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「痛ぇ?」
拳は見事に哲平の鼻の頭を捉えていた。さして力のあるものではなかったが、完全な不意打ちだったうえ、当った場所が場所なだけに一瞬脳が痺れるぐらいのダメージだった。
哲平は痛む鼻を押えて茫然と少女を見やる。
なぜか少女は哲平と同じように、もしかするとそれ以上に戸惑っているようだった。
襲撃に使われた自分の拳と哲平の鼻とをおずおずと見比べる。ほんのついさっきまで太陽のように輝いていた表情が、今にも雨が振り出しそうに曇っていた。
ひどい罪悪感に襲われる。被害者はこちらであるはずなのに。
「ねぇ直巳、このひと……」
少女は不安そうに直巳を顧みた。
もしかすると、何か間違いがあったのかもしれない。
哲平を別の誰かと間違えたか、それとも直巳が少女を手招いたのを、困って助けを求めているのだと勘違いしたとか。
それなら心配することはない、と言ってあげたかった。
自分は少しも怒ってなどいない。
思い込みが激しく人の話を聞かない女子というのがいかに恐るべき存在になり得るかは中学時代に否応なく学んだが、この少女は自分の行動を省みるということを知っている。ならば誤解さえ解いてあげればいいのだ。
直巳も同じ気持なのか、安心させるように少女へと頷きかけた。一見普段通りの鉄面皮だが、その雰囲気が優しく柔らかいものであることに哲平は驚かされる。直巳にこんな一面があったとはついぞ知らなかった。「大切な人」というのはどうやら本当のことらしい。
その相手が女の子だとは思わなかったが、惚れた男を追いかけて男子校に押しかけるなどというよりは、大切な妹分を守護するために居場所を共にするという方がまだしも直巳の行動としてはあり得そうだ。
そして少女には確かにそう思わせるだけの魅力があった。
直巳の様子に力を得たのだろう、少女は改めて哲平に向き直って。
「このひとノリ悪いよ!!」
びしりと指を突きつけた。なんだそれ。