シンデレラ・ストーリー
一年の終わりは
一年の始まり
あたしの世界が
大きく変わる
エレナさんの曲を聴きながらの帰り道。
今年もそろそろ終わる――
来年からあたしの生活は大きく変わるんじゃないかって、確信めいた予感があった。
手術が終わったばかりの一週間。入院の必要は無かったものの、安静にしていろと陽一さんがあれやこれやと気を遣ってくれた。
そして迎える、十二月三十一日の大晦日――
年越しということで、皆で集まってお蕎麦を食べることになった。
「それにしても社長も太っ腹っすね。ドクター黒田っていえば、法外な手術料をとるって有名な話っすよ」
「いいんじゃない? どーせ払うのしゃちょーなんだし。お兄ちゃん、アタシ天ぷら蕎麦っ」
「はいよっ。ところでお前ら、あの日は無事に帰れたのか?」
「オス! 自分らは途中で車が雪に埋もれましたが、自力で這い出しましたっ!」
「徹さんなら、車一台持ち上げられそうですね」
「トラックまではムリですが、軽自動車ならなんとか大丈夫ですっ!」
冗談のつもりだったのに。本当に持ち上げられるんだ。
「綾さんは温かいお蕎麦でよろしいですか? リクエストがございましたら何でもおっしゃって下さいね」
「はい。あたし、鴨がいいです」
「鴨南蛮とはまた渋いさね。氷室坊や、あたしは鴨とネギをあぶったもので頼むよ」
「アタシはそぉねぇ、鴨とネギをあぶったものにお餅を炭火で焼いたものがいいわね。それと自然薯の摩り下ろしたものとそれから……」
『自分でやって下さい』
重なったのは陽一さんと桜さんの声。
このリビングに8人って、ちょと多すぎるような気がするけど……。
これほどみんなが仲のいい集まりって結構珍しいんじゃないかなあ?
年齢も性別もバラバラの8人。あたし含む、は、とてもいい関係に思える。
各々が箸を出したりテーブルを拭いたりお蕎麦を茹でたりしている中で、あたしだけが「安静にしてろ」といわれてテレビを見ている。
顔の傷を治した手術なので絶対安静の必要もなく、じっとしているのも案外退屈。
「ワサビ山盛り蕎麦って社長のっすよね?」
「ちょとお! 何よそれっ! 半分がこれワサビじゃないのっ!」
「鴨がネギ背負ってきた蕎麦は、野上さんでよろしいかったでしょうか?」
「桜、なんだいその嫌なネーミングは。食欲が無くなったさね」
……訂正。眺めているだけで、この人たちは楽しい。
『いただきますっ』
全員が手を合わせて蕎麦を食べる。
除夜の鐘が鳴り年越しを迎え、各々があけましておめでとうございますと挨拶を交わす。
慌しくも騒がしくて、素敵な年越し。
ある人は当たり前になっていて、ある人はあたしと同じ――ずっと憧れだった賑やかな年明け。
どうかこの幸せが、ずっとずっと続きますように。
年越しを迎えて三日目が過ぎた。
今日で手術の日から一週間が経った。鏡の前に立ち、ゆっくりと包帯を解く。
鏡に映る自分の顔を見て、あたしは、震えにも似た感動を抱きしめた。
あれほど目を背けたかった傷はすっかり消えていて、傷のないあたしの顔が、そこにあった。
心なしか一年前のあの頃と比べると、もっとキレイになった気がする。
「やっぱり綾は美人だな。惚れ直した」
なんて冗談ぱかり言う陽一さんは、優しく抱きしめてくれる。
「でも本当にキレイになってる気がする。傷を治してもらっただけなのに」
あたしの顔はちょうど陽一さんの胸の位置に当たり、心臓の音が聞こえる。
あ、ちょっとだけ、鼓動が速い。
「人の顔がキレイかどうかって決定するのは、顔の造形だけじゃない。雰囲気だって重要だ」
「雰囲気も?」
「考えてもみろ。本当にキレイだって人間は、独特の雰囲気をもっているもんだ。笑顔が素敵だったり、凛とした雰囲気があったり。また笑わないけれど、絶望していたり卑屈になってるわけじゃない女性は、ミステリアスだとかクールだと言われる。
常にネガティブだったり目が死んでる奴は、暗いといわれる。これは雰囲気の違いだろ?」
「うん、言われてみれば」
「もう傷を誤魔化すメイクをする必要はねえし、オシャレになる為のメイクをすりゃいい。そうだな、初詣にでも出かけるか」
「うんっ」
あたしは陽一さんの腕に手を回し、近くの神社へ初詣に向かった。
三日過ぎたとはいえ、まだまだ人はいっぱいだったけれど、初詣というものに来たことがないあたしにはその全てが新鮮だった。
屋台でとうもろこしを買っておみくじを引いて――ちなみにあたしは吉で陽一さんは末吉。お賽銭を入れてお願い事をする。
「(陽一さんとみんなと……ずっと一緒にいられますように)」
ご利益があるといいなっ。
陽一さんは何をお願いしたのかと聞くと、世界平和なんて誤魔化されてしまった。
でもこの人のことだから案外、本当にそう願ったのかもしれない。
瞬く間に正月のお休みは終わり、迎える新学期。
朝。
部屋のドアがノックされる。
このシチュエーションも随分久しぶりねと、あたしは思わず笑みがこぼれる。
「起きてるか?」
「うん。開けないでねっ。今着替え中なんだから」
今更って感じがしなくもないけど、これはこれ、それはそれ。
「綾。今日から新学期だが……」
大丈夫。と返事をしてドアを開けて”包帯の巻かれた顔”を指さした。
軽くなった髪は鮮やかな栗色で、ふわっと風に舞う。
「本当は傷なんてないのに辛くはないか?」
「そんなこと言って、キレイになったあたしが男子に告白されるのが怖いんでしょ?」
そんな冗談を飛ばすほどの余裕が、あたしの中にあったかどうかは置いといて――
陽一さんは優しく微笑んであたしの頭を撫でてくれた。
―――……
新学期を迎える二日前に、話は遡る――
突然押しかけてきた小畑社長他五名のおもてなしをするために、あたしは戸棚のお皿を数えていた。
「んまあそれにしても綾ちゃん、立派になったじゃないのっ」
「立派も何も、綾は元々、ああですが…」
小畑社長持参、徹さん作のケーキを切り分けて、陽一さんはちらりとこちらを見た。
「綾ちん本当にそれすっぴん? 城戸っちのメイクなんていらないよ。そのままで全然いいよ~」
「オイラのメイクなんて、って、軽くへこむんスけど」
「綾さん、あの、今度よろしければ海の見える温泉にでも……できましたら、二人でご一緒に……」
「綾さんっ! 自分は綾さんが芸能界に入られた時は、親衛隊一号になるつもりであります」
「だああっ! うるせえなてめえらっ。何だって年越しといい新年といいウチに集まってんだっ! 仕事しやがれっ!」
陽一さんが爆発した。
しかし小畑社長意に介することもなく。
「今日は綾ちゃんの包帯が取れる日だからアタシがツアーを組んだの。その名も『綾ちゃん見たい人この指止まれ』」
「社長も社長だっ。いい年こいて何やってんだっ!」
「あらあ。黒田名医に巨額の手術代を払ってあげたのは、どこの誰だったからしらあ?」
「……ゆっくりしていって下さい」
「そ、それにしても大丈夫なんですか? 皆さんそんな一緒に休まれて、会社の運営の方は……」
「いいのいいのっ、イザとなったら裏で手を回すからっ」
アハハ、と明るく笑う小畑社長。この会社……大丈夫なのかなあ?
「それよりしゃちょ~。綾っちに説明してあげないと」
「そうね。冗談はさて置いて…綾ちゃん。手術無事成功おめでとう。アタシこと小畑隆が、あなたを正式な『クラウンジュエル』所属の女優として迎えるわ。これからも宜しくね」
「あの、本当に、あたしなんかが……いいんですか?」
「なんかってなあに? そりゃすぐには舞台に立てないでしょうけれど、あなたには十分な資格があるわ」
陽一さんを見ると無言でうなづいてくれている。
「はい、宜しくお願いしますっ」
差し出された手を握り返す。小畑社長の手は、とっても温かかった。
「綾は新学期はいつからだい?」
「えっと、明後日からです」
「社長。どうせなら久しぶりに腕を振るったらどうさね? ハサミ持つのも久しぶりじゃないのかい?」
「……そうねえ、現役を退いてから長いけど、今日はそれもいいかもしれないわねぇ」
なになに? 何の話?
「氷室ちゃん、道具はあるかしら?」
「ありますよ。ちょっと待っていてくださいね」
わけも分からないまま椅子に座らされて、雨ガッパみたいなものを被せられる。これってもしかして?
「エレナと氷室ちゃんに助手をしてもらうわね。カラーも少し入れようかしら?」
瞬く間に始まったリビングでの美容室。
あたしはわけもわからないままに、髪をカットされて、くしを通されてカラーを入れられて、シャンプーをされた。
何が何だか分からないうちに終わり「はい完成よ」と鏡を渡されてあたしは目が点になった。
ものの数十分ほどの時間で、あたしの伸ばしっぱなしだった黒髪は軽やかなウェーブのかかった栗色の髪に変わっていた。
「えっ? ええ?」
まるで魔法にかけられたみたいに変わった髪を見て、あたしは、ほぅっと溜息をつく。
自分で言うのも変だけど、あたしじゃないみたい。
髪でこんなに変わるんだ。
「綾は今まで髪に無頓着だったからな。下ろすか束ねるかしかしてなかっただろ。ちょうどいい機会だと思ってな」
「……何が起こったの?」
「しゃちょ~はプロの美容師免許持っているのっ。あたしも時々教えてもらうんだっ」
「カリスマ美容師といいなさいっ。といっても、本職が忙しいから趣味でしかやっていないけどぉ」
趣味って……。
「ありがとうございます。小畑社長」
「素敵ですわ、綾さん。髪は女の命ですものね」
「オス! こりゃあ世の男どもは放っておかないですよっ!」」
興奮気味に語る熊谷姉弟。
「でも思ったんすけど…今まで綾ちゃん、包帯のまま学校に行ってたんすよね。これだけ変わっちゃうと本当にみんな、放っておかないんじゃないすか?」
一瞬――もちろんあたしも含めて、誰もが言葉を失った。
そうなのだ。
今までのあたしは怪我を隠すため包帯を巻いたままの登校を始め、それがいまや定着したものになっている。
ところが、完全に傷が消えた今の顔で登校すれば、また新たに騒がれる原因になる。
それはそれでイジメの対象になったり、西崎たちの前例があるだけに襲われたりということは考えにくいけど、問題はそう――
完全には沈下していないマスコミ関係者の影。
今でこそ記事にしても新鮮味がないから取材陣が校舎まで来ることもないが、あれだけの大怪我をしていた少女が完全に傷を無くして復活。
そして素顔は――
これは格好のネタになる。
ここぞとばかりに一年前の事件を持ち出してネタにしようとするマスコミ記者たちの姿が皆の頭に浮かぶ。
「あればっかりはアタシの力で何とかできないからねえ、厄介だわ」
「綾は学校、辞める気はないのさね?」
「うん。お父さんとお母さんが残してくれたものだから、あたしは最後まで通いたいと思ってるの」
「それに綾ぽんの学校って、結構校則キビしくなかった? 在学中に芸能活動なんてやってるのバレたらどっちみち退学だよ?」
「オス! 自分思ったんすけど、芸能界デビューって卒業してからでもよかったんでは?」
一見的を得た徹さんの意見だったが、四月から始まるドラマにはどうしてもあたしを起用したかったらしく「それからじゃあ間に合わないのよ」と、小畑社長は首を横に振った。
「けど、個人の都合を変えてまで強要するつもりはアタシにはないし、今からでも他の代役探すしか……」
「なあ。思ったんだが、綾はこのまま包帯を巻いたまま学校に通えば、正体がバレなくて済むんじゃないのか?」
陽一さんの言葉に、皆が言葉を失った――
「いや、その……何だ? 無理があったか?」
訂正をしようとしていた陽一さんの手を、小畑社長が掴んだ。
「それよっ。灯台下暗しってやつじゃないのぉ。何でそのことに気が付かなかったのかしらあっ」
「それは名案さね。クラスメイトが知っている一年前の綾は、あの写真の頃さね? 現在の綾とは、ほぼ別人だしテレビに出ていたってアンタの顔はまだ傷だらけと思っているから、誰も気付きやしないさね」
「テレビに映るときはオイラがメイクをして、もっと分かりにくくしますし」
「でも、そのために毎回雄介さんの手を借りるのって悪いし……」
「だったら卒業するまでの間の専属メイクでいいっすよ」
「アタシとしゃちょ~で髪もいじるから、バレっこないよね」
「イザというときは別人よ。と言ってしらばっくれれば大丈夫ですわ」
「問題は綾自身だが……」
「ありがとうみんな。あたしもそれで全然いいよ。今更包帯とって学校に行って見せたい誰かがいるわけじゃないし、どうしたこうしたって訊かれるのも正直面倒だし。一年前の写真は学校にあるけど、誰も気に留めないでしょうから気付かれないわ」
――……
と、いうわけで現在。
包帯を巻いたあたしは、いつも通り陽一さんに送ってもらって、校舎に到着した。
今でこそあたしを好奇の目でみる人はいなくなって、クラスメイトもある程度は普通に話してくれるようになった。
「おっはよぉ綾。新年もあけたってのに、寒い日が続いてさぁやんなっちゃうよねぇ」
久しぶりに再会した夏美ちゃんは、顔の包帯が取れてすっかり元気になっていた。
いつものキツいメイクじゃなく、時間がなかったのか癖になったのか、顔はすっぴんっぽかったけどもこっちのほんうが全然かわいいと思う。
「あれ? 綾、髪切った? カラーも入れたんだ。それとも脱色?」
どっちなんだろう。あたしはよく分からなくて「お任せでやってもらったからよく分からなくて」と曖昧に答えた。
「けどほんといいじゃん。なんてお店? わたしも行ってみたいんだけどっ」
まさか美容免許もってる社長に切ってもらった。とは言いにくい。
「もう潰れちゃったの、そのお店」
……社長、ごめんなさい。
「そっかあ、残念」
本気で残念そうな夏美ちゃんに罪悪感。
「と、ところで夏美ちゃん、初詣は行った?」
強引に話を変えることにした。
「行った行った。けどわたし、おみくじ引いたら末吉だったんだよね~。今年はいいことないかなあ~」
「でもホラ、末吉って末広がりって言うじゃない」
無理矢理フォローしてみる。
「なにそれっ、フォローなってないしっ……ところで綾、あのさ、アンタ、今年が喪中だっけ?」
「……ううん、それは去年。今年はもう、終わってるよ」
「そっか。うん――あけましておめでとうございます」
「今年も宜しくっ」
新学期の初日だけは午前中で終わり、早く帰れるのが嬉しい。
「ただいまっ」
待っていた陽一さんの車に乗り込むと「ただいまって、これはお前の家じゃねえぞ」と苦笑された。
新学期の始まり。
その週末から、あたしの予感していたあたしの生活は、いやあたしの世界そのものが、大きく変わることになった――




