第0話 プロローグ
長谷川慎太郎(29)は特になんの変哲もない一般的な会社員である。
特に他と比べるほどでもない一般的な会社に就職を果たし、上司の無茶振りやたかる後輩を無難な対応であしらい、顔も平凡、学力も平凡、家計は火の車という日々を適当に、特にこれといった面白みもない日々を送っていた。
しかしそんな彼も今、一世一代の大勝負に出ようとしていた。一世一代、29年間人生を謳歌してきた中での間違いなくビッグイベント!そう『愛の告白』ってやつだ。
この年になってやっと恋愛感情というものが芽生えたのだ。
初恋は実らない……なんて言葉があるけど、ここで機を逃したら絶対婚期逃して家族や会社の連中なんかにからかわれて過ごすのとか……絶対嫌だ!!魔法使い目前なんだよ!!
そんな想像からくる恐ろしくも、しかし確実にそこにある未来予想図を思い描いてしまい、俺は一人会社の給湯室で震えながら思い人が来るのを今か今かと、待っていると言う訳だ。
時刻は午後7時過ぎ、俗にいう黒~い会社でもないので今このフロアにいるのはきっと自分だけなのだろう、あたりはシン……と静まり返っている。
自分の心音だけがやけに響いてくるがこれが極度の緊張状態ってやつなんだろうか?さっきから嫌な汗が止まらなくて、喉が渇き身近にある蛇口からコップに水を注いでがばがば飲んでいる。
待ち合わせの時間は7時半だ。今彼女はすぐ下の階辺りにでもいるのだろうか?俺と同じ様にこれから起こることを想像して期待したりしてくれているのだろうか?とやきもきしながら待っていると次第に近づいてくる足音が聞こえてきて心臓が跳ね上がってくる。
き、来た!!だ、だめだ、うろたえるな俺!!何回も練習したし、メールやら連絡のやり取りや一緒に買い物にいって高価なプレゼントしたり、彼女だって満更じゃないはずなんだ!!まだ手もつないだことないけど脈は確実にあるはずだ!!心配するな、いっつぁ、ぱーふぇくつだ!!自信持っていけ!!
給湯室には今そんなちょっと怪しい英語が出てくるくらいに動揺している挙動不審なアラサーがひとり。
次第に大きくなる足音にかなりの緊張をもって給湯室のドアを見つめる俺、そして遂に開け放たれそこにいるであろう人に、今ありったけの思いを込めて、しかしシンプルにかつ大胆に自分の気持ちをぶつけることにする。
「し、椎名さん!!君のことがずっと好きだったんだ!!俺と付き合ってくだしゃい!!」
噛んだ。
誰でも分かる一番大事なところで噛んだ。
きっと今の俺の顔はゆでだこのようにそれはもう漫画だと斜めの線が入った処理がされるくらい真っ赤なんじゃないだろうか。
そういえば子供のころに実家で見た夕焼けはきれいだったなぁ………。
多分時間的には一瞬、でも自分の中では何時間たった?という様な長い長い体感時間であったが恐る恐る咄嗟に瞑ってしまった両目をあける。
そしてそこには……
「えっと……社員の方…ですよね?警備員の飛澤です。その~……そろそろ施錠したいので退社していただけると……」
ちょっと頼りなさそうな、しかも大変うろたえている加齢臭の似合うナイス・ミドルな警備員さんが口元を引き攣らせ、「私は何も見ていません」と目を逸らしながら仰られました。
こうして俺の一世一代、20代できっと最後の、そしてこの世界での最後の「愛の告白」は思い人にすっぽかされて終わるのであった。
♢
「はぁ……」
あの後暫く放心状態であった俺には警備員さんからの「大丈夫、次がありますって!えっと、お兄さんまだ若いですし!」と慰め兼同情の言葉を頂いて、やっと会社の門を潜った。
それはそうだ、誰にでもわかるだろう。
きっと思い人である「椎名さん」の中で俺は割と高価なバッグとか服とか、そこそこ融通してくれる便利な「ATM君」だったのであろう。
あれだけいろんな物買ってやったのに……買ってやったのに!!!
恋は盲目、とはよく言ったものだと思うしちょっと優しくされただけで意識してしまい空回りフルスロットルとかもう『童貞乙www』と一部の充実した奴らは後ろ指さしながら笑い転げるであろう。
「……今日は久々に酒でも飲んで、しばらく有給でも使おうかな……そうだ海を見に行こう。今の俺には海の夕焼けの中で佇みながらロンリーウルフだぜ……いかん何考えてるんだ?俺は」
あれ、おかしいな?今夜は月が綺麗に出ているのに、俺の視界は歪んでいくばかりだぞ??
そんな事を思いながらやっとの思いで帰路に入る俺。こんな事態になったって現実とは非常なのだ。この後二人で行こうと思っていた普通より「0」が一個増えるレストランの予約を哀愁の思いでキャンセルし、ひとりボッチで立ち飲み屋。
数十分前の俺の想像妄想の中では二人で楽しくおいしいごはんと大変おいしいムフフが待っていたんだが…蓋を開ければこんなもんですよ。
こんな悲しみ、憎しみ、そして多大なる悔しさを酒で忘れてしまおうと一気に煽る。
……しかし悲しいかな、たった一杯のビールで俺のアルコール許容量は飽和してしまう。
酔って忘れる以前の問題でただ単に頭痛、吐き気、眩暈と余計に自分を苦しめるだけであった。
俺はバカなのだろうか。言わないで、わかってるの。
「ずみばぜん……お勘定を……」
これ以上はまずいと、代金を払って店を出た。本来行くはずだったお店より「0」が二つも減ったのだ、これで良しとしよう。帰ったら今日の事を忘れるようにすぐに布団にはいるのだ。
明日も仕事だし上司をうまくあしらっても結局俺は長いものにまかれるのだ。
だって給料もらえないし。
「明日椎名さんがどう接してくるんだろうか……?かなり気まずいけど強く言えないし、もしかして急用でこれなかったのかもだし……はぁ」
「っ!?」
「……っ!?ぅぁ……?申し訳ありません!」
そんな弱気なことを考えながら歩いたからだろうか、何かやわらかくてほのかに甘いいい匂いのするものにぶつかってしまった。
いや、なんてことはない目の前の女性にぶつかってしまったのだろう。
咄嗟に上半身を深々と45度まで傾け、最敬礼の構えを取る。突然の事で混乱してしまった。
「……いえ、大丈夫です」
「すみません、酔っていてボーっとしていたので」
女性のお許しが出たので再度謝罪しつつゆっくりと顔をあげて行く。声がすごく綺麗で透き通って聞こえた。きっと綺麗な人にぶつかってしまったのだろう、『ちょっと嬉しいな』などと考えながら。
そして見てしまった。
いや、魅入ってしまった。
そこで俺は人生で2度目?になるのだろうか(一度目はできれば忘れたい)、「一目ぼれ」をすることになった。我ながら失恋からの立ち直りが早いものである。
「……あのー?」
その女性……いや少女か、俺も生では初めてみるプラチナブロンドってやつだろうか?透き通るような銀髪で腰くらいまでの外はねのロング、吸い込まれそうな綺麗な碧眼、肌も絹の様にきめ細やかで白く、それだけでも日本人離れしているというかお人形みたいなのに、胸元には明らかに物量がおかしいというか重力影響大丈夫?と思わず見当違いな心配をしてしまうほどの壮大な双丘がそびえ立っている。
Hカップか??Hカップは間違いなくあるだろ!?と思わず視線を縫い付けられてしまった。大きな胸・オブ・ジャスティスな俺からしたらたまったものではない。
「っ!ほ、本当にすみませんでした、私の不注意で」
「大丈夫です、気にしてませんから。では」
欲に負けそうな自分の視線をどうにか彼女に戻し改めて謝罪の言葉を述べる。しかし彼女は一言二言呟くように話すと興味を失ったかのように後ろへと振り向いてしまった。
どうやら横断歩道で信号待ちをしていたところに俺がぶつかって来たのだろう。
外国の方なのかな?と思ったのだがやけに日本語が流暢、とうか自然だったのでなんとも不思議な娘だなぁ……と、悪いとは思いつつ目の保養をさせて頂くのだった。
いや、俺も信号待ちしなきゃいけないし、ね?
本当はもっとこの娘とお近づきに……、いや、明らかに高嶺の花って奴だろ。痴漢扱いされなかっただけマシって思わないと。……ん?
彼女の方をチラチラ見ていたからだろうか?右側から来る映像に何か違和感があった。
何だろう気のせいかな?と思い視線を前に向けてから再び彼女の方を。……いや待て、あれは?
俺の視線はその奥にある車道の方に目が行ってしまった。
だってそうだろう。
歩道側にあるガードレールに車体を擦り付け耳障りな金属音を上げ、火花をまき散らしながら猛スピードでこちらに突っ込んでくるトラックがいるのだから。
トラックの運転手は完全に意識がないのか?寝入ってしまったのだろうか、首を後ろに傾けたまま大口を開けている。
だが隣にいる美少女はイヤホンで耳を塞いでいてスマホをいじるので夢中なのか気が付いていない様だ。
これ・・・っ!!絶対やばいだろ!!!
確実に迫る死の恐怖、もうトラックからここまで10メートルもないのだ。もし運転手が気が付いたところでもう遅い、とっさにブレーキをかけてもどう頑張ったって轢かれて終わりだ。
今ならまだ間に合う、そう俺だけなら後ろに飛び込めば最悪死ぬことはないかもしれない。
むしろそうするべきだと体中の毛が逆立っているような、もの凄い危険信号を発している。
今ならまだ・・・!そう今ならまだぎりぎり避けられるかもしれない!こんな人生最悪の日に相応しく最後は死をプレゼントって?!冗談じゃないぞ!!美少女とちょっとぶつかっただけが今日一番の幸運とかくそくらえってもんだ!!俺は逃げるぞ!?生き延びてやる!!
そう心の中で世の理不尽って奴を罵っているとやっと隣の美少女も現状に気が付いたようだ。
だがもう遅い。俺はすでに逃げるべく半身だが体を捻って飛び込むべく体制を変えている。
恨まないでくれ?俺だって必死なんだ。わが身可愛さって奴だよ。
しかしなぜだろうか。明らかに彼女は今の現状に気付き、目の前にはトラック、数秒先には死が手薬煉引いて待っているというのに明らかに動揺も緊張も、ましてや絶望なんて微塵も感じていないようだった。
なぜなら彼女は……この状況でうっすらと微笑んでいたのだから。
「……dsk……ge……」
すると彼女はボソボソと何かを呟いて右手をトラックに向けた。
だが何も起こらないようで彼女はキョトンとした表情で首を傾げていた。
そんな仕草も可愛くて綺麗だな……なんて、なんで俺はこの状況下で思えたんだろうか。きっと極限の恐怖って奴で頭がおかしくなっているんだろうな?
うん、だってそうだろう?
「……そうか……私ここで……」
そんなどこか諦めたような、勝手に納得している様な言葉を聞いてしまってさ?
さっきまで自分の保身しか考えていなかった下世話でクズでヘタレで最低辺な俺が。
「……っえ!?」
彼女を押しのけて自分をトラックの目の前に差し出してるんだぜ?
まったく今日は本当に最悪な一日だったな……早く布団に入って寝たい……。
そんなことを考えていた直後、大きな衝突音と共に正面からもの凄い衝撃と背中からこれまた堅牢な固いブロック塀との間で無残にもサンドイッチされてしまうのだった。
「こんな……固い布団は……嫌だなぁ……」
最後にそんな皮肉を残して、俺、長谷川慎太郎の人生は幕を閉じたのである。
拙い部分が多々あると思いますがよろしくお願いします。