へいのうえにすわってた(2)
封筒から出した紙をざっと見比べたところ、完全な状態を保っていたとは言い難かった。
紙は痛んで妙な硬さがある。一部に残る日焼け。恐らく写真あたりが貼られていたのだろう。ちょうど証明写真に近いサイズだ。
五枚ともはがされている理由は不明だが、かなり荒っぽく剥がされたようだ。穴が開いてしまっているものもある。
「男の子、女の子、女の子、男の子」
「こいつは女の子っすよ。えー、ユ……ユウイツ? ユウイ、ユイだって」
「優唯。ユイであってるんじゃないか、ほらここフリガナ」
「……気付かなかったわけじゃないっすよ。わかりにくかっただけで」
「ああはいはい」
書かれているのは、名前、年齢、誕生日、血液型……出現経緯、引き取り先。
「どうやら全員天使のようだ。年齢の頃は赤子から七歳まで。異能はまだ発現していない」
「ふぅん。なんでまとめてあったんでしょうね」
尋也の声音は低く淡々と響く。興味のない風を装っているが、チラチラと虎斑の手元を覗き込むのをやめないせいで、本心では興味津々なのがバレバレだ。
「多分コレ。五人とも同じ事故が原因で本来の《親》を喪っている」
「えっ」
「火事。天使の親に選ばれた者同士、相談に乗りあう予定だったらしい。親は全員成人、ネットで知り合った。
ある飲食店の一室で集まっていたところ、懇談の途中で放火。
奥の個室にいたこともあって取り残され、死亡とされている。子どもたちは別の親戚か施設、サービスに一時的に預けられていて難を逃れた」
「そりゃなんとも…不運な話で」
「本当にね」
難を逃れたといっても、命が助かっただけ。彼らの心痛は計り知れない。
プロフィール部分の下には、父によると思わしきメモが書かれていた。内容から鑑みて、父が関わった事件だったようだ。
放火犯を捕まえたものの、彼らの行く末を心配するむねが記されている。よほど憔悴していたらしく、子供たちについて直接表した文は感情に任せに書き殴られている。
ここまで読んでしまってなんだが、これ以上はやはり野次馬根性になってしまうだろうか。
そう考えたところで、紙面の上部にある日付に目が留まった。
二列に並んだ数字は、事件が起きた日とメモを作成した日?
作成日は両親が死亡する数週間前だった。
「……」
もうどうしようもない。関係あるかもわからない。
だが、虎斑はいまだ自分がすべてを知っているとは思えなかったし、両親の死の真相が自分の知るままだと信じたくはなかった。
ペラリ。顔を引き締め、一抹の罪悪感を抱えながら目を通し始める。
○
事件発生日:2001年12月3日
作成日 :2003年10月12日
事件内容 :
『天使の親』に選ばれた父母三組、母子家庭一組、大学三年生一組がネット上で知り合い、『親』同士相談し協力し合おうという目的の元、飲食店の奥の個室にて集合していたところ、放火によって火に囲まれ、死亡。
残された子ども達は、当日『親』と行動を別にしていたために死を免れた。
氏名(旧名):鴨居 優唯
年齢:実年齢1歳 容貌年齢3歳前後
誕生日:5月24日 血液型:B
出現経緯 :朝起きると、母親のベッドで眠っているのを発見。
引き取り先:施設にて里親待機
特記:
幼いこともあるが、情緒不安定の傾向があり、突然大泣きしだしたり激しく暴れまわったり等。非常に警戒心が強く、見知らぬ大人が近づいても泣く。父母が亡くなったことを感覚的に感じているようだ。今後、里親に引き取られたとして、その家族と馴染めるか心配だ。
氏名(旧名):鴨居 愛唯
年齢:実年齢1歳 容貌年齢3歳前後
誕生日:5月24日 血液型:B
出現経緯 :優唯と同様。
引き取り先:
既に里親希望者が一組、名乗り出ている。新しい『親』となるだろう二人は、引き取り後 名前の変更を希望している。幼子にとって、それがよいのか悪いのか、わたしは何も言えなかった。
氏名:●●●●(濡れたのか滲んで読めない)
年齢:実年齢2歳 容貌年齢4歳前後
誕生日:4月17日 血液型:AB
出現経緯 :近所の子どもと遊んでいたところ、大学生であった一家の姉がいつのまにか腕に小さな赤子であった彼を抱いていた。
引き取り先:
一家の残った家族の元にいたが、二年後に交通事故で両親が死亡。一か月後、室内の事故で当時6歳の実子が死亡。現在は親戚内をたらい回しにされているようだ。精神状態は明らかに疲弊しており、対人行動を拒否、カウンセリングが検討されている。
氏名(旧名):北山 春信
年齢:実年齢0歳 容貌年齢1歳前後
誕生日:6月6日 血液型:A
出現経緯 :夕方、調理中に先にできあがった料理をつまみ食いしていた。
引き取り先:
施設に預けられたが、事件の二年後、引き取られたそうだ。二年間、成長していなかったが新しい親を得てすくすくと急成長していると聞いている。元の親のことは全く覚えていない。
氏名(旧名):菅原 登喜子
年齢:実年齢歳3容貌年齢3歳前後
誕生日:2月9日 血液型:O
出現経緯 :老夫婦が散歩している途中、後ろからついてきていた。
引き取り先:
裕福な家庭に引き取られている。事件を知り、胸を痛めたとのことで 最も早く引き取られた。他にも娘がおり、仲よくしているそうだが。
二年前の火事による遺児。わたしも幼い娘がいるのもあって、度々様子を見に行っていたが、どうにもおかしい。最初の一年は、悲しみに暮れていたが、二年目から更に、というよりも、急激に酷くなった。
今日聞いたところ、一人が自殺未遂を図ったらしい。
残された子ども達のほとんどは、精神的に過負荷がかかっている様子を見せている。我ながら何の対策もとれなかったことが情けなくてしかたがない。
本人たちにとっては、わたしは事件を思い出させる嫌な存在に映るかもしれない。かといって、これは個人的な願いだし、他人を頼るのも申し訳がない。まずはこっそり、子ども達にできることはないか、考えてみることにする。
追記(2003年10月24日)
鴨居 愛唯は引っ越してしまい、連絡が取れない。現状、鴨居 愛唯と優唯は最も平穏な生活を送っていたが、優唯は幻覚、記憶の混乱が見られた。愛唯にも何らかの異常が見られている可能性も、ないとはいいきれない。用心のし過ぎという自覚はある。
追記(2003年11月13日)
例の自殺しかけた少年にあってきた。彼は現在、自分の名前を呼ばれると拒否反応を示し、暴れまわる。元のままの苗字から、死んでしまった家族を思い出すかららしい。もしそうならば、名前が変わる可能性もあるだろう。容貌は現在六歳。
追記(2003年11月30日)
春信自身は明るい性格のやんちゃな少年に成長している。ただし、その過程で家族内(特に新しい妹)に不運な出来事が頻発している。
母親は風邪をこじらせて入院、父親は駅で悪戯により線路に突き落とされ(ただし、指は骨折したものの間一髪で助かっている)、妹は学校の階段から転げ落ち、左足の骨折、公園で遊んでいた児童が蹴った石が額に当たり出血、レストランで食事をしたところ ただ一人食中毒を起こす。これらが一年以内に発生した。
春信はこれらを偶然だと信じている。
追記(2003年12月4日)
梅宮家に引き取られた菅原 登喜子が不登校に。校内での関係はむしろ良好だったらしい。隠しているのではと疑ったが、可能性は低そうだ。
ここまで来ると自分が過干渉すぎる気がしてきた。もうやめようか。しかし、実際不運は続いており、このまま何もしないでいいのか。大人として介入すべきか、情報だけ得て必要時に介入するべきか。
追記(2003年12月13日)
梅宮家を訪ねると誰もいなかった。郵便物は空だが、庭が荒れていた。ひとまず帰ったが、今度また尋ねてみようと思う。
追記(2003年12月19日)
例の少年に友人ができた。怪我をして病院に行った際に出会ったそうで、以来精神状態は上昇傾向にある。よかった。
追記(2003年12月22日)
春信の妹が交通事故に遭った。傷は治っても走るのは難しいだろう。春信が「不運な事故、早々あることではないから今後はきっと大丈夫」と言っているのを聞き、不安になった。
追記(2003年12月28日)
梅宮家を訪ねた。誰もいなかった。思い切って玄関に入ると、汚れはないが電気はついておらず、やはり人の気配はない。声をかけると、返事の代わりに足音が聞こえた。
家に帰るまで足音は聞こえていたのに、そばには誰もいない。
追記(2003年1月6日)
優唯が倒れた。一人でおままごとをしていたところ、突如絶叫し意識を失ったという。数時間後に目を覚ましたが、原因は不明。
警察署内で小さな子どもに服の袖を引っ張られた気がしたが、振り返ると誰もいなかった。
追記(2003年1月10日)
例の少年が笑うようになったそうだ。一安心といったところだろうか。
優唯の不調の原因は不明のままだが、異能の兆候かもしれない。精神への負担によるものならば、警戒しなくてはならない。
○
他にも各ページに、各家庭に問題が発生していないか、手助けできることはないか、と細かい走り書きが付け足されている。
追記は半分日記であったが、一月十日以降は続いていない。
尋也は眉をしかめて紙を投げた。
「ホラー小説の草案か何かっすか」
「さあ。貴成さんに聞けばいいんじゃないかな」
なんでもない風を装って元の封筒にしまう。
両親が亡くなったのは「2003年1月29日」。日数に換算して十九日間である。この間に何もなかったとは思えない。
両親はただの事故とは到底言えない死に方をしたのだから。
(こんなに色々あったなら、ちょっとは私も覚えていないのかな)
明確に思い出せるのは一月二十九日ぐらいで、父に普段と違う様子が見られたか、思い出せない。当時の虎斑は六歳だったので、覚えていないのも無理からぬことではある。
だがもし虎斑が父の立場であったならば。少なくとも『優唯』、『例の少年』、『登喜子』については動向を見守りたいと考える。
袖振りあうも多生の縁。被害者と刑事という関係であっても、大人であるからには子どもたちのその後が心配になるのが普通だし、父もそうであったと願っている。
「二〇〇一年と二〇〇三年、か」
テーブルの上にほうったままだったスマートフォンを取り、カシャリと写真を撮った。新規メールを作成し、天井裏から父のものと思われるメモを発見したと簡潔に綴る。
二〇〇一年といえば、ギリギリ警官になっているかどうかの年齢のはず。幼い頃から青田は父の元へよく遊びに来ていたから、仲は良かったはずだ。何か聞いていないだろうか?
期待と一抹の不安を込めて、送信ボタンをタップした。