第5話 天国、そして…
間に合わなかった…
天国、それはそこで暮らす者にとって、理想的な世界。何にわずらわされることもない、快適な環境。もしくは、かくあるべきだとする究極の神の創造理想と定義できる世界。てなことがうぃ○ぺで○あに書いてある。
そう、今眼前に広がる世界。それこそが俺にとっての理想郷、そして我が神が降臨なされた。
「お…おぉ、貴女が我が神…。流石異世界、こんなにも早く神との邂逅を果たせるとは…生まれ変わって良かった…」
「えっと、フィルくんどうした〜?なんか喋り方いつもと違うんだけど、どこか怪我でもしちゃった〜?」
「…マスター、彼女は魔族であると進言いたします。間違っても低俗な神ではないとスキャン結果に出ておりますがいかが致しますか?」
おい、クラン。魔族とかそう言う話じゃないんだ、俺の中では過去最高の出会いって奴なんだよ!すげぇ、ここまでの物をお持ちの方を目の当たりにするのは初めてだ!オラワクワクすっぞ!
地上に出た俺たちを出迎えたのは1人の魔族の女性、左右耳の上あたりに白い羊の様な巻角、長いゆるふわな茶髪を纏めて右肩から前に流しており、アメジストの様な綺麗な紫の瞳、絹の様に滑らかで白い肌に無駄のない引き締まった体。そして圧倒的な物量で全てを包み込む様な母性の塊の様な胸…ば、バカな!俺のおっぱいスカ○ターによるとKか!?MASAKAのKなのか!?全体的にぽんやりした印象を受けるが何処か芯の様なものを感じる不思議な女性だった。
「マスターって何の話なの?フィルくん目を話すとすぐ女の子とは仲良くなるんだから〜…。お姉さん心配したんだよ〜?」
「あ、いえご心配おかけしまして…。と言うかフィル君って俺のことでしょうか?一応長谷川慎太郎という名前が………っ!?」
え、俺天涯孤独の身じゃ無いの?!てっきりこの姿のままポトって感じでこの世界に生まれ落ちたもんかと思っていたんだけど。
フィルって名前があると言うことは家族とか友人とかお知り合いとかこの女神様も俺の事知ってるってことだよな?
よく小説なんかで見る俺の転生前の記憶が目覚めるまでフィルとしての記憶や経験があった、ということですかね?今は全く記憶にないのですが…。
こういう場合記憶の混濁だとかなんかあるものだと思うんだけど綺麗さっぱりですわ!
「はせ…?フィルくんどうかしたの?やっぱりどこか具合悪い〜?そんなにボロボロの格好だし…」
「あ、いえ…、実は俺記憶喪失になっちゃったみたいで。此処で倒れてて誰か人はいないかとを探してたらそこの大穴に落っこちて…。で、隣にいるクランに助けてもらったんです!だからお姉さんの事も分からなくて…」
「…」
取り敢えず記憶が無いのは本当のことなので記憶喪失ということにしたがそれ以外は大まかな流れを掻い摘んで説明をした。クランの事とかオルタさんの話はしないほうがいいと思うしね?
一歩引いた位置で黙ったまま目を閉じて俯いているクランを横目に見ながらお姉さんに状況を説明をしていると、話を聞いているうちに顔を伏せていったお姉さんが小刻みに震えたかと思うと今までの言動仕草からは想像出来ない様な素早い動きで俺の肩を掴んで来た。涙目で。ちょ、消えた!?肩痛いっ!?顔近い!?
「そ、ぞんなぁああ〜!!フィルくんそれ一大事じゃないの!!ちょっと目を離した隙にそんな事になるなんて〜!フィルくんのお母さんに何て言えば良いの〜!!」
ふぉおおおおおおおおおおお!?!?う、埋もれる!?これが極上のハグって奴か!?ああ、俺今世はもう思い残すことはないかもしれない。
有難う両方の魔王様。俺、異世界に来てこんなにも幸せになれたよ…。
…あ、ちょっと待って。マジで逝きそう。息できない。え、漫画やら小説やらでそんな表現あるけどマジで呼吸潰されてんじゃん。ちょっと待って、ヘブン&ヘルとかマジで洒落にならんまだ俺は死にたく無い、死にたくなーーーーい!!
「っ!!!………っっっっ!!?!?」
「…あの、マスターが顔を真っ青通り越して土気色になって来ておりますのでそろそろ解放して頂けると助かります」
「え〜!?あ、ごめんねフィルくん…、つい感情的になっちゃって〜…」
「げほっ!?がふぁっ!!はーーーー!はぁーーーー!!い、いえ、だいじょうぶです…!!」
た、助かった。ありがとうクラン!変な川の向こうにオルタさんが見えた気がしたけど気のせいだろう。めっちゃ驚いた顔してその後笑い転げてたけど気のせいだろう、俺もこんな早くに再開する事になるとは思いませんでしたとも!
クランに目で感謝の念を送ると伝わったのかにこりと微笑み返してくれた。何これ凄く恥ずかしい、可愛い。
「…う〜ん、じゃあ自己紹介から始めなきゃいけないのかな?ちょっと悲しいけど〜…」
「そ、そうですね。ごめんなさい、お手数おかけします」
「う〜、その他人行儀な喋り方嫌だなぁ〜…これからは前みたいにお姉ちゃんに甘えて欲しいなぁ〜。
ごほんっ、じゃあ私のことね?私はリリア・フューゲルハルト。一応魔王国アリス、フューゲルハルト公爵家の当主でもあるんだよ〜!今では形式だけの役職みたいなものだけどね〜。フィルくんとは家がご近所さんでフィルくんが生まれた時から面倒見てるんだよ〜。だから気軽にお姉ちゃんに甘えてね〜?」
なんか凄いやんごとなきお方だったらしい。
え、公爵様なの!?女性が世襲出来る国なのか魔王国。でも形式だけの役職って言ってるしそもそも国が正常に機能してるのかも怪しくなって来たな。
こんな殺風景な所にいたのもなにか訳がありそうだしなんかきな臭いなぁ。
「で〜、フィルくんはフィル・アンサラーくん。アンサラー男爵家5人兄弟の四男で末っ子だよ〜。いつも私の後をくっついて来てくれる可愛い弟みたいな子だったの〜!」
おおう、俺も貴族だった。てか5人兄弟って現代日本の感覚だと結構子沢山だな。こういう異世界だと珍しく無いのかな?世継ぎとか長男に何かあったらーとか色々ありそうだしなぁ…なるべく自由に生きたいけどどうなる事か。
あれ?というか俺も魔王国…アリスだっけ?そこの貴族って事は魔族なの?人族だとばかり思ってたよ。
鏡の前で見た姿から見るに白髪赤目って以外特に特徴的なところは無かった気がしたから考えもしなかった。
その後も簡単に聞ける事を聞いて行く。まず、魔王国アリスについて。
かつて綺麗な魔力と水、豊かな資源土地を持つ大いに栄えた魔族の国家。
魔道具や魔剣と言った魔導技術が最も優れていた事もあり人類国家と比べても国力では劣るが技術力、生産力、国民の笑顔では決して負けない国であった。
それを妬んだ人類国家、技術の躍進を懸念した神々によって初代王妃が処刑され(人類国家視察中に拉致されてという流れらしい)、それに怒り狂った初代魔王、これはオルタさんの事だ。それには国民全てが同じ気持ちであり、人類国家に宣戦布告。泥沼の戦争が続く。
その後初代魔王は封印され、2代目魔王は討伐、そして3代目魔王も異世界の勇者に敗れその都度国は縮小の一途をたどる。
現在では魔王不在の為休戦状態ではあるが古い魔族は皆人類国家に対し思うところがあるようだ。
また人類国家も事実上、魔王国を3度に渡り退けたとして戦勝国の権利だと言うように魔王国の領地、物、人…あらゆるものを搾取しようと舌舐めずりしている…というのが現在の状況。
思いの外魔族の状況がマズイ事になってるなこれ!?
そして何故こんな辺鄙な場所に俺が居たのかというと、普段屋敷から余り出ない俺をリリアさんが外に連れ出した所で人間に見つかり逃げる最中にこの元魔王城跡地に俺を隠し人間達を撹乱して撒いてきたとの事だった。
ってこれ下手に歩き回らなければ何事も無かったんじゃん!!まぁ、色々出逢いがあったから無駄じゃ無いけども。
「そういう事だったのか…、でもこれで帰ることも出来るんですよね?良かった…、このままクランと一緒にサバイバル生活が幕を開けるのかと思って戦々恐々してましたよ…」
「む〜!喋り方〜!ところでその…クランちゃん?はどこで会ったの?どこの子?……………遠くから魔力の柱が見えたけど何があったの?」
リリアさんの口調が間延びした物から何処か威圧めいた口調に変わった瞬間、俺は身体中に冷や汗が噴き出す。ヤバイ、これ、死ぬ。下手な事を言ったらどうなるか分からんぞ…!?
「あ、あのですね…クランはその…」
「…えっとね、くらんは[ゔぇるくらんて]っていいます!おじいちゃんがつくってくれたぱぱとままのこどもです!」
「…」
「…」
クランさーーーーーーん!?なんでクランちゃんに戻ってんの!?あれか?取り敢えずの危機が去ったから元に戻っちゃったってこと!?現在進行形で新たな危機が迫って来ちゃってんのに!?タイミング考えてー!
「………ヴェルクランテ……?ってフィルくん!?パパママってどういう事〜!?まだ君はそんな事出来る歳じゃ無いでしょう〜!?一体いつ…いいえ!?相手は誰なの〜!?」
「い、いやこれはその…色々事情がありますというか…。俺もママについては全くわかりません!!ちょっ!?やめっ!!肩っ!!離しっ!?………っ!!」
あ…意識が…!飛んじゃう!?またこの世界を越えた川の先に行っちゃう!?……あ、オルタさんさっき振りです、HAHAHA俺も笑うしか無いです!
「むー!りりあおねーちゃん、ぱぱがいたがってるのー!はなしてあげて!」
「え!?あ、ご、ごめんなさいフィルくん〜!?」
そして、俺は意識が戻るまでの間暫くオルタさんとどつきあいしながら会話を楽しんだ。会話の内容は全く覚えていないが多分特に意味のある内容では無いだろう。最後に何か叫んで居たが取り敢えず許してほしい。途中から一方的にボコボコにされたんだからいいじゃん。金的くらいでムキにならないで欲しい。
「………まさか…本当にあの[ヴェルクランテ]なの…?確かに封印は此処にあったはずだけど鍵はシオンが居ないと現れないはず…。一体どうなってるのかしら…それにあの魔力の柱…フィルくん貴方やっぱり…」
「りりあおねーちゃん?どうかしたの?」
「あ、ううん?なんでも無いわよ〜。フィルくん気絶しちゃってるし街に帰って介抱しましょう〜」
「うん!くらん、ぱぱいたいのとんでけーする!」
「そうだね〜、…ごめんなさいフィルくん!クランちゃん心が痛むから許して〜」
「?」
♢
フィル達が街に向かう数時間前、フィルの作り出した巨大な魔力の柱は世界中で観測された。
人々は慌てふためき、ある国の民は子供を抱き寄せ、ある国の民は闘志を漲らせる。…そしてある国の民は下卑た笑いを浮かべる。
そしてここ、遠く離れた東の果て人類国家の一つ、サイカの国でも遠くの空で巨大な魔力の柱が観測された。
「…あの魔力…それにあの方角って事は…。ふーんあいつ、あそこで転生したんだ。めんどくさいなぁー、でもあの柱が出てから何故か契約が結ばれちゃってるし行かなきゃ駄目かぁ。何なのあいつ面倒な願いごとして!私了承もしてないのに!」
町の往来で地団駄を踏みながら悪態を吐く少女。道行く人々はそんな彼女の奇行に慣れているのか見て見ぬ振りであるがその美しい銀色の髪、そしてその類い稀な美貌に目を奪われている。
「はぁ…しょうがない、行きますかぁ。まずはこっちのお父様に許可貰ってからよねぇ。めんどくさい、ほんとめんどくさい!過保護過ぎるのよ今のお父様!私がそこらの雑魚にどうにかされる訳ないのに」
ぶつくさと文句を垂れながら少女は向かう。まだ見ぬ夫の元へ。自称最強の嫁とヘタレな子供が出会うのはまだもう少し先のお話。
お読みいただきありがとうございました。