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影絵の記憶(前編)

 この街では真夏の最中に何故か大々的な骨董市が催される。僕の同業者は勿論、一般人も来場できるので、出品される物もピンからキリまで色々だ。

 人の多い所は苦手だし、まして真夏の最中に出歩くなど考えたくもないのだが、意外な掘り出し物が見つかったりするので、毎年必ず一度は足を運ぶようにしていた。

 その日も目当ての普段使いの日用品を物色していると、顔見知りの同業者が出品している物の中で、ある物が目に飛び込んできた。

「……これは行灯照明ですか?」

 古い木製で重厚感のある物だった。高さは80㎝、幅は30㎝くらいの四角い形をしており、表面には薄墨のように描かれた流水と木の葉。

「そうや。ええもんやろ。当時の高級品やで」

「いつくらいでしょう。1960~70年代ですか?」

「さすがやな。1970年代のもんや。かつてはある高級旅館の玄関先を飾っていたもんや」

「そのわりには値段がお手頃ですね?」

「……まあ、あんたやから話すけどな」

 店主の話によると、その行灯照明はこの街の西の外れにあった「村雨屋」という旅館の物だったという。そこは隠れ家的な高級旅館で、この街を訪れた著名人は必ずその宿に一泊して帰るという場所だった。

 静かで非日常を味わえる空間、行き届いた気遣い、この街でしか食べられない料理、だがその旅館の看板は女将だった。

 当時三十前半で、その宿を切り盛りしていた水無瀬薫。美しく穏やかな容姿、品のある立ち居振る舞い、柔らかな言葉遣い、匂うような色香。そしてかゆいところに手が届く気配りの良さで著名人の間でもファンが多く、当時の雑誌からもよく取材を受けていたという。女の風姿に辛口な某作家もこの女将のファンで随筆の中で何度も激賞し、春と秋には必ず訪れ「村雨屋」を定宿にしていたそうだ。

 そんな彼女には当然、夫がいた。経営面でサポ-トしており、何より妻を溺愛していたという。何事もなければおそらく二人は幸せな夫婦のままで過ごした事だろう。

 だが、年中無休の忙しい旅館の仕事をしている間に、女将はある男性と懇意になった。それは、その旅館の常連客だった。

 やがてそれが夫にばれ、二人が密会していたホテルに乗り込むと、夫は妻とその愛人を刺殺してしまった。当然、夫は捕まって刑務所に入り、名のある旅館として一世を風靡した「村雨屋」は人手に渡り、かつての面影はもう無いそうだ。

「その事件なら聞いた事がありますよ。ご本人達にあった事が?」

「あるで。二人ともな。うちの店を贔屓にしてくれはったし。女将さんな中々の目利きでな。綺麗な人やったわ。まるで花が咲かはったように笑う人でな……

 ま、そういう訳でこれは『心理的瑕疵有り』ってやつや」

 僕は、その行灯照明を購入することに決めた。いわくつきでも、何となく心が惹かれたので仕方ない。自力で持って帰るのは無理なので、宅配便で送って貰う事にした。

 翌日、それは無事に店に届き、僕は玄関を上がったホ-ルの壁側に置く事にした。わりと店の雰囲気に馴染んでくれたので、その点は良かったのだが、果たして買い手がつくかどうかが問題だった。最も最近は「心理的瑕疵」を余り気にしない人も多い。意外とあっさり売れるかもしれないな、と思っていた。


「お兄さん、何か冷たいモン飲ませてくれへん?」

 そう言って片手にハンカチ片手に白い日傘を持って、白いレ-スのワンピ-ス姿で現れたのは清原春華だ。

「毎日毎日、毎年毎年、飽きもせずよう暑くならはるなあ。けど夏に涼しいのも何や気色悪いしなあ」

 そう言って、ふと行灯照明に目を止めた。

「初めて見るモンが置いてはるわ」

「ああ、それは貴女には向きませんよ。ますます男運のなさに磨きがかかりますから」

 アイスティ-にオレンジを入れて、僕は差し出した。彼女の夏の間のお気に入りはシャリマティ-なのだ。

「何やの、それ?」

 その行灯の経緯を話して聞かせると、彼女は大きい瞳をさらに大きく見開いて

「水無瀬さんとこのモンが、回り回ってここに来るやなんて、世間さんは狭いなあ」

 としみじみと呟いた。

「会った事があるんですか?」

「そんなわけないやろ。いくつやと思ったはるの?」

 僕の愚かな問いに鋭い一瞥でそう答えると

「お母さんから、話聞いたことあるんや。そこの女将さん、うちのお弟子さんやったそうやから」

 彼女の母親は華道清厳流の家元だ。確かに旅館の女将なら花を習っていてもおかしくない。

「その事件の後、女将さんと仲の良かったお弟子さんもショックで身体を壊さはって亡くなったんやて……二人ともまだお若かったのに気の毒やな……」

 そう言って彼女はシャリマティ-をおかわりした後で、これから夏の花を見繕いに行ってくる、と言って帰っていった。

 その日の夜。そろそろ店を閉めようとした時、カチッと何かの音がした。その音の方向に目を向けると、あの行灯照明にぼうっ……と灯りが点っている。何かの拍子にスイッチが入ってしまったのかと近寄ると、その長四角い表面に影絵のようなものが浮かんできた。それは若い男女の一対の影。二人は楽しそうに笑いながら、何かを相談しているようだった。そして女の影が何かを決めたように指さした。その先にあったのは長四角い形の箱。思わずピンときた。それはおそらく、この行灯照明。そう思った瞬間、灯りがふっ……と消え、影も消えてしまった。

夏なので、なにか涼しくなるような話を目指します……暑いですね……暑いの嫌いです……

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