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死に至る病魔  作者: 室木 柴
クリア・シュガードール
2/7

へいのうえにすわってた(1)

 白い素足を惜しげもなく晒したショートパンツ。目に鮮烈な印象を刻みつける濃厚な桃色の髪。前髪の一部に黒いメッシュを入れたような奇抜な髪形をした少女は、転がっている段ボールを小さなつま先で軽く蹴り飛ばした。


「うわっ先輩、そんな乱暴に扱っていいんすか」


 くすんだ金髪が眩しい青年が非難の声をあげる。

 床に転がって暇そうにガジガジとアイスの棒を齧っている青年を睨みもせず、先輩と呼ばれた少女は箒を掲げてみせる。


「今やるのは掃き掃除だからね。段ボールはいらない荷物をしまう為だから、あとでいいよ」

「虎斑先輩、模様替えするんすよね。なのに掃き掃除するんですか」

「そりゃそうさ。しかし尋也君、君はたまたま居合わせただけだし、待っているのは勝手だけれど用事があるなら帰ってくれても構わないよ。それとももう一本アイス食べるかい?」


 くいっと顎で台所をさす。先程アイスを貰った時にはまだ数本分ソーダ味が残っていたはず。


 殺人的な暑さも恒例の八月の真昼間。冷たいアイスの誘惑は抗いがたい。

 しかし尋也はほんの少し考えると、体勢をゆっくり起こす。


 連絡もせずにいきなりやってきた自分にも非がある、このまま一つ年上の少女が片付けに暑いなか動き回るのを見ているだけ、というのも気分が悪い。

 立ち上がったのを見ると虎斑はわざとらしく目を開いて驚いて見せるが、唇には笑みが浮かんだままだ。


「おや、手伝ってくれるの?」

「とっとと終わらせて勉強教えてくださいよ。一人じゃ宿題やるのたるいんですわ」

「おー助かるよ、お礼にアイスをあげよう」

「結局くれるんすね」

「箒は虎斑の部屋、棚のテニスケースのなかな」

「うぃっす。どこやればいいですかね」

「んー…じゃあ台所と玄関から入って右に…いや、台所と貴成さんの部屋をお願いできるかな」


 途中で一回言い換えて、自分の『親』の名を挙げる。


「りょーっす」


 特に気にした様子もなく、軽い調子で片手をあげて応じた。



 ふぅーっと細く長く息を吐く。

 基本的に胸を張って生きていこうと考えている虎斑だが、頭でなんともないとわかっていても心はどうにもならないものらしい。


 虎斑が世話になっている青田 貴成という人物は、彼女の親戚だ。両親が亡くなってからずっと世話になっている。

 玄関からは細い廊下があり、手前の左右に虎斑と青田の部屋が一部屋ずつ、奥の右は物置。最奥はリビングとキッチンという造りだ。ちなみに風呂と洗面所はリビングから行ける。

 そして玄関から行ける奥の左側にあるのは、亡くなった両親の部屋。


「うーん」


 数回髪をガシガシとかき、はぁーっと深呼吸して気合いを入れ直す。


「よし、入るか。ひらけーぃ、セサミッ」


 ドアノブを回して一瞬だけ力を入れて押し開く。久しぶりに開いたためかギギギと耳障りな音を立てた気がしたが、そんなことはなかった。気のせいだった。

 滑らかに開いた扉の向こうから濃厚な埃の臭いが漂ってくる。呼吸とともに侵入してきた汚れに咳き込む。


(無防備に入るのは自殺行為かな)


 尋也と話すためにいったん外していたマスクをつけ直す。


 恐る恐るといった様子で足を踏み入れるとまた灰色の埃がぶわりを舞い上がった。

 目も痛くなってくる。虎斑は目力の強い瞳を瞬かせて、まっすぐに外側に繋がる窓を開け放つ。ほんの少し空気がよくなった気がする。


 思ったより外の風は強く、部屋のなかに乱雑に投げられている数枚の紙がはためく。風と共に入ってきた陽光でようやく部屋のなかがよく見え始める。

 ガラス窓につっと指を走らせると、人差し指の先にも埃が積もった。


 入口に戻って電気をつけると、電球は数回明滅したのちに本来の役割を思い出した。頼りない光ではあったが、ないよりマシだ。


「さて、始めるか」


 腕まくりをしようとして、ノースリーブを着ていたのを思い出す。生白い指先は二の腕をひっかくだけで終わった。



 まずは窓に洗剤を吹きかけ、新聞紙で拭こうとする。しかし、埃はカビのように張り付いてなかなか取れない。


「時間がかかりそうだな…」


 仕方ないので窓は後に回し、開け放ったまま他の片せる汚れを始末することにした。なんとなく部屋のドアは閉める。


 両親の寝室であったここには、二人寝転んでも余裕がある大きなベッドがある。おぼろげではあるが、体の小さい保育園性の頃は一緒に三人で川の字で眠った覚えがあった。

 毛布はなく、クッション部分のみのベッドにも勿論長い時の流はたっていて、元は薄いオレンジだった生地はくすんでいた。


(いっそ処分した方が早いんじゃないか)


 それでも一階のこの部屋も、今自分が住んでいるかつての母の部屋もしばらく放置したのは、青田が父の後輩でもあったためか。それとも自分への配慮なのか。

 一度だけ、両親の存在を誤魔化すな、といった覚えがある。今思うと随分と生意気な口をきいたものだ。


 もしかしてどこかになにかしら落ちているかもしれない。

 胸に一瞬チクリとした感情が突き刺さる。虎斑は構わず膝をつき、丁寧にできうる限りの汚れをふき取り始めた。



 それを見つけたのは、二階の父の部屋だった。

 薄汚れ、ところどころ破れてしまっている黄色い封筒である。

 封はしっかりとされているものの、鋏があれば問題なく開けるだろう。

 寝室を教訓に持ってきて床に置いていたバケツを動かす。


「なんだろう、これ」


 虎斑が封筒を見つけたのは、ほぼ全くの偶然だった。


 まず先に天井の埃を落とそうと箒を高く掲げ、振り回していたのだ。すると一部の板が外れ、頭の上に落ちてきたのである。彼女はお世辞にも運動神経がよいといえる類ではなく、A4サイズの塊を認識はできても避けるなんてできない。


 幸い怪我はしなかったものの、驚いたのには違いなかった。

 慌ててビニール手袋を外す。直に手にもつと軽い。早速鋏を持ってこようかと思ったが、やめた。


 先に部屋の掃除を済ませてしまって、母親の部屋も見てみよう。

 第六感というやつがこれは大事なものだと告げていた。

 あらかた落ち着いてからじっくりみたい。


 あらかた掃除したつもりではあるが、封筒の他に目立つものは見つけられなかった。


 ゴチャゴチャした中身のペンケース、空っぽのファイルが複数、人間と判別するのも難しい、幼子による父の似顔絵。


 元よりそれが狙いで掃除を始めたわけではない。変わったものを見つけられなかった不満はなかった。

 かつての幸福な家族の思い出が蘇る。それだけで充分だ。


 母親の部屋はピンク色が基調の可愛らしい部屋だった。虎斑の母親は天使であったと聞いている。虎斑の変わった髪色も母の血のためだろう。もっとも天使が異能を発揮するのは本人だけに限る。


 例え天使と天使の間に生まれた子であっても、多少普通の人間と違うところがあるだけで、異能という極めて特殊な力は持ちえない。

 虎斑のように髪の色に特徴があったり、多少の霊感があったりするくらいだ。


 そもそも天使は何千年も前から出現しているのだから、正確さを求めるならば天使の血が全く混ざっていない人間の方が稀有だろう。


 そういえば、母も成人であるからにはなんらかの異能をもっていたはずだ。いったいどのような異能だったのだろうか。

 両親が亡くなったのが小さな頃とはいえ、あまりに何も知らな過ぎるのに気づかされる。


――嫌な感じだ。


 とても大きな違和感が虎斑を包み込む。

 気を遣われていたから? 今まで自分から踏み込んでこなかったから? 無意識のうちに考えないようにしていた?

 ただの偶然かもしれない。

 虎斑はひとまず母の部屋を掃除してみることにする。


 パッと見の見た目は可愛らしいが、ものは父親の部屋より散らかっている。別に片付けられていないわけではないが、父は利便性にすべてを置いた配置だった。

 あれならばいつ何があっても即座に対応できたことだろう。何と戦っていたんだろうか。群馬の犯罪者だ。虎斑一家は群馬在住である。


 見つかったのは、ゴワゴワになったテディベア、複数の時計、大量の写真集。多くは風景や絵画である。


 時計は、かなりの年月使い古されたと思われるボロボロのキャラクターもの。高級だと思われるシルバーの懐中時計。黒と赤の革製の腕時計に、アナログとデジタルの置時計が四つずつ。小さなキーホルダータイプ。壁掛け時計まで三台も存在した。

 小さなものは腰のあたりまでの大きさの棚に仕舞われ、大きなものは各々離れた場所に置かれている。


 電池式のほとんどは動かなくなっているが、シルバーの懐中時計を手に取って耳に当ててみるとカチ、コチと規則的な音が響く。蓋は蔦が絡まった形で、裏には鳥が描かれていた。開くと時間が間違っている。


 携帯を取り出して時刻を確認する。午後の三時四十分。懐中時計は六時十五分を指している。試しに時間を合わせてみると、正確な時刻を刻み始めた。狂いはない。


 他の時計を見てみても、それぞれが全く違う時間を指していた。ひときわよく目立つのは、どんと置かれた柱時計。まるで『おじいさんのとけい』のような。

 ガラスは無残にも割れており、針が一本落ちている。振り子は完全に停止してずんぐりと沈黙を貫く。


「お母さんにこんな趣味あったっけ?」


 少なくとも虎斑の記憶には、母と時計が繋がる記憶など思いつきもしない。

 騒がしくはないが前向きで、悪戯好きな優しい人だ。

 虎斑はしばらく掌で懐中時計を弄び、そのまま部屋を立ち去った。



 リビングに向かうとテーブルでぐったりうつ伏せになっている尋也がいた。


「床はいいのかい? 冷たいだろう」

「せっかく掃除したのに汚したくないっす…もーうんざり」

「それはよかった」


 くすりと笑い、冷蔵庫に直行する。透明なグラスに氷をいっぱい、冷えた麦茶を注ぎ込む。冷凍庫からはソーダ味のアイスを二つ。


「どうぞ」

「あ、どもっす。ん? なんすかその汚いフートー」


 小器用に脇に封筒を挟んで礼を振舞うのを尋也は見逃さなかった。


「ああこれかい? これから見るところさ」


 茶をテーブルに置き終え、アイスを相手の口に突っ込んで椅子に座る。

 そして鋏を持つと、丁寧に封を切った。

 横から尋也がにゅっと覗き込んで、うち一枚を奪う。中身は五枚の紙。モノクロコピーにしたのか鮮やかな色は元よりない。多少の年齢差はあれ、いずれも子どものようだ。


「なんすか、これ。調査書?」

「みたいだね。警官として公式のものじゃなくて、個人の覚書にちかいものみたいだけど。わざわざ残すなんて、気になるな」

 


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