第6話 あ、お母様ですか?わたくし貴女様の息子に御座います
荒いですが設定回の様なものです。
オルタさんとの壮絶な戦いの末、すでにぼろぼろな俺の意識はゆっくりと覚醒していった。
重い瞼をゆっくり開き、目に入ったものは今までの人生で見たことのないまるで海外のとってもロイヤルなホテルのスイートといってもいい様な綺麗な天井だった。
「知らない天井…どころか、まったく知らない世界に来ちゃってんだからもうそのネタは…っ!?」
「あ、フィルくん起きた~?ごめんね、ちょっと感情的になっちゃって~。怪我は一通り治ってると思うけど体におかしなところあるかな~」
寝起きのぼんやりした独り言に自分で突っ込みを入れているとベットの脇にある椅子からリリアさんが心配そうに声を掛けてきた。おおう…、誰も居ないと思ってたからノリ突っ込み見られるとかなり恥ずかしいな…!
「あ、いえ体は絶好調みたいです。えっと…ここってどこですか?お恥ずかしながら無知蒙昧の無一文なんで、こんな豪華な部屋落ち着かないといいますか…」
「え?ここはフィルくんのお家のフィルくんの部屋だよ?」
…まじでか、前世での俺の部屋なんていったら6畳一間のちんまいぼろぼろアパートだったのに…。
これが生まれによる格差って奴か…飾ってある壷だけで俺の月給何か月分もするんだよなきっと!
…あ、フィルって名前彫ってある!学校かなんかで作ったのかこれ?
というか文字が読める様になってるな、フードに入ってた羊皮紙はアリス文字ってので書かれていたから読めなかったのか。
確か機密文書に使うみたいな事をクランが言っていたし、この時代の必修言語が違うのかもしれないが少なくともフィルとして生きてきた時にしっかり教育を受けていたみたいだな。偉いぞフィルくん。
「あれ、そういえばクランは?」
「ああ、クランちゃんならそこに居るわよ~」
「へ?……っ!?」
生暖かい!?まさかこの感触って!!い、いかんぞ!?わが娘のこんな感触を味わってしまっていいのか!?この布団に覆われている物が一体なんなのかわからんが解りたい!ごめんよクラン、パパやっぱり紳士になれないのかもしれない…。
内心期待しながら恐る恐る布団を捲っていく。少しずつ露わになっていく太陽の様に輝く金髪を見ながら生唾を飲み込み、意を決して布団を一気に捲る。
そして俺が見たものはクランが眠りながら抱えているやけに温かく、特に何にとは言わないが感触がやけにアレに似ている大きなクッションだった。
「…これは?」
「ああ、それはちょっと寒いかな〜と思って入れておいた魔国式湯たんぽクッションだよ〜?なぜか男性に絶大な人気のある物なんだけどクランちゃんも気に入ったのね〜」
…まぁ、だろうと思ったよ。わかってるよ。いい加減期待するなって言いたいんでしょう!?この作品は健全ですってアピールなんでしょう?!そりゃあね?考えますよ!俺だって健全な男の子ですもの!転生してから余計に童貞拗らせちゃった感半端ないもの!!汚れがこびりついて今更綺麗なフィルくんに戻れないもの!!
何故だかもうお決まりのポーズになりつつある両手で顔を覆い隠して羞恥に耐えていると部屋の扉をノックする音の後に綺麗な声が聞こえてきた。
「リリアさん、フィル君は起きましたか?入りますね?」
「はいはい〜、今起きた所だよメイリス〜。改めてごめんね〜」
「いえ、構いませんわ。フィル君も軟弱なところがありますし、人間という脅威を目の当たりにするいい機会でした。記憶喪失で帰ってきたと言うのには驚きましたけど…」
扉が開き部屋に入ってきたのは如何にもお嬢様然とした風貌の女の子。日本でいう所の大体中学校に入ったばかり頃の年齢だろうか?
俺やクランより少し大きいくらいの身長で腰ほどまで伸ばしたまるで朝露に濡れた様に輝く若草色の髪をお嬢様ヘアーというのだろうか清楚なハーフアップに纏め、まるで血の様に紅く輝く瞳、特徴的な長い耳。そして年相応とでも言わんとするかのような微かな膨らみ。あれ、何故だろう寒気がしてきた。これ以上いけないかもしれない。
「…フィル君?起きれたのなら着替えなさい。大まかな汚れは魔法で落としましたが貴方は仮にも貴族の末席に席を置く者。その様な格好をするものではありませんよ?さあ、母が手伝ってあげますから着替えましょうね」
…は?いやいや、マッテクダサイ。このどう見ても同年代にしか見えない子が俺の母親??まだリリアさんがお母さんと言われた方がしっくりくるぞ!?リリアさんよりはしっかりしてそうだけど圧倒的に…その…母性が足りない!…………いや、ある意味母性の塊なのか?分からなくなってきた!
「…フィルくん今失礼な事考えたでしょ〜」
「…フィル君、記憶が無いのは分かっていますが正真正銘私が貴方の母。メイリス・アンサラーです。
…そうですね、この際なので色々お話しましょうか」
そう言って両脇を固める2人の女性、両手に花とはこの事か。羨しかろう?片方には尋常じゃない力で抓られもう片方からは呆れた様な目で見られるこの状況。人によっては大変なご褒美では無いだろうか、ありがとうございます。
「そうですね、まずはこの家の事でもお話しましょうか」
そう言って話し始めたメイリス母さん。
アンサラー家は現在6人家族。現当主であり魔法がめちゃくちゃ得意なハイエルフのメイリス母さん、内政向きの性格のハイエルフの長男ウルト、現魔王国第四防衛軍所属、吸血鬼族の次男ヘドリック、一番俺と歳が近く色々と面倒を見れくれる優しい吸血鬼族の三男レイル、メイリス母さん譲りの魔導適正と父親譲りの身体能力を受け継いだハイエルフの長女リナ。
そして末の四男として生まれた気弱で内気な俺ことフィル。俺も恐らくハイエルフ…らしいのだが種族特性の魔法適正も特徴的な耳もあらず母さんも困ったらしい。そう言えばクランが魔術回路がないとか言ってた気がするしそれなのかな。
この世界での魔族とは俗に言う亜人種であるエルフや獣人、ドワーフなんかも魔族に区分されており人族とは人間だけを指しているらしい。
そして魔族の特徴としては異種族で子を成してもどちらかの種族の子供が出来るが妊娠確率は低く、逆に人族は子を成せる種族相手ならどの種族でも孕ませることが出来るが生まれてくるのは必ずハーフとの事。
…え、母さん物凄く頑張っちゃったの?下世話な話毎晩お楽しみでしたねみたいな?あ、妊娠確率上げる魔法を新たに作ったんですか…凄い愛だな。
そして、父である故レオ・アンサラー。
ムキムキマッチョな吸血鬼でここ魔王国アリスで町の肉屋を営んでいた気のいい人で、二十年ほど前にメイリス母さんに一目惚れされ半ば無理矢理に逆玉の輿としてアンサラー家に婿入りした。
当時母さんは家督を父さんに譲り自分は子育てに専念しようかと思っていたらしいのだが、その事を相談した所父はこう言ったそうな。
『俺はとてもじゃないが貴族様方の様に振る舞えないしどこまで行っても何をしようともしがない町の肉屋の店主にしかなれねぇ。
今だって『あの』メイリス様の夫に相応しいとは思えねぇが俺だってお前に惚れて一緒になったんだ、相応の覚悟って奴はしているつもりだ。
でもな、何を言われようとも俺はあの肉屋を続けていくぜ。この町の、いやこの国の奴等にうまい肉食わせてやるのが俺の生き甲斐って奴だ!…それに生まれてくる俺たちの子供達にも俺が狩って捌いた獲物を食わせてやりてぇしな!
こんな自分勝手な亭主で失望しちまったか?』
と子供の様に語り母さんは顔を真っ赤にして惚れ直したらしい。…両親のノロケ話をいきなりされた俺はどうしたら良いんだろうか、リリアさんの方を見てみるとまたこの話かとでも言いたそうな顔をしている事から日常的に繰り広げられる光景なのだろう。でも羨ましそうにちらちらこっち見るのは何なんですかね…。
「…そしてフィル君が生まれて1年経った誕生日の…数日前に人間達に襲撃されたのです…」
その日、父は俺の誕生日に間に合わせる様に最上級の獲物を求めて狩りに出かけた。まだ可愛い盛りの末っ子に父として良いところを見せようとしたのか強力な古龍に挑み、死闘の末辛くも勝利を収めた。
だがその瞬間を待っていたかの様に満身創痍の父の前に現れたのは人間達だった。
父が狩りを行なっていた場所は人類国家アヴァランチにほど近い山奥であり、近隣の村から古龍が村はずれの山奥に住み着いたと報告を受けたアヴァランチの騎士団は討伐隊を組織し、現地に到着後戦闘中の父を発見。
頃合いを見計らい父に致命傷を与え古龍討伐の栄誉と上質な龍の素材を持ち帰ったのだという。
そこまで話したメイリス母さんは悔しそうに唇を噛み締め、手から血が滴るのでは無いかという程に固く握り締めていた。
ノロケ話から一気にヘヴィな話題に転向し、頭の中が真っ白になってしまった俺に気がついたのか母さんは慌てた様に声をかけてきた。
「ご、ごめんなさい、まだ子供のフィル君にこんな事話してしまうなんて…ですがレオは最後の力を振り絞って転移魔法で帰って来てくれましたし。アヴァランチからも相応の謝礼は……っ!!」
「母さん…取り繕わなくていいよ。話を聞いている限りそんな謝礼だなんだする国じゃないでしょう」
自分でも驚くほど冷たい声が出たが、俺の顔を見て驚いた母さんに毒気を抜かれて冷静になる事にした。いや、なろうとしたってのが正しいな。
「リリアさん、そのアヴァランチって国はどんな所なんですか?今の話からロクな国じゃないんだろうけど」
「ん〜…、あんまり話すことでもないんだけどねぇ〜。一応対外的にはアリスと友好国という扱いにはなっている国ではあるんだけど〜…」
人類国家の一つアヴァランチ王国
リリアさんから聞いた話では、アリスを削って削って削り取って出来た国。初代国王は魔族の間では略奪王と呼ばれており、基本クズばかりで魔族って奴隷でしょ?を地で行く奴ら。
魔王国に隣接しているため時たまいざこざが起きており、他の人類国家にはアリスとは友好国であると宣言しているがその実保護と称して奴隷狩りや略奪といった事を平気でやる総じて盗賊みたいなクソ野郎集団のようだ。
前魔王が存命の時には人類国家の盾として最前線の役割をしていたという話だが、そもそも前魔王は戦争を仕掛ける気は無く、細々とした領土を維持して他の国家とも有効的に動こうとしていたらしい。
その魔王国からの友好案に見て見ぬ振りをし聖王国ヴィーヴルに勇者召喚を要請し異世界勇者をけしかけてきたらしい。
ここで魔王国と人類国家の関係の歴史を振り返るとこれまた重いお話であった。
初代、オルタさんのお話は前にもしたが文献に残る詳しい話だと視察中の王妃、オルタさんの奥さんに後の略奪王が色目を使いそれを反故にされたと激怒。王妃を誘拐し強姦。その後魔族の尖兵であるとさも自分が被害者だとし公開処刑を決行した。そりゃオルタさんもアリス国民も激怒するわ。
そして2代目魔王はあまり力のない方ではあったが家族思いで愛国心は人一倍強く、彼の母である王妃処刑後人類国家に復讐を誓う。父オルタ封印後陣頭指揮を取り泥沼の戦争を続けていたが娘を暗殺者から庇い討ち取られる。
そして前魔王、三代目魔王は紛れも無く最強の存在であった。魔法を放てば地図の書き換えが必要なほどの被害をもたらし、力で立ち向かおうにも逆にねじ伏せられる。また、それに付き従う7人の魔族『魔将七星』の存在もあり迂闊に手を出せない存在であった。
だが3代目は復讐よりも友好を進め、自分たちでは敵わないと見た人類は勇者を頼った。何とも報われない話である。
「シオンもそういうところ本当に甘かったからね〜、私たちも大変だったよ〜」
「そうですね、シオン様は普段面倒くさがりな所がありますしご自分で友好をと口にしておいて私たちに丸投げする事も珍しくありませんでした…」
「…ん?え、お二人とも前の魔王様…シオン様?の事知ってるんですか?てっきりかなり昔のお話だと思って聞いてたんですけど」
たしかオルタさんが数千年前に封印されたとか言ってたから大昔の話かと思ったんだけど、この口ぶりからすると割と最近だったのかな?そうだよな何百、何千年と王不在とか国として成り立たないよなぁ…。
「え?ああ〜、フィルくんには言ってなかったっけ。私たち2人ともさっき話に出てきた『魔将七星』だよ〜?凄いでしょ〜」
「そしてこの話は今から1500年前のお話ですよフィル君。王と言ってもシオン様は基本放任主義だったのでいても居なくても国の運営にはあまり関係はありませんでした」
「お〜、メイリス言うね〜。まぁ、一番シオンの無茶振り聞いてたのメイリスだし仕方ないか〜」
「ええ…本当に…」
遠くを眺める様に窓の外を見上げたメイリス母さんの目には光が全くなかった。ハイライトさんが家出している。ちょっと本気で怖いのでその目は俺に向けないでほしい。
…というか1500年前!?え、お二人とも一体幾つなんだ!?外見的にはリリアさんは25歳くらいメイリス母さんは認めたくない無いが13歳くらいにしか見えんぞ!?
「失礼な話だと思うんですけど…お二人ともお幾つなんですか…」
「え〜?私たち長命種だからいいけど獣人種とか短命種の女性に同じこと聞いちゃダメだよフィルくん?…えーっと私が2409歳かな?」
「…私は今年で2340歳です。………………フィル、今何を考えましたか?」
ごめんなさい、何も考えてません。お母様『君』が抜けてます。その笑顔なのに死んだ目でこっち見るのやめて下さい!なんか蜃気楼みたいなのがゆらゆら揺れてるので静めてください!!
本日の教訓、俺の母に歳の話は禁句。俺はまた異世界に来て一つ賢くなった。
お読みいただきありがとうございました。