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「東風吹かば」(後編)

 この街は、割合「骨董屋」が多い場所だと思う。けれど多いからと言って、探している目的の物が見つかるとは限らない。一週間、自力であちこち探してみたが、全く成果は出なかった。最も、僕のような、どこから見ても金を持っていない学生では、ただのひやかしだろう、くらいにしか思われない。僕にしてみても、骨董屋の商品は、はたしてこの金額が妥当なのか疑問しか浮かばない。例え0が一個少なくても、僕には必要ないと思うようなものばかりだ。お互いさまだろう。

 それでも足を棒にしても結果が出ないのでは、体力の消耗が激しだけでなく、精神衛生上あまりよろしくない。すっかり疲れ果てて、「一閑人」という店に入ろうという気になったのは、そこがカフェを併設している店だったからだ。

 玄関先で中をうかがっていると

「どうぞ、お入り下さい」

 中から穏やかな声が聞こえてきた。それに手を引かれるように、靴をぬいで店に上がる。

「ようこそ、いらっしゃいませ」

 パソコンの前に座っていた店主が顔を上げて微笑した。今まで回ってきた店の主と比べると、かなり若い男性だ。初めて訪れた僕に、まるで昔からの知り合いのように、気さくに笑いかけてきた。

「コーヒー、下さい」

 そう告げ、僕は入口に近いテ-ブルの前に座った。そしてぐるりと店内を眺める。アンティークの食器、染付っぽいそばちょこ、見慣れない物では、根付が、まるでチョコレ-トを入れるようなしきりのついた箱の中に行儀良く並んでいる。が、やはり人形は無い。

「何かお探しですか?」

 キョロキョロとしていたので、店主がそう訊ねてきた。

「あの……伏見人形って、扱ってはりますか?それも、50年くらい昔の、八重垣姫なんやけど」

「伏見人形ですか……まあ、時々土人形は扱いますけど。でも、何故50年くらい前の八重垣姫なんですか?」

 そこで僕は、今までの経緯を話した。そして、彼女が一週間後に再度この街を訪れるので、それまでに見つけたいのだという事も。

「……大切な人に繋がる物、ですか……」

 相手は、そうかみしめるように呟いた。僕は一気に話したので、喉を潤すために、少しぬるくなったコ-ヒ-を飲み込んだ。

「伏見人形はもともと人形をつくる型があって、一度にたくさん作れる物なんですよ。限定品とか、作家物の人形ならともかく、たくさん製産された物の中から特定の一体を探すのは、正直難しいですね」

「やっぱムリやろうか……」

「古い物で八重垣姫の人形、なら見つける事は可能ですよ。ただ、その方のお祖母さんが貰った物と同じ物、という保証はできませんが」

「それでも構いません。八重垣姫を見せてあげたいんです」

「そういう事なら、承りましょう」

「……ほんまですか!?」

「はい。見つけましたら、ご連絡さしあげますよ」

 溺れるものは、とはよく言ったものだ。僕は携帯番号を伝えて、その店を後にした。あと一週間で、その人形が見つかるかどうか、わからないけれど、素人の僕では限界があるし、あとはプロ(?)の手腕に期待しよう、と思った。その反面、難しいかもしれないな、とも思っていた。なにしろ時間がなさすぎる。

 できれば見つかって欲しい、彼女を喜ばせてあげたい、そう単純に思っていたし、そう願った。その思いが通じたのか、彼女と約束した日の前日、店主から見つかった、という連絡が入った。

「ほんまに見つかったんですか!?」

『十年前に複製品として作られたものですが。新しい物ですから、状態は良いんですが、そのお嬢さんが望んでいる物とは言いがたいですよ』

「いえ、見つけてもろうただけで!有難うございます!」


 翌日の午後、僕は自転車に乗って待ち合わせ場所へと向かった。その神社はおおきな森があるのだが、今は季節柄、花も葉もない寒々しい風景が広がっている。何となく灰色がかった空気の中、鳥居の朱だけが鮮やかな色彩を放っていた。その下に、彼女が立っていた。

「八重さん!見つかったで、人形!」

 開口一番、僕はそう叫んだ。驚いたように、彼女は目を見開く。

「最も複製品で、お祖母ちゃんが無くした物と同じモンとは言えへんけど……でも、八重垣姫の人形やて!」

「……有難うございます」

 彼女は深々と頭を下げた。

「ほな、行こうか。あ、でもせっかくやし神社参拝しはる?」

 そう訊ねると、彼女はゆっくりと首を横に振った。

「そやな。まずは人形見に行こか。この神社は、また今度な。そうや、今度来る時は新緑の時期に来おへん?」

「新緑……?」

「うん、この森、新緑の頃もめっちゃきれいやねん。な?」

 彼女は微かに嬉しそうに微笑んだ。僕は彼女を自転車に乗せて、川べりを走らせて店に向かった。車道を走るより、この道を使ったほうが早いのだ。この季節は寒いので人影もまばらなので。一刻も早く、彼女に人形を見せたかったし、僕もどんな人形なのか見てみたかった。

「お邪魔します!」

 飛び込むように僕は店内に入った。店主はこの前のように穏やかな笑顔を向けてくれた。が、彼女を見て、少し驚いた表情をした。彼女はというと、周りには目もくれず、テ-ブルの側へと早足で近寄った。そこには艶やかな赤い大振り袖姿の姫君の人形。

「有難うございます。見つけて下さって」

 僕は店主に向かって、そう言った。が、相手は人形と人形を見つめる彼女に視線を注いでいる。そして。

「……彼女に先に会わせて頂くべきでしたね」

 低い、静かな声でそう呟いた。

 僕は彼女に目を向けた。最初、その表情は喜色に溢れていたが、やがてその人形をみつめているうちに、その表情はだんだんと曇っていった。そう、落胆に近い表情を。

 店主は彼女に近づくと

「これは、あなたが望んでいた人形ではないんですね?」

 静かに、そう問いかけた。彼女は目を上げ、哀しげに相手を見つめると、小さく頷いた。

「でも、あなたの望んでいるものは、おそらく見つかりませんよ。何故なら、それはあなた自身だから」

「え?」

 そう声を出したのは僕だった。彼女も息を呑んだ。

「……あなたの大切な人は、本当に彼のお祖父さん……かつての恋人に、一目会いたがっていたんですね……他に何かを望んでいたわけじゃない。ただ、会いたい、そう願っていた。その思いが、あなたに力を与えた」

 店主はそっと彼女の肩に手を乗せた。まるでいたわるように。

「もう充分ですよ……その思いはちゃんと伝えられたんですから。あなたが、ちゃんと伝えたんだ。……そうでしょう?」

 優しい暖かな声。その時、彼女の目から一筋の涙が零れた。彼女は僕に目を向け、やがてうつむくと、そのまま空気にとけるように消えた。テーブルの上には二体の八重垣姫の人形。もう一体の方は、色彩が残っているが、かなり歳月を感じさせる物だった。

「……いったい……」

 僕がそう口にした瞬間、ピシッとひびの入る音。古い方の伏見人形に線が走り、瞬く間に崩れるように壊れた。僕は声を失ってそれを見つめていると。

「……主の元へ帰ったのでしょう。主の思いを伝えて、役目を果たしたから」

「……けど、彼女はどう見ても人間にしか……」

「人間と思い込んでいたのでしょうし、特にあなたの前では人間の女の子でいたかったのかもしれませんね」

「……まさか」

「主の強い思いと愛情を注がれて、長い間大切に扱われていた人形です。心だって宿りますよ」

 僕は口を閉ざした。夢を見ているとしか思えなかった。だが、まぎれもない現実。

「……彼女に惹かれていましたか?」

 その言葉に我に返り、慌ててそれを否定しようとした。が、口を開きかけた瞬間、何かが心の奥でうずいた。

「……わからへんけど……でも、笑ってほしい、そう思ったんです」

 店主は静かな視線を向けた。いたわるわけでもなく、憐れむわけでもない、ただ静かな視線を。

「……寂しそうな、哀しそうな子やったから。大好きなお祖母ちゃんを亡くしたからやろうな、思ってました。そやから、ほんの少しでも笑って欲しくて……」

 店主は空き箱を用意すると、壊れた人形を丁寧に箱の中に収め始めた。

「それ、どないしはるんです?」

「ここまで、はるばる来たのですから、丁寧に弔ってやろうと思います」

「……僕がもろうたら、あきまへんか?」

 相手は目を向けて、柔らかく微笑んだ。

「その方が、この人形も喜ぶでしょう」

 その箱を受け取り、ふと

「……この事、祖父に話したほうが良いんやろうか……ほんまは、彼女を連れて行こうかと思ってたんやけど……」

「話してあげて下さい。たとえ、信じてもらえなくても。主の思いを伝えたくて、ここまで来た、その人形の思いをくんでやって下さい」

 僕は箱を持つ手に力を込めた。気のせいかもしれないけれど、箱の中はほんのりと温かいような気がした。

ほんとうは、もっと早く更新したかったのですが、結局月末になってしまいました。もう一つの連載も500文字も今月中に載せたかったのですが……とりあえず梅の季節が終わらないうちに、と思って急ぎ載せさせて頂きました。

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