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【箱】短編

Hello,Tender Hearts.

作者: FRIDAY

 それは旧暦………かつて人類がその星に存在していた時代に使っていたという暦で、およそ四百年前には『地球』と呼ばれていた惑星だった。かつて人類は、その緑と水の星を食い潰し、滅ぼし、見捨て、他の惑星への移住を決定した。だが移住先でも同じ過ちを繰り返し、人類はそれから四度の移住をし、そして現在また新たな惑星を探している。

 馬鹿らしい、とムラカミは心中吐き捨てた。操縦桿を操作しつつ苦々しく前方を睨みつけている。

 ムラカミは、かつて『地球』で『日本』と呼ばれた国に住んでいた民族の末裔だった。もうそんな国は存在しない。どころか、国という単位が存在していなかった。ムラカミは、『連合』に派遣される捜索隊に志願したのだった。新たな移住先の捜索隊だ。帰還の望みはほぼない。どれほど遠くへ行くかもわからない。発信機だけは生きているから星には自機の位置はわかっているのたろうが、こちらからは星の位置などわからない。そしてそれを承知で志願した。

 だがムラカミには星を見つける気など毛頭なかった。

 だから発信機も適当な頃合いを見計らって破壊した。

 馬鹿らしい、ともう一度吐き捨てる。

 四百年に四度。百年に一度のペースで移住している。星を消費物だと考えているのだ。誰もが。星を守ろう、という者もいた。守ろう、という考え方そのものがムラカミは嫌いなのだが、誰もが言うだけで何もしなかった。

 いっそ新たな星なんて見つかるな、と思う。もういいだろう、潔く滅びてしまえ。星そのものも、先に生きていた生物も構わず食らいつくす人類を、ムラカミは憎悪に近いほど嫌っていた。同族嫌悪だ、と思う。ムラカミ自身、そのために何かしてきたわけではないのだから。

「馬鹿らしい………」

 今度は声に出して呟いた。

 眼前、青と黒の惑星がある。人類が滅ぼした星、『地球』が。

 記録によれば、四百年前、地球は異常な天変地異を連続で繰り返したという。地震、雷、津波、台風………思いつく限りの災害が重なり、そして終わらず、まるでこの世の終わりだった。宗教家は祈り、科学者は宇宙へ脱出を試みた。宇宙から見る地球はかつての穏やかさなどなく、荒れ狂う怒りの星であったという……………しかし、今目の前にある星にはそんな様子はかけらも見られなかった。青は海。黒は大地、瓦礫の大地、死の大地だ。

 ムラカミは、初めからこの星を目指していた。人類の生まれた星。母の星。

「……………」

 深く息を吸った。そして自機を進める。

 初めからこの星に来るつもりだった。

 この星で死ぬつもりだった。

 大気圏突入のGが掛かる。だが問題ない。着陸点を探り大地に視線を走らせる。

 すると、視界の果てに妙なものが見えた。それは、この星にはもう存在しないはずの色だった。

 緑だった。


 機体が安定するとすぐに、ムラカミはあの緑を探した。

 ただでさえ長年の環境汚染で弱体化していたところを、さらに災害時に流出した有害物質などによって、この星の動植物は残らず絶滅していたはず。

 ではあの緑は何だったのか。

 残りわずかな燃料メーターを視界の隅に留めつつ、ムラカミは四方を探す。

 あった。

 やや北西。軌道を修正しつつ目を凝らす。やがて瓦礫の中にぽつぽつと緑が交じり始め、いつしか一面が緑になった。紛れもない、本当の植物だ。

 どういうことだ、という思いの中で機を進めていると、向こうにぽつりと何かが見えた。速度を落としつつ近づいていくと、何と小屋が建っていた。瓦礫から掘り出したとおぼしき木材で組まれている。ということは、この小屋は人類がこの星を離れてから建てられたということだ。四百年。いったい誰が。

 そして、ムラカミはさらに目を大きく見開き、何度もこすって確認した。

 誰かがそこに立っていた。小屋の傍ら、こちらを見上げている。


 やや離れたところに垂直に着陸し、機を降りて恐る恐る近付く。一応銃はあったが、機の中に置いてきた。相手は静かにこちらを見ている。

 その相手は、女性の姿をしていた。クリーム色のワンピースを着て、無表情だった。ムラカミと同じ人の姿をしている。だがそんなはずはない。人類が四百年以上も生きられるはずがない。第一、四百年前の大災害を生存できたはずがないのだ。仮に生き延びたとしても、食糧がない。

 そして女性はせいぜい二十代も半ば程に見えた。

 声が届く距離まで近付いて、ムラカミは立ち止まった。女性はまっすぐにこちらを見ている。ムラカミは、何と声を掛けたものか考えた。しかし先に口を開いたのは女性だった。

「こんにちは」

 と、女性は言った。ムラカミにもわかる言葉だった。驚きに動けないでいると、女性は小首を傾げ、

「はじめまして」

 さらに言う。

「ようこそ」


 ●


 ようこそ、と言われたところでようやく我に返った。終始無表情だった女性に慌てて問う。

「ようこそ………ていうか、あんたは一体………」

 ムラカミの言葉に、女性はまた首を傾げ、

「? 私は、私ですが?」

 むしろお前こそ誰だ、という雰囲気に気圧されて、ムラカミはしどろもどろに、

「お、俺はムラカミ・ノリアキだ。『連合』の捜索隊で、移住する星を探してて、いや俺はそんなのどうでもよくて、ああだからつまり」

 混乱して何が言いたいのかわからなくなった。そんなムラカミをよそに、女性は冷静に、

「そういうことでしたら、私はアイノアと呼ばれていました。旧独逸製型番四十二式第八課侍女式自動人形アイノア」

 女性………アイノアの自己紹介に、ムラカミははっと顔を上げた。

「………自動人形?」

「そうですが、何か?」

 本気でそれがどうしたと言う表情で問い返してくる。いや、とムラカミは口ごもりながらも納得する。成る程自動人形ならば、四百年程度は生きられるだろう。人類がこの星を離れる直前には機械文明も大きく発達し、優れた人工知能も無数に創られたと聞く。星を脱出する際には技術だけを持ち出し他は全て置き去りで、災害によって失われているに違いないと言われていたらしいが………つまり、彼女はその生き残りということだろう。名の前に名乗ったことはさっぱりわからないが、独逸という言葉には覚えもあった。

「いや………その、それであんたはここで何をしてるんだ?」

辺りを見回しながらムラカミが問うと、アイノアは簡潔に答えた。

「特には何もしていません」

 は? と返すと「強いて言うなら生活しています」などと言う。名前のときもそうだが、何か訊き方を間違えているのだろうか。

「あー………あんた、一人なのか? この星に」

 上手い問い方がわからないので思うままに問うと、今度は予想よりちゃんとした答えが来た。

「自動人形は総数の八割が災害時に大破。災害を抜けた者も、私以外の残りは、全て、およそ二百三十年前に機能を停止いたしました。人工知能搭載式機械も全てが同時期に自然崩壊。よってAIを有する機体は私が最後の一機となります。

 ということは、とムラカミは思う。こいつはそれだけ長い間、ここで生活していたのか、と。だがそこでふとわずかな引っ掛かりを得た。

「AIを有する奴は、って言ったな。他には何か残ってるのか?」

 アイノアは頷いた。

「人類移住以前に造作された浄化プラント十八基。うち十四基は機能停止を確認しました。ですので九十六年前の時点で起動中のプラントは四基」

 浄化プラントとは、人類が崩壊する地球環境を何とかしようと造り上げた巨大施設だ。だが当然そんなことでは間に合うはずもなく、人類はこの星を見捨てた。

 しかしそれでも残るプラントはせっせと責務を果たしていたという。

「九十六年前って………?」

「百年ごとに見回ることにしておりますので。次回はあと四年ほどで向かいます」

 生真面目に答えてくれた。まあずっと無表情なのだが。

「この………植物は?」

 今さらながら、自分の立つ大地の緑を手で示す。

「この星の生物は、汚染されたせいで全滅したんじゃなかったのか?」

「八十年ほど前に、私の持っていた衣服のポケットに何やら植物の種が入っていたのを確認しまして。その辺に蒔いてみたところ、浄化プラントのお陰かわかりませんが気がついたら芽が出まして。偶に水をやっていたら増えました。そこでちょっと楽しくなってきたので方々探してみたらいくつか見つかって、そんなことをしているうちにこうなりました」

 こう、と両手で自分の周りを示す。結構適当なんだな、とも思うが、少し考えれば驚くべきことだ。草花しかなかったが四方およそ千キロ圏内には広がっている。それに種類も割と多かったから、この自動人形はきっと、世界中を回って瓦礫の中を探して回ったのだろう。

 だが、そこでムラカミは言葉を噛んだ。それでも問わずにいられない。

 自動人形も、他、例えば浄化プラントも、人類が人類のため、自分たちのために創ったものだ。つまり彼ら彼女らは人類のために存在していた。ならば人類のいなくなったこの星ではもう存在意義を失い、自壊してもおかしくないはずだ。少なくとも科学者たちはそう思っていた。なのに彼女らは、崩壊などはしたが存在していたし、現に残っている者もいる。

「本当に………何の目的もなく生活しているだけなのか?」

 ムラカミは問う。

「目的ですか」

 アイノアは微かに間を空けて、こう言った。

「待っていたのです。私も、皆も、人々がこの星に帰ってくる時を」


 ●


 いつまでも外で話しているのもなんですから、とムラカミは小屋の中へ案内された。外から見た通り簡素な小屋だ。昔、まだAI搭載工業機がいた頃に造ってもらったらしい。自動人形としては、食事や排泄はないが雨風は防がねばならない。中にも目立った家具はなく、寝台、テーブルと、奥には大量の書物が積まれていた。テーブルの上には土のみの入った植木鉢が一つあった。

「これは………」

 奥の書物の山を見てムラカミが呟くと、アイノアはこともなげに答える。

「種を探したりプラントを見回る途中で拾っていたものです。ほとんどは傷みが激しく読めたものではありませんが」

 それからアイノアは、テーブルにある一席を示した。座れということだろう。ムラカミが座ると彼女も向かい側の席についた。

「この星を出た後の人類について教えていただけますか。あなたの知る限りで構いませんので」

 静かに言うアイノアに、ムラカミはやや言いよどんだ。話すからには、結論も言わねばならない。そしてそれは、待っていた、という彼女らの思いを裏切るだろうことだ。

 だがムラカミは、眼前で黙って待つアイノアに、話さないわけにはいかなかった。

 ムラカミは、自分の知る限りを全て話した。度重なる移住。そのたび減る人類。自分がここに来た理由………アイノアは、途中で二、三の質問を上げた以外はずっと黙って聞いていた。

「それで………その」

 最後に来て、やはり言おうか言うまいか本気で迷った。迷い悩んで、しかし無表情にこちらを見つめるアイノアを見て心を決めた。

「凄く………言いにくいことなんだが」

 息を吸って、一息に。

「人類は、きっと二度とこの星に戻っては来ないと思う」

 アイノアの表情は変わらない。

「俺たちの任務は新しい星を探すことで、一度滅ぼした星に戻る、っていう考えは誰にもなかった。俺のは、命令違反だったんだ。途中で発信機も壊したから、連中は俺を死んだと思ってるだろう………もう、この星には誰も来ないんだ」

 だから待つことはないんだ、とまでは言えなかった。むしろ、戻ってこない方がいい。とも。

 やや間を空けてから、アイノアは小さく落とすように呟いた。

「そうですか」

 もう一度。

「そうですか」

 だが、やや下に向けていた視線を、アイノアは上げた。

「構いません」

 は? とムラカミは訊き返した。あんたらは待っていたんじゃないのかと。そして待ち人はもう来ないのだと、そう言ったのだ。ムラカミの驚き顔を見て、アイノアはそこで初めて表情を変えた。

 微笑んだ。

「我らは人のために創られた者。その存在意義は人のため。それ以外はありえません。………それに、今は誰もそうは思わずとも、いつかこの星に帰ろうという誰かが現れるかもしれません。私たちは、その日のためにこの星を癒していくだけです」

 あくまでも静かに、きっぱりと言ったアイノアの表情を見て、ムラカミは泣きそうになった。それはあまりにも綺麗な表情だった。

 今にも涙が溢れそうな、そんな微笑だった。

「そんな笑顔………やめてくれ………」

 ムラカミが苦しく言うと、アイノアは首を傾げた。

「私は今、笑顔ですか?」

 確かめるように自らの顔に触れる。

「本当ですね………笑顔の機能は、久しく忘れていました」

 微笑みを絶やさず、アイノアは言った。その頬を、涙が一筋伝った。


 再び外に出て、二人は抜けるような青空を見上げていた。ムラカミの隣に立つアイノアは、テーブルの上にあった植木鉢を抱えている。

 希望、という種が植えられているという。彼女の基礎記憶に存在する概念らしい。だが実際にどのような植物に育つのかはわからないのだそうだ。遥か昔に植え、芽の出る日を待っている。

 ムラカミは当初の目的通り、この星に生きることにした。後でこの星に残るプラントにも行ってみようと思う。彼らも喜ぶでしょう、とアイノアも言っていた。

 希望の種は、一体どんな花を咲かせるのだろう。願わくば、とムラカミは思う。

 アイノアに、幸いな笑顔を取り戻せるような花が咲くように。幸いの花が咲きますように。

「アイノア」

 優しい風が吹いた。荒涼とした世界で、緑の小さな世界を撫でていく。

「何でしょう」

 空を見上げたまま、アイノアも応じた。ムラカミは小さく言った。

「有り難う」

 アイノアは一瞬息を詰め、依然として空を見上げたまま、

「はい」




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[良い点] 文体がしっかりしています。いらいらせずに読み進めます。
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