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死に至る病魔  作者: 室木 柴
クリア・シュガードール
4/7

へいのうえにすわってた(3)

 光陰矢の如し。青田にメールを送って二時間。


「六月あたりは、この時間に差し掛かると日が暮れ始めてたのになぁ」

「へ? あぁー、そっすね」

「今日はどうするの? 家帰る時間とか。明るくても遅いとよくないでしょ」


 彼が持参した宿題はまだ残っている。

 尋也は数学と英語ならばできるので自宅でやってもらう。

 遅々として進まないのは生物、地学、国語。特に国語は現代文・古文ともに壊滅的だ。


 百二十分もかけて、ようやく終わる目途が立ってきたほどである。

 自分でやろうとしてわからなさに発狂したのかもしれない。数枚のプリントには皺が刻まれていた。


「今日家に誰もいないんすよ。だからいつでも。先輩は?」

「別にいいよ、何時でも。夕飯食べてく?」

「青田さんに例の紙の話もきくんでしょ、世話んなります」

「おぉ、わかってるじゃん。今日の夕飯は何がいい?」

「なんでもいいんすか? じゃあ親子丼で」

「おっけー」


 スマートフォンに表示された数字は『18:00』。LANEを確認すると青田から返信が入っていた。


《八時ぐらいに帰ります。一人でご飯食べてもいいよ》


 文末にはショボンとした顔文字が円らな瞳を向けてくる。


《大丈夫、一人じゃないよー。彼と一緒》


 一秒もたたず既読マークがつく。


《彼って誰よ!? まさか……浮気……? 僕というものがありながら!》

《尋也》

《だと思った》

《HAHAHA》

《HAHAHAHA、虎斑ジョーク!》


 ポチポチと適当に返信するとそのうち大人しくなった。


「誰っすか?」

「青田さん。八時に帰ってくるって」

「八時かー。あの人遊び心豊かすぎるからなぁ」

「そういわないで、何卒うちの親をよろしく」

「どっちかっていうと親側の台詞ですよね、それ」


 どうせLANEでもふざけてるんでしょー。

 呆れを露わにしつつ、トントンと封筒を指でリズムよく叩く。


「んで、これ青田さんに相談するんですよね。なんていうんです? ぶっちゃけ野次馬でしょ、オレはやる側は嫌いじゃないからいいっすけど」

「正直に、ありのまま」

「つまり?」

「封筒ごとポイーって。見りゃ大体わかるさ、多分」

「流石です、先輩」


 最後の褒め言葉が皮肉であるのはわかったが、これもまた適当に流した。

 青田なら見ればわかる。いえるならいってくれるし、いえないならわかっても絶対にいわない。それこそふざけてはぐらかされるだろう。

 何の話も、まずは当事者の青田が来てからだ。だから今は。


「そんなことより親子丼食べたい!」

「せやな」



「ただいま帰りました。凛ちゃんも尋也くんもいるかな? もう食べちゃったかなー、んまか棒買ってきたよー」

「もう食べちまいましたね!」

「チョコバー! チョコバー! コンポタ!」


 宣言通り、八時、をちょっと過ぎて八時二十分。いかにも能天気そうな青田の声がリビングへ届く。


 とっくに夕食を食べ終え、パソコンでホラーゲームに興じていた二人は大声を返す。

 青田はリビングに入り、ひとつだけラップのされた親子丼が置いてあるのに眉を八の字に下げる。だが責めはせず、袋いっぱいに入ったんまか棒を見せつけた。


「チョコバーもコンポタもありますよ、安心なさい。尋也くんはめんたいこ味でいいんだよね」

「オレが好きなのはバーベキュー味です」

「はいどうぞ。今日は宿題でもやっていたのかい?」

「人の話聞いてます?」

「うん。宿題もやったし、その前に掃除もしてた」

「わ、そうなんだ。偉いね、いやあ助かるよ」


 荷物を椅子に置き、二人に背中を向けつつ礼を言う。椅子に灰色のスーツをかけてワイシャツになり、一息つく様は公僕らしい。

 仕事から解放され、気を緩ませた彼は「親子丼ってチンしていいんだっけ」と首を捻りながら台所へ歩こうとしていた。


 その足が、凛の質問ひとつで止まる。


「それでお父さんの部屋を掃除してたら、ファイル見つけてさ。貴成さん何か知らない?」

「……克己さんのファイル?」


 朗らかだった表情が一転、笑みが消えて口元が歪む。尋也が無言で封筒を手渡し、丁寧な手つきで中身を取り出す。その間に一回プレイキャラが死亡した。

 紙を捲り、見返し、数分舐めるように資料に目を通した彼は、そっと左の掌で口を覆う。


「あの火事か」


 苦々しげに絞り出された一言は重い。青田は封筒を尋也に突き返す。プレイを邪魔されてまたキャラが死んだ。パソコンの前で奇妙な悲鳴があがる。


「わざわざこうして家に残しておくような事件だったの?」


――ちょうど父の死に近い時期に作成され直したものでもあるが、その点も聞きたい。


 最後は言わずとも伝わったはずだ。何をいっていいものか悩み、余計な情報を漏らすまいとなお唇を隠す青田の背中を押したのは、やっとステージをクリアした尋也であった。


「もう言っちゃいましょうよ、青田さん」

「あのね、尋也くん」

「そりゃあハタから見りゃ、オレは第三者ですよ。お二人の話に口はさむんはバカの真似ってもんです。でもオレはバカですからね、普通なら言わないのを言うのがアンタらにとってのオレの役目でしょ。ええ、褒めてくださいよ」

「尋也くん、人の話聞いてます?」

「はい、聞いてるっすよ。じゃあ言いますね。虎斑先輩が納得しないまま済ませるだなんて無理に決まってるんですから、とっとと吐いちまってください。時間の無駄ですよ」

「貴成さん、あなたはもう包囲されている。大人しく投降するんだ。親子丼、カツ丼にしようか?」

「四面楚歌とは卑怯ですよ」


 軽い調子を崩さない二人に、青田も意識して笑みを浮かべ直す。普段から作り慣れている完璧な笑顔だ。営業スマイルともいう。


「そこまでいうなら、何があっても自己責任です。覚悟なさい。教えてあげますが、くれぐれも危な過ぎる行動は慎んでください。何より、私が話したとバラさないでね! お兄さんとの約束だゾ☆」

「ああうん、話して。どうぞ」

「成程。危なくない範囲なら悪用してもよいと」

「えっ」



「この火事は実に酷いものでね。資料に書いてある分だけでもわかるだろうけど、あっという間に火が燃え広がって多数の負傷者を出してしまった。

 人情の厚い人となりなうえ、凛ちゃんという娘もいた。よく気にかけていたのは覚えてる。

 だからといって、わざわざ自宅で紙に書き起こした理由には疑問があるよ。

 警察関係者ではない君や(ススム)さん……お母さんに見られる可能性もあったわけだから」

「見つけたのは二年も経ってからだったね」


 重い空気になりきらないように、ほんのちょっとのからかいを投げ込む。

 あくまで気軽な気持ちで真剣に聞いているというスタンスを演出する虎斑に、青田は明るい苦笑で相槌を返す。


「そうだね。まさか屋根裏の板が外れるなんて、武家屋敷みたいな仕組みがあるだなんて思ってなかったよ」

「やっぱり先輩のお父さんはお父さんなんすね」


 何故か感心する尋也と反対に、青田は乾いた笑い声を忍ばせる。笑みは同意に見え、空々しい声は反対の意見を抱いているように見える。


「確かに、一度考え出すととことん考え抜いて、思い立つとすぐに行動せずにいられない人だったよ。少し凛ちゃんより動くまで慎重で、動くと今度は深入りし過ぎるきらいがあって。そこはお母さんがうまくバランスをとっていた」

「先輩のお母さんも警官だったんすか?」

「いいや。そば屋で働いてて、近隣で起きた事件で出会ったらしい。

 克己さんと比べて冷静で、あまり動じない人だった。でも度胸は人一倍。蛇やカエルを素手で掴んだり、ひったくりを転ばせたり、店で悪酔いした客に水をぶっかけたり」

「無駄なまでの思い切りの良さはお母さん譲りと。いやあサラブレッドっすね」

「褒め言葉と受け取っておこう。ところでサラブレッドの意味をわかっているか?」

「まあまあ。いや、脇道にそれてしまってすまない。要は仲のいい夫婦だったってことさ。だが、仲が良くても真面目だからね、何故? という問いに、本人がいない以上真意は答えられない」

「仕方ないね」


 最大の謎を肩を竦めただけでスルーする。わからないなら、わからないまま次へ進んだ方がいい。なるほど、よくも悪くも思い切りがよかった。

 虎斑の返しに満足げに頷き、ワイシャツの襟を正す。


「ここからが警察が一般人に話すには重大機密だが…事件そのものは既に解決済みとされている。だが、事件、特に人の一生に関わるものは大きな傷跡を残す。犯人を捕まえてハイ終わりとはいかない。


「残された子ども達がある程度落ち着くまで、克己さんはよく様子を見に行っていたよ。僕はまだ新人で、自分の仕事でてんてこまいだったけどね。彼はとても仕事の早い人で、署内でも『歩くワープロ』と呼ばれるほどだった。いやホント、どうやって時間作ってたんだか。


 だから公務員としての仕事をサボっていたわけじゃあない。そこは安心してね、凛ちゃん。


 最初の一年は、こういってはなんだが平穏無事だったよ。

 それなりに憔悴もしていたけどね、経験上、ああいった惨劇が本格的に傷になり始めるのは 大抵一年か二年経過してからであることが多い。

 現実をはっきり認識して、受け入れるには、案外時間がかかるものだ。頭でわかっていても、心に浸透する。


 だから、本当に大変なのは二年目からだって覚悟はしていた。

 大きくになるにつれ、理不尽や怒り、悲しみ、不満も成長していってしまうかも、って。いざ二年目に入ると、大変だった。でも予想通りではなかったよ。


 心理的な要因だけでなく、環境や物理的な被害が子ども達を襲った。


 自身の不幸を始め、周囲の人間に不幸が頻発。皆違うパターンだったけど、周りが怖がるのには十分だったのさ。


 天使の異能は、人格の形成に非常に強い影響を受ける。

 子どもが心配という綺麗な思いはあったけど、彼らに対し克己さんが積極的に動けたのは、悪影響を受けた人格により狂暴な異能を発現することを避ける為、という多数の安全に関わる大義名分があったからかもしれない。


 だから、子ども達の親になる人物には、十五歳になるまで住所と様子を定期的に報告するように、っていってあるんだ。あ、任意だよ? いざって時にすぐかけつけられるようにっていう配慮だよ? 悪用してないよ!


 まー、そういうわけで、五人のうち三人分はちゃんと住所がわかったりするのよね。今でも」


 ぱちくり。そんな音が聞こえてきそうなぐらい、目を見開いた二人の視線を受け止めて青田は頬に手を当てる。


「やだ、照れちゃう」

「やめろ気色悪い。え、じゃ、じゃあ、その気になればその子達に会ったりできんの?」

「だから悪用しちゃダメですよー。まあ? 悪いことに使うんじゃないんなら? そこそこ必要に迫られてなら? 使ってもいいんですよ、チラッチラッ」

「わかった」

「ツッコミはスルーですか……そうですか……」


 擬音に合わせてチラチラ見までしたのに、あっさりボケをスルーされ、青田は寂しそうに眼鏡をクイッと押し上げた。

 

 青田も知っていることはそれぐらいのようで、尋也に「他には」とせっつかれても、眼鏡越しに無言で見つめるだけ。

 先に耐え切れなくなった尋也が目を逸らし、青田は敗者を見捨て凛に正面から向き合う。


 虎斑は資料を一枚一枚吟味している。真剣な吟味は『尋ねる順番』選び。ますます父親に似てきた顔の作り方に、すぐに予想がついてしまう。


「凛ちゃん。どうする?」

「できるなら最初は近場に住んでいる人から会いたいな。まずはそこから考える。

 今平和な暮らしをしているなら、あまり介入し過ぎると迷惑に思われるだろうし。かといって、虎斑ももしこのまま、父さんを忘れるまで知らぬ存ぜぬで待っていようだなんて、納得いかないからね」


 会わない、という選択肢は最初から一番有力候補から遠い場所にある。とっくにわかっていた。

 それでもどこかやめてくれるのを期待するのは、心があるゆえの癖だろうか。

 ちらりと眼鏡の奥に見えた表情にそう察するも、ここで無暗に反応するのも虚しいだろう。


「できるならウィン・ウィン。互いに利益を得るのが無理でも、損害を与える行動は故意に取らないよう気を付けないと。情報抜きでも、お友達になれたら一番嬉しいんだけどなー」


 何かを成し遂げたいのなら、なんらかのマイナスを背負うことを覚悟せねばならない。


 トラウマを刺激しかねない存在と付き合ってくれる人間がどれほどいるだろうか。

 だが、もしトラウマ以前に虎斑という個人を見て、好いてくれたなら一生大切にする自信がある。

 五人のうち三人が少女。男女差別は好まないが、女子の友人は欲しい。性差別ではない、心持の問題だ。


 友人関係の構築を望む虎斑に、二人が父の真意探しが本音であるのか疑ったようで目配せしあう。しかし、二人に直接言葉にして訊ねられたなら、彼女は即座に「本音だ」と断定していただろう。


 父親について知るという目的に、虎斑自身驚くほど執着が芽生え始めている。よく覚えていない父。とある疑問が消えない父。今現在、自分が誤解している可能性も決して低くない父。


 母の記憶は、ともに生活していたためかよく残っているのだ。父の記憶が薄いのは、仕事に熱心だったから。


 ならば、そこまで取り組んでいた仕事がなんだったのか。何を思って、こういう結果になってしまったのか。


 これは、虎斑の由来(ルーツ)探しなのだ。


 天使が『親』の影響を受け、自らの人格の由来(ルーツ)とするように。虎斑は自分がこうなるに至った由来(ルーツ)を真に正しく理解せねばならない。


 何故なら虎斑が目指す『虎斑 凛』とは、人としての生を存分に謳歌する少女だからだ。


 『虎斑 凛』が己の人生を存分に謳うには、心がある方向に動きたがる理由を明確にし、納得し、「自分が自分をこの世に一人しかいないと思い込む」のが最も心地よい。


 重要なのはオリジナリティではない。自分の価値を定めるのは自分だけ。価値の基準付けは甘くなりやすい、だからこそ厳しくせねば。苦しみを乗り越えた結果の裁定でなければ。


 今回の目標を実行に移せば、苦労を重ね痛みを背負わねばならないとわかっている。だが、虎斑には苦痛から逃げて『虎斑 凛』でなくなる方が嫌だった。

 知ってしまった以上、『虎斑 凛』の由来(ルーツ)には父親が必要不可欠になってしまった。


 わざわざそれを二人に説明しようとは思わない。現状では必要ではないのだから。求められれば答えよう。


 虎斑 凛は、そういう少女だ。


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