お願いごと
もしも願いが一つだけ叶うとしたら――
あたしのお願いは……
「……で、合格って何にですか?」
「あらやだっ。聞いてなかったの? 今度のドラマ、十二時のシンデレラになぞった新作ドラマ【十二人のシンデレラ】の主役を探していたのよぉ。そしたらエレナから、事務所に所属していない、かわいい子がいるって聞いて、かけつけたワ・ケ」
「十二人のシンデレラ、ですか」
変なタイトルだなあと、あたしは素直に思った。
「綾をドラマに? 演技も見てねえのに採用するのか?」
「アタシがいつも採用する時に必要としているものは何だと思う? インスピレーションよ」
「はあ……インスピレーションですか」
さすがの陽一さんも、口元に苦笑いを浮べている。
「さあみんな、今年のイベントはビンゴ大会だから参加していって頂戴。景品もすごいのよぉ。それじゃあまた後でね、いい返事期待してるわよぉ、綾ちゃん」
投げキッスを残して、小畑社長は、独特の歩き方で行ってしまった。
あたしが呆気にとられていると、
「信じられねえかもしれないが、あの人が『クラウンジュエル』の社長だ」
念を押された。
あたしはやっぱり、信じられなかった。
「凄いね綾ちょん。しゃちょ~にすっごい気に入られてたよっ」
「えっと、どこまで冗談で本気なのか……」
「本気も本気だよっ、冗談なんかじゃないの。アタシもああやってスカウトされたんだからっ」
「社長が来ているわりには、周りのみんなが無反応だったんだけど」
「あの人は滅多に人前に姿を見せねえからな。だから主催者であるクセに最初の挨拶もしなかったろ? そういう肩書きで見られるのは嫌いだって、一般の招待客のフリして、パーティーに紛れ込むのが趣味なんだとよ」
納得。
けど、あたしがドラマの主人公なんて、話が急すぎてついていけない。
どうしていいのか迷って陽一さんを見た。
「まあ、あの人はああいう人だが、実際に人を見る目はあるし成功は間違いねえ。綾がどうしたいのかは、自分で決めろ」
「う、うん」
芸能界っていう世界がどういうものか、あたしは知らない。
街に広がる光の宝石みたいに、きらびやかな世界なのか――
それとも、目の前に広がる月も見えない夜空のように、暗澹とした世界なのか――
けど。あたしの中で――すでに答えは決まっていた。
音楽がピタリとやんで、今回のメインイベントであるビンゴ大会が始まりますと音声アナウンスが流れた。
スタッフが一人一枚ずつ、ビンゴカードを渡していく。
あたしの手元にも来た。
ルールは縦、横、斜めどれかに数字が揃えばクリア。優勝者への景品は『何でも好きなことを絶対叶えてあげる』という、これまたスケールの大きなものだった。
「すっごぉい。社長っ太っ腹だぁ」
ただし。
例えば人を殺して欲しい。誰々と結婚したい。離婚させてほしい。など、他人の人生を狂わせることはダメ。
空を飛べるようになりたい。透明人間になりたい。未来に行きたい……など、現代の科学でも不可能な要求はダメ。
最後に、クラウンジュエルの社長になりたいというのもダメ……と、常識的に考えて当然ダメな注意事項の説明が終わり、ビンゴが始まった。
軽快な音楽に乗せてルーレットマシンの示した数字が次々と読み上げられていく。
四。十八。二十二。六。四十二…。
ビンゴの数字は完全にランダムで、当然、無い数字もある。
あたしの手元にあるビンゴマークが三つ空いて――残り二つになっていた。
「ぜんぜっんこないよぉ」
エレナちゃんが頬を膨らませ、陽一さんはうーん、と唸りながらビンゴカードとにらめっこしている。
『何でも好きなことを叶えてあげる』というスケールの大きさから、誰もが真剣になっている。
「お次の数字わあっ。五十二っ~」
あった! あたしのカードに五十二だ。
残り一個になった。
残る数字は6。ドキドキする。もしかして、当たるかもしれない。
もし当ったら――その時のことはもう考えてある。
「リーチ!」
「リーチだ!」
「リーチよ!」
これだけ数字が出てくると、そこら中でリーチ宣言の声が上がる。人数が人数だけに、リーチ宣言のルールは無かったけど、みんな興奮気味に叫んでいる。
「さあ、かなりの数の方がリーチのようですが――栄光は誰の手に。次の数字はっ! 9!」
誰も動かない。リーチ宣言者の中に当りはいなかったみたい。
じゃあ次かも。ドキドキする。
「あ、失礼。これは9じゃなくて逆の、6でした――」
え?
でも誰も動かない。
あちこちで聞こえる落胆の声。
「当った! 当りました! あたしがビンゴですっ」
高らかに宣言した。
ざわめく会場。スタッフがマイクを片手に、あたしの姿を確認する。
「これはこれはっ素敵なお嬢様っ。ようこそお越し下さいましたっ。さあどうぞっステージへっ」
「すごーい! やったね綾つんっ」
「よかったな、綾。行ってこい!」
陽一さんとエレナさんに頷いて、あたしはステージへと向かう。
お名前は? とかお約束のことを聞かれ、渡されたのは小さな封筒だった。
「この紙にお願いごとを書いて、ステージ裏の方に渡してくださいっ」
七夕短冊みたいな紙と、ペンを渡された。
ステージ上、みんなの前で高らかに宣言できないお願いごともあるし、面と向かっては言いにくいこともある。そう配慮してのことらしい。
「それでは皆様っ、来年のビンゴをお楽しみにっ~」
司会者の言葉と共に、パーティー会場はまた元の活気を取り戻した。
あたしは願いを書いてステージ裏に行くと、待っていたのは小畑社長だった。
怪しい仮面とマントに身を包んでいて、まるで変態みたいだった。
固まって動けないあたしの前で、仮面とマントを派手に外す。
「よく来たわね。何を隠そうこのワタシが、クラウンジュエルの社長、小畑よ。でもみんなにはナ・イ・ショ♪ 約束は守って頂戴ね? ってあら、綾ちゃんじゃないの。あなただったのラッキーな子は。願いは何かしらっ?
何でもおっしゃいなさい。というか、紙をみればよかったのよねぇ。どれどれ、綾ちゃんのお願いは……」
その【お願い】を見て、小畑社長の表情が真顔になった。
「是非お願いします」
「……そりゃあ、あなたの願いっていうなら構わないしルール違反じゃあないわ。けど、本当にいいの?」
「はい、いいんです。それに『絶対』叶えてくれるんでしょ? お願いします」
「……絶対がやや反則的だけど、分かったわ。叶えてあげる。しかぁしあんたも変わった子ねぇ。あぁそれともう一つ、ドラマの主役の件だけど……」
「はい、それについて、あたしは――」
答えを言い終えて、陽一さんたちのところに戻った。
パーティーもそろそろ終盤。陽一さん、雄介さん。野上さん、エレナさん、徹さん、桜さんが集まっていた。
「やったっすね綾ちゃん、ビンゴおめでとっす」
「何をお願いしたのさね?」
「自分だったら、世界の最高スイーツ素材を探す旅に出たかったっ」
「私は綾さんと、最高級のホテルスゥイートルームで、お食事など……」
「アタシは新譜十曲ほど出してもらおっかな」
口々に語る各々の夢。
「あたしゃ今さら、夢とか言われても困るけど、氷室坊やだったら何をお願いしてたね?」
「俺ですか? 俺は……」
陽一さんの答えが出る前に、スタッフがあたしたちのところにやってきた。
「氷室様、香坂様、どうぞこちらへ」
皆が頭に? マークを浮べたまま、ステージ裏へ連れていかれるあたしたちを見ていた。
陽一さんも、何ごとだ? と訊いてきたけど、あたしはあえて答えなかった。
「ようこそ氷室ちゃん。急に呼びつけちゃってごめんなさい」
「いえ、これは一体?」
「綾ちゃんがさっき、ビンゴで一位になったことは知ってるわね?」
「そりゃ勿論」
「彼女の望んだ景品は何かご存知かしら?」
「いいえ」
「これよ」
小畑社長が差し出した紙には、こう書かれていた。
【香坂綾の願い:『何でも好きなことを絶対叶えてあげる』権利を、氷室陽一さんに譲ります】
「……は?」
一度目をパチパチさせて、もう一度紙を見た。
「そういうこと…」
「な、なんの冗談だ? これはお前が何でも好きなことを叶えてもらえる魔法のチケットだぞ?」
「あたしは一年前、ううんもっと前から、自分には存在価値のない人だってずっと思っていた。孝治にも最初は『死に場所を探しているみたいに見えた』って言われるくらい、何の為に生きているのかも分からない、一人ぼっちの女の子だったの」
「……」
「最愛の両親を二度無くして、婚約までした恋人を亡くして、もうどうにでもなればいいと思っていたあたしを救い出してくれたのはあなただった。最初はひとさらいまがいのこともされたね」
「我ながら無茶したと思ってる」
「けど、あそこまで強引にしてくれなかったら、もっと簡単に逃げ出していたと思う。それで……どうなっていたのかは、今は考えたくないくらい」
「事情を知らないアタシが言えたことじゃないけど、つらいことがあったみたいね。綾ちゃんは」
小畑社長が腕を組んだまま、遠慮がちにつぶやく。
「ええ。でもそんな中で、あたしを助けてくれて、色んな人に出会わせてくれて、気付かせてくれて、何の見返りも求めていなかったあなたに…これでやっと恩返しができると思ったの」
「おい、何も俺は、そんなつもりで……」
「もし当ったらって決めていたことだから」
差し出されたチケットを、陽一さんは、「じゃあそういうことなら」と簡単には受け取ってくれない。
「……」
陽一さんは目を伏せたまま、動かない。
はい分かったよと言えることじゃないのは分かっている。
だからあたしは、卑怯な手を使った。
「小畑さん。このチケットは何でも好きなことを【絶対】に叶えてくれるんですよね。だからっ、陽一さんにあげるのを、絶対叶えて下さいっ」
「参ったわね。そういう使い方をされるなんて、予想もしていなかったわよ。氷室ちゃん、一分以内にチケットを受け取らなかったら、チケットの効果は無効よ。返品しても同じこと。それはもう、アナタのものなんだからね。それと、香坂綾に返すってお願いはもう無効よ。
そんなことしちゃうと、この子の気持ちが無為になっちゃうこと、あなたも分かるでしょ?」
俯いたまま陽一さんは、チケットを受け取った。
よかった。これであたしは、本当にささやかな恩返しが出来たと思った。
「じゃあ訊くわね。氷室ちゃんのお願いは何?」
「なあ綾。お前にいつか、一時的でも元の顔が戻せるかもしれないと思ったら、迷惑か? と訊いたな」
「え? うん」
覚えている。確かあれは雄介さんと始めて会った日。
「その時お前は、是非と言った。顔は…今も元に戻したいと思っているか?」
「そりゃ……うん、戻るのなら……」
言われてからすぐに気づく。
もしかして陽一さん――
「そういうことだ。小畑社長。俺の願いは香坂綾の顔を元の顔に戻してやって欲しい。そのための最善の手術方法と費用をお願いしたい」
サラサラと紙の裏にそう書いて、小畑社長に渡した。
「……綾ちゃんの顔のことは、さっきワタシも聞いたわよ。去年酷い交通事故にあって、今は城戸ちゃんのメイクで誤魔化してるんでしょ? 普段は包帯をして学校に通うほどの傷だってことも聞いたわ。それが、芸能界入りをお断りする理由だってこともちゃんとね」
小畑社長に誘われた芸能界という世界。
あたしが出した返事は、お断りします。だった。
ドラマの出演やテレビ出演があったとして、その度に毎回毎回、忙しい雄介さんにお願いしてメイクをしてもらわなくちゃいけなくなる。
そしてその度にきっと思うことになる。
こんなの本当のあたしじゃない、って。
「綾の言いたいことは分かっている。これほどのメイクは雄介じゃねえと不可能だし、誰にでもできることじゃねえ。けど元の顔がもどりゃあ休みの度に雄介を呼びつけなくて済むから、あいつも楽になると思うんだがな」
陽一さんがいたずらっぽくあたしを見る。
ずっと陽一さんのお世話になっているわけにもいかないし――アルバイトでもしようかと思っていたけれど。
この顔じゃあ、どこでもまともに働けないのは今と同じ。
少なくとも顔が戻れば雄介さんに迷惑もかからなくなるし、何よりあたし自身、傷だらけの顔で一生を過ごしたくないっ。
けどっ、でもっ!
「陽一さんっ、それって結局あたしの為だよっ。陽一さんの為に使ってもらわなきゃ、恩返しの意味がないじゃない」
「お前は俺に対しての恩返しにこだわっているようだが、あの家に一人でいた俺が、綾と過ごすことでどれだけ救われたか。気付いていなかったのか?」
「……!」
「ビンゴで当ったら願おうと思っていたこと。俺からのクリスマスプレゼントだ。受け取ってくれるか?」
「陽一さんっ」
あたしは涙腺が壊れたように溢れる涙をずっとずっと流しながら、陽一さんに抱きついた。
「最高のプレゼントだよっ!」
「元の顔がもどりゃあ問題ねえだろ。やってみたらどうだ? ドラマの主役」
「でもあたし、元の顔なんて、写真も残っていないし……」
「問題ねえ。これを元に手術してもらえばいい」
陽一さんがポケットから取り出したのは、一年前のあたし。『こうなる』前の写真だった。
「これって、あたしの写真。何で?」
「俺が『フリーのジャーナリスト』の時に、預かった品だ」
「そういえば陽一さん元々は……ジャーナリストだったのよね。でもなんで、あたしの写真を?」
「元々その写真は、香坂夫妻のものだ。話をしたのはたった二回だが、本当にいいご夫婦だった」
意外な名前が出てきて、あたしはビックリした。
「父と母と面識があったなんて、初めて聞いたんだけど」
香坂夫妻は正確には、あたしの本当の父と母じゃないけれど、孤児院から引き取ってくれたあたしを本当の娘のように育ててくれた二人は、あたしにとっての両親なのだ。
「それについての詳しい話は長くなるから、また後でする。しかしこの頃の綾は、まだ垢抜けないというか、初々しいな」
渡された写真を見て、何年かぶりに自分と再会したような、不思議な気持ちになる。
写真の中のあたしは、一年……ううん、二年前くらいかな?
今と違って目が沈んでいるし、髪も服にも気を遣っていないし、笑顔を浮べた記憶さえない。
「この顔に戻るのも、ちょっと嫌だけど」
あたしが苦笑していると、小畑社長はどれどれと覗き込んできた。
「でもこれはこれで陰のある感じが素敵じゃない? 磨かれる前のダイヤの原石よ。綾ちゃん、アンタやっぱりキレイよ」
キレイ? あたしが?
「雄介にも言われたんじゃねえのか? 心が沈んでると、どんな化粧をしてもキレイにはなれねえってな」
「心に化粧はできないからって……」
「その通りだ。よく覚えてたな、綾」
「そう。陽一さんが言ってたって、雄介さんがバラしてたよ」
あの野郎……とつぶやくと、陽一さんは、んんっ。と軽く咳払いをした。
「社長。そういうことだ。願いは絶対叶えてくれるんだろう?」
「勿論よ。最高の医者を用意してあげるから待ってなさいねっ。じゃあ綾ちゃんっ。ちゃんとキレイな顔に戻ったら、アタシが愛をあげるからっ」
「いりませんっ」
あたしは精一杯の笑顔で、お断りした。
話をしているうちにパーティーもそろそろ終わり。
みんなの前で自分が社長だと明かしたくないらしい小畑社長が、最後の挨拶で締める。
会場に戻るとすでに片付けが始まっていて、みんな散り散りに片付けにかかっていた。
「おっ、二人とも。どこでイチャイチャしてたんすか?」
どうも今日の雄介さんはオヤジっぽい。
「わるいな綾。コイツ酒入るとオヤジっぽくなるからよ」
陽一さんが解説してくれた。
「楽しれたっすか? 綾ちゃん~」
雄介さんのろれつが回っていない。ちょっと心配だったけど。
「うっす。自分たちが責任を持ってアパートに放り込んで――いやいや、送り届けてくるので、安心してほしいっす」
ちょっと心配な言葉が混じっていたけど、任せておけばいいのかしら。
「お願いします」
あたしにはそう言うしかなかった。
「ね~っ。ところで綾っちは、何お願いしてきたの?」
残ったグラスを片付けながら、エレナちゃんが訊いてきた。
「あたしのお願いは、陽……氷室さんにその権利を渡しちゃったの。今までの恩返しのつもりで……」
エレナちゃんはえーっ。と声を上げたものの「そっかあ。何だか尊敬しちゃう~。その考えはアタシにはなかったかも」と、考え込んでいた。
「綾さんらしいといいますか……欲がないと申しますか……でもそのお願いの使い方、私は嫌いではございませんわ」
「自分が幸せになりたいってのは誰もが考えることだけど、他人の願いを叶えてあげたいって思うのはとても難しいことさね。わたしにも無理だあね。わたしゃ欲深き人間だもの。神様じゃないさね」
そう言って野上さんはアハハ、と笑った。
「で、結局氷室さんのお願いは何だったんすか?」
「そりゃおめえ、俺の一番大切なことに使ったに決まってんだろっ」
照れ隠しの笑いを浮べて答えると、皆が大きな溜息をついた。
「綾ちゃんが譲ってくれた願いを自分のために使ったんすか?」
いや、ちょっと聞けよと反論する陽一さん。
「自分はっ兄さんを見損なったでありますっ! 自分の快楽の為に願いの特権を使うとは何事でありますかっ!」
おい、だから……。
「……歓楽街に繰り出す為のフリーパスが欲しいなんて申請しておりましたら、私が切り落としますわ」
切り落とすって何をだよ?
「お兄ちゃん最低……」
その前に俺の話をだな――
「結局アンタも、欲深き物欲に溺れた者さね」
いや、それさっきは人間って言ってなかったか?
「違うのみんな、陽一さんはあたしの為に……」
あたしが切り出すと、陽一さんを除くみんなが大笑いした。
『え?』
あたしと陽一さんの声が重なった。
「分かってるよ。お兄ちゃんのことだから、綾っちの傷を治して欲しいとかそういうことでしょ?」
「知ってるんすよ。兄さんがたまに夜遅くまで仕事していたのも、元々は綾ちゃんの手術代を稼ぐためだって」
そうだったんだ。
「私たちがいくら援助するって言っても聞かないものですから、お体を心配しておりましたのに」
陽一さんは、馬鹿っ。お前ら、バラすんじゃねえっ。と小突きまわっている。
「さあ、そろそろ綾を送ってやりな。もうお子様は寝る時間さね」
言われて時計を見ると、時間は十二時を回っていた。
いつの間にそんな時間が経ったんだろう――
「寝る前にメイクを落とすのを忘れたらだめっすよ~」
酔っ払いながらも最後まで、見送ってくれた雄介さん。
あたしはみんなにそれぞれ、おやすみの挨拶を言って会場を後にする。
エレベーター前で、小畑社長が右手を差し出してきた。
あたしも手を差し出し握手する。
「ありがとうございました」
「こちらこそ。来年も是非いらっしゃい。それとシンデレラの役は空けておくから、早くいらっしゃいね」
「――はいっ!」
大きくうなづいてエレベーターに乗り込む。
「社長、早々に名医を探してくれるよう、待っているぞ」
手を振りながら小畑社長は見送ってくれた。あたしたちは一階の屋内駐車場に到着――
来た時におられた警備員さん二人が、壁のパネルを操作する。
車上荒らし対策の檻から開放された陽一さんの車。
「氷室様。外は一度雪が溶けて再び凍結した模様でございます。スリップ事故には十分ご注意を。そして、よいお年を」
「ありがとう。よいお年を」
「よいお年をっ」
鍵を受け取り車に乗り込み、あたしも助手席に座る。
「安全運転で――お願いね」
念を押すあたしの頭を撫でながら、陽一さんは優しく笑った。
「勿論だ」
駐車場を出ると、横殴りの吹雪が車を揺らした。




