれる前にってのは良い考えかもしれない。実際この世界では家族なのは変わらない訳だしちょっと後でクランさんに相談してみようかな。
美味しい家庭料理に舌鼓を打ちながら朝食を終え、早速相談する為にクランと部屋に戻ろうとした所で母さんに呼び止められた。
「あ、そうでした。フィル君?記憶が無くなってしまい大変でしょうけど明日からちゃんと学校には行ってくださいね?今日は昨日のこともあり大事をとって休ませましたけど、リナもレイルも心配してましたし帰ってきたら安心させてあげて下さいね?」
が、学校!?そ、そうだよな見た目的には俺小学生くらいだし仕方ないか。教育を受けられる境遇で環境が整っているのならそれは恵まれてるんだろうし一般常識は怪しいけどこの世界の事を詳しく知るなら願っても無い事だろう!よし、その辺もクランさんに相談だな!………幼女に頼るしか無い俺って…。
「分かりました母さ…お母様。あ、クランはどうすればいいですか?」
「勿論フィルくんと一緒に通える様にしとくよ〜、お姉ちゃんに任せなさい〜!」
「ありがとうリリアさん…じゃなかったリリアお姉ちゃん!」
食事中に話をしていた時に呼び方を元に戻せってものすっごい剣幕でお願いされちゃったからなぁ。幸い敬語口調なのは元のフィル君もそうだったからそこまで違和感は無いらしいのが救いだな。まぁ、俺の敬語なんてエセ敬語なんだけど。
「それじゃあ部屋でクランと遊んでますね」
「あそぶー!」
そう言って部屋に戻る俺に二人は一瞬何かを考える様に表情を硬くしたがすぐに笑顔で見送ってくれた。
♢
「ねぇ〜メイリス。フィルくんの事どう思う?」
「どう思うも何も私の可愛い息子ですからそれ以上でもそれ以下でもなく特別な感情はないですよ?貴女じゃ無いんですから」
「ち、違うよー!そうじゃなくって…あの子の事だよ」
フィルが出て行った後、食堂でお茶を飲みながらおもむろに話し始めるリリア。
「…『ヴェルクランテ』ですか?確かに私もその名前を聞くのは古文書の文献を漁っていた時以来ですからね。気にはなりますが、同名と言うだけで別物…とは考えにくいでしょうか」
「そもそもあの子がいるのにオルタ様が居ないのが分からないのよね〜。それに何故か人型だし…それ以前にシオンがいないと封印は解けないようになってるはずなんだけどな〜…。そうなる様に『私が封印上書きしといた!お爺様の悲しみは分かるけど今の時代じゃ要らないわ!』って言ってたし」
「…リリアさん、あなたもしかしてフィル君がシオン様の生まれ変わり…転生体だとでも言いたいのですか?」
リリアの言わんとする事を察したのか驚愕の表情を浮かべるメイリスにリリアは慌てた様に首を左右に振った。
「いやいや〜、多分違うと思うよ?そもそもシオンだったら面白がって私達の事からかってくるだろうし!
…でもあの魔力の感じはシオンに似ていたのよね〜」
「…あの魔力柱ですか。確かにあの魔力波長はシオン様に似ていましたけど…。それも気になりますがもう少し様子を見てみましょう。案外シオン様の方から飛び付いて来そうな案件ですしね」
「ふふっ、確かにシオンなら『なんだあの魔力量!私と同じくらいじゃんすごい!』とか言って飛び出して来そう〜」
そう言って笑い合った二人は窓の外の景色に目を向ける。懐かしき愛する主人を思い、青く澄み渡る空をみながら切なる願いを込めてこう呟いた。
「これ以上悪い事が起こらなければいいけど…」
お読みいただきありがとうございました。