確かな絆
親友と呼べる人に出会う時
時間も壁も跳躍できる
絆をそこに感じるから
翌日。登校するとまず職員室に呼ばれた。
先生たちは、あたしがショックで寝込んでいたと思っていたみたいで、あの場にいた生徒たちの処分が正式に決定したと知らせをくれた。
一昨日のことで、と切り出したのは担任の先生。
首謀者の西崎と河野は勿論、あそこに居た男子生徒たちは全員退学。
デジカメに残された記録が決定的な証拠になり、しかるべき法的処罰も下される予定らしい。
そんな中、高松だけが停学処分に留まった。
他に余罪もないし、先生たちを呼びに行ったのも高松。
普通なら逃げるか、自分は関係ないと主張するか、もできたのに。
何よりあたしが彼女に助けてもらったのは全くの嘘ではないし、その証言が退学にはまでは到らない決め手になったらしい。
ただ彼女が首謀者側にいたということは事実で、停学処分は免れなかった。
「……高松がな、香坂綾が学校に戻ってきた時、顔に怪我を負わせてしまったことを後悔しているって言っていたぞ。何のことか分かるか?」
名前も知らない男の先生にそう訊かれ、心当たりがあったので頷いた。
高松の停学は三週間。
卒業を間近に控えた時期には結構辛いが、退学よりはマシだろうと、先生たちは口々につぶやく。
処分に異議はないから、職員室を出た。
教室に戻ると、もう野次を飛ばす生徒は居なくなっていた。
あたしが不良たちに連れて行かれたこと。河野と西崎、他数名が退学処分になったことは、多くの生徒が知っている。
その上であたしが何事もなく戻ってきていることは、多くの生徒たちの間で謎になっていて、実は香坂って只者ではないという噂まで流れたらしいけど、どうでもいいことだった。
むしろ、実質イジメを仕切っていた二人が居なくなったから、クラスの何人かが話しかけてくれるようになった。
……勿論、それは最初から野次を飛ばしていないグループの人たち。
当初は退学処分になった生徒たちの逆恨みを心配する声も上がり、あたしも先生たちには、十分な注意をするようにと言われていたものの、相変わらず陽一さんは下校時間に駆けつけてくれるし、雑誌やマスコミの関係者がすっかり見えなくなった今でも、念のためということで、送迎してくれている。
寒さも厳しくなった十二月の中旬。
何事もなく平穏な三週間が流れて、高松が登校してくる日がきた。
彼女と顔をあわせるのは三週間ぶりなのに、もっとずっと長い間、見てなかったような気がする。
教室のドアが開き、高松が姿を見せた時、そこにいたクラスメイトは、あたしを含め言葉を失った。
手足に包帯を巻いて痛々しい姿になっていて、顔にはあたしと同じくらいの包帯を巻いている。
松葉杖を使わずに歩いているところを見ると、骨折はしていないみたい。
高松はクラスメイトたちの視線に目を伏せて、一直線にあたしのところに来た。
「……昼休みに話があるんだけど、付き合ってくれる?」
「……」
返事をせずにいると、
「これ以上アンタをどうこうしようってんじゃないよ。信じてもらえないだろうけど」
それだけを言い残して、高松は自分の席に戻った。
「きっと仕返しされるよ。やめときなって綾」
「そうだよ、今度はどんな目に合わされるか……」
みんな心配してくれているけと、何かをしてくれるわけでもない。
あたしは「大丈夫よ」とだけ返した。
四時間目が終わり昼休みになった。高松があたしに視線を送ると、教室を出る。
立ち上がり後を追う。心配そうなクラスメイトたちが、あたしの背中を眺めていた。
人目を避けるように、高松が屋上に続く階段へ向かうのが見えた。後を追って、階段を上る。
さすがに十二月の屋上は寒いのか鍵がかかっていたのか、階段の中央に高松が座っていた。
「来てくれたんだ」
高松がそういって、膝の上で頬杖をついていた姿勢から顔を上げた。
その目は優しさがあって、警戒することなく、高松と向かい合えた。
「話って?」
座って。と促されて、横に座る。高松は自分の顔を指差した。
「わたしの顔、どう?」
包帯でぐるぐる巻きになった自分の顔を指差す。
「痛々しいね」
率直な感想を言った。
「実際、痛いんだよね。殴られたり叩かれたりするとさぁ……」
視線を落とし、高松はぽつりぽつりと語り始めた。
「この二週間停学食らったけど、ずっと考えてた。あんたを助けてくれた人の言葉。『他人の傷をえぐって誹謗中傷しているてめえらほうが、よっぽど化け物なんじゃねえのか?』って言葉。結構響いた」
「……うん」
「大事故にあって怪我とか火傷とかしてんのに、なんで顔に包帯巻いてまで学校に登校してくんの? とか思って。最初は『あたし辛いけど頑張って生きてます』アピールみたいなの感じちゃって、アンタに酷いことかいっぱい言った。酷いことも沢山したじゃん?」
「……」
うん。というのは簡単だけど、答えず高松を見た。
「わたし、親がいなくてさ。親戚の家から通ってんだ。あんたは、一人暮らしだったんだよね。そんなことも、知らなかった」
「今は、違うけどね」
その答えに、高松は追求もせず「そっか」とだけ答えた。
「あれからわたしなりの、償いってのをさせてもらったよ。わたしだけ退学になんなかったけど、あいつらとは仲間だったし、謝りに言ったらこの通りボコボコにされちゃってさ。親友だと思っていた河野には裏切られるし、西崎なんてもう彼氏じゃないし。あいつらわたしに言ったよ。傷で腫れて血ぃ流すあたしの顔見て『化け物みてえだ』って」
あはは、と自嘲気味に高松が笑う。
「……顔がそんなのになっても、あなたがあなたであることは、変わらないのにね」
「優しいんじゃん、綾って。それに……わたしの痛みなんて、きっとアンタの痛みに比べたら、これでも全然大したことないんだろうね。わたしはうわべだけの親友と、体だけが目的の彼氏と別れたキッカケになったけど、あんたの場合さ……そんなんじゃ、なかったんでしょ?」
「結婚の約束、してたんだ」
少しだけの沈黙の後、
「……そっか。そうだったんだ。ごめん。本当に、ごめん」
高松は涙を落として、何回も何回も謝ってくれた。
「ううん。いいの。それにこうやって、謝ってくれたし」
「本当、優しいんだ綾は。それに、強いよね。わたしなんて殴られて蹴られて、そんでもって全部無くしてやっとあんたの痛みが、これでも少しは理解できたと思うのに、綾はもっともっと、辛いんじゃん? どうしてそんなに強く、いられるの?」
「……強くなんてないよ。ずっとずっと弱かったから、ずっと独りだったから、夏美ちゃんの気持ちが分かるだけ」
「……」
高松は、いや夏美ちゃんは、うつむいたまま右手を差し出してたきた。
あたしはそれを握り、握手を交わした。
「なんかこれって、男同士の友情みたいじゃん。アタシら女なのに、変な感じだよね」
「ホントだね」
夏実ちゃんが笑う。
つられてあたしも笑った。
「綾……あたしさっ、入学式の時からあんたと出会っていたら、きっともっと、色んなことに気付けたと思うっ」
「今からでも遅くないと思うよ」
「そうだよね。うん。ありがとう綾。あんたのおかけだよ……ありがとう……」
この日、夏美ちゃんと堅い絆で結ばれた。
親友と呼べる存在に、まさかこんな形で出会うことになるなんて、ちょっと意外だったけど。本当に不思議。
「ご機嫌だな。いいことでもあったのか?」
帰り道。陽一さんが横目であたしを見ている。
包帯で隠れているのに、どうしてこの人は人の機嫌まで分かるのだろう。
「うん。とってもいいことがあったの」
「へぇ。なんだろうな?」
「今日はね、また一人親友が増えたのよ」
「ほぉ。そいつはめでたいな。男か? 女か?」
「女の子。多分、陽一さんが見たら、びっくりするかな」
「へぇ?」
全く見当がついていない顔のまま、しばらく考えていたみたいだけど、
「わりっ、降参だっ」
すんなり白旗を上げた。
「一昨日の事件の時にいた、高松夏美ちゃん。あの茶髪のメイクが濃かった女の子よ」
我ながら酷い説明だと思う。
陽一さんは頭に?マークを浮べた後、ああ。あの子か。と思い出してくれた。
「……あの子と親友? あの子は事件の首謀者の一人だろ?」
「うん。だけど、謝ってくれたからいいの。たくさん、真剣に謝ってくれたから」
どんなやり取りがあったのか。細かい説明までするつもりはなかった。
あたしと夏美ちゃんだけの、女同士にしか分からない友情だから。
「真剣に謝ってくれたか。まあ、綾がそういうならかまわねえが、女ってのは……わかんねえなあ」
陽一さんは首を傾げ、やっぱり?マークを浮べたままだった。
――……
翌日以降もちゃんと登校していた夏美ちゃんに、虐められていた生徒たちの復讐や嫌がらせが始まった。
彼女は決して言い返すこともやり返すこともせず、止めに入ろうとしたあたしにも「いいの綾。償いだし」といって、助けを拒んだ。
一週間も経った頃、彼らも馬鹿じゃない。
自分たちがされていたことの痛みを、夏美ちゃんが理解していると分かると、復讐はピタリとやんだ。
そろそろ雪が降るかもしれないと、街へニュースが騒ぎ出したある日の午後。
「……て、ことでさ、わたし専門学校に行くことに決めたんだ」
屋上に続く階段で、陽一さんが作ってくれたお弁当を、夏美ちゃんと食べながら進路を語る。
相変わらず包帯は痛々しいままだけど、思ったより傷は深くなくて、早ければ年内にはある程度落ち着くと医者に言われたらしい。
「専門学校?」
玉子焼きに舌鼓をうちつつ、何の? と訊く。
「意外かもよ? 実はねぇ、保母さんなんだ」
本当に意外だった。
「本気?」
「本気も本気。今から願書だすって言ったら『馬鹿か?』って先生に笑われたっけどさ、だったら一年は勉強してバイトして、備えるし」
「……」
あたしがポカーンとしていると、夏美ちゃんは怪訝そうな顔をした。
「何よその顔。わたしこう見えて子供好きなんだよっ?」
ますます意外だった。
「前々から決めてたの?」
「違うってぇ。決めたのはつい最近。ところで、このお弁当なに? アンタがつくったの?」
「まさか。あの人だよ、あたしを助けてくれた……」
もごもごと口ごもると、夏美ちゃんはにっ。と笑った。
「素敵な旦那さん持ったんだっ」
「旦那さんって……」
「あ、ごめん。そういうのは無しね」
少しだけ気まずそうな顔をする夏美ちゃん。あたしは話を戻す。
「でも保母さんになりたいってキッカケは何だったの?」
すると夏美ちゃんは、急に箸を置いてあたしを見た。何かまずいこと言ったかな?
そうじゃなかった。
「あんたと氷室さんのお陰だよ。あんたたちのお陰で、わたしはわたしの中にいる怪物と向き合って退治することができた。わたし頭わりぃからさ、うまく言えないけど。
自分の中の『怪物』が大きくなっていくキッカケってさ、両親がいなかったり友達が居なかったり自分に自信がなかったり。そういうある種のなんての? 寂しさ? を栄養にして育っていくんだよね」
「うん。それ凄くよく分かるよ」
「で、『怪物』に喰われた人ってのは、わたしだったり沙希だったり、西崎だったりするんだよね。みんながそうじゃないだろうけど?
だからわたしは、保母さんになって、そういう子供たちの『寂しさ』ってやつを少しでも取り除いてあげられたらなって思うわけ。わたしもさ、両親居なかったし、キモチ分かるんだ、そういう子供の……さ」
「……」
少し、しんみりした空気が流れ、夏美ちゃんは膝を叩いて立ち上がった。
「やめやめっ! こんなのわたしのキャラじゃないしっ」
「アハハ、本当だよね」
あたしたちは心の底から笑った。
それは楽しさと優しさに満たされた、友人との時間。
今までのあたしにはなかったから。大切にしなきゃって、そう思った。




