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一文銅銭の約束(前編)

 その日は、遠くの山並みに雪が積もって、青白く姿見せている寒い朝だった。

 開店と同時に、一人の男性が来店した。が、朝から疲れ切った表情をして、坪庭の側のテーブルの前に腰を下ろした。そして掠れた低い声で、言葉少なにコーヒーをオーダーした。

 身なりは悪くない。むしろ良いくらいだ。が、その表情は暗く、店内に目を配るわけでもないので、骨董を目当てに来たというよりは、コーヒーを飲みに来たようだった。

 彼にコーヒーを出した時、一組のカップルが賑やかに来店した。男はびくっと入口に目を向けたが、彼らから目を反らすように、坪庭を眺め始めた。人目を避けているような、そんな雰囲気だった。

「けどさ、何でわざわざ古いモンなんか買うんだよ。新しいモンで揃えればいいだろ」

「ちょっ……征史!聞こえるって!」

「ワケわかんね-よ。この前は青いモン買うとか言ってたし」

「すみませ-ん、古いアクセサリ-とか、置いてませんか?」

 骨董屋で、しかも店主の前で気の利かない言葉を連発する彼を遮るように、彼女は僕に向かって声をかけてきた。

「アクセサリーはあいにく無いんですが……こんなものならありますよ」

 棚の引き戸から、白狐の根付を取り出して見せた。

「何かに取り付けたりして、身につけやすいと思いますよ。携帯のストラップにもできますし」

 僕の言葉に彼女は嬉しそうに微笑んだ。そして即座に購入を決めた。やれやれ、と言わんばかりの表情で、征史と呼ばれた男性は、ふと坪庭を眺めている客人に目を止めた。

「……立樹?立樹じゃね?」

 その言葉に、相手は驚いたように振り返った。

「……征史?仁和征史か?」

「やっぱ立樹かよ!久しぶりだな!いつこの街に戻ってたんだよ!お前、東京にいるんだろ?」

「ああ……うん。ちょっと、所用で」

「懐かしいな!中学ん時以来だよな!あ、メルアド教えてくれよ!」

「あ……おお」

 どうやら子供の頃の友人だったらしい。暗い影を落としていた「立樹」と呼ばれた男性の表情が、ほんの少し明るくなった。

 カップルは帰るときも賑やかに立ち去って行った。その三十分後に、最初の客人も立ち上がった。

「子供の頃の友達ですか?この街は狭いですからね」

「ええ……小学生の時の同級生です。同じアパ-トに住んでたので、性格は違ったけど仲は良かったんです」

 そう呟くように答えると、静かに店を出て行った。


 その翌日の午後。昨日の冷え込みが嘘のように、明るい日差しが坪庭から店内を照らしていた。ふとパソコンから目を上げると、十才くらいの男の子が、ニコニコしながらこちらを見ていた。

 人間ではない。今時、筒袖四つ身の着物に三尺なんて恰好の子供は、時代劇の中でしか見かけないからだ。

 やがて「すみませ-ん」と間延びした声がした。昨日来店した「征史」と呼ばれた男性が、今日は一人でやって来たのだ。

「立樹に会って、思い出したんですけど、これって何か価値ありますか?」

「これは……一文銅銭ですね」

 面に「寛永通寶」と刻まれた、十円玉より一回りくらい大きな古銭だった。

「子供の時、立樹と一緒に見つけたんですよ」

「僕は古銭は詳しくないのですが、これは元禄期の萩原銭でしょうね」

「元禄?」

「江戸時代です。1700年くらいですよ」

「……大発見ですか!?」

 思わず彼は身を乗り出して、訊ねてきた。期待に膨らむ相手を見ると心苦しいが

「これは、かなり鋳造されて流通したものです。この街にも鋳造所があったはずですよ。ですから価値は残念ながら、100円くらいでしょうね」

 相手は目に見えて、がっくりと肩を落とした。が、

「……やっぱ、大発見ってのはそうそうないかぁ」

 苦笑しながら、明るく言った。

「昨日の方とは、子供の頃、同じアパ-トに住んでらっしゃったそうですね?」

「そうです。あいつはすげ-頭の良いヤツで、成績良かったし、読書家だったし、ゲ-ムもムチャクチャ上手くて。自分でゲ-ム作ったりしてました。将来はプログラマ-になりたい、とか言って

 小五の夏休みだったかな、あいつが『世紀の大発見は、農民が畑を耕したり、井戸掘ったりしていた時に偶然発見された事が多い』とか言って、だったらオレらでも何か発見してやろう、てスコップ持って自転車乗って、あちこち掘りまくったんですよ。川べりとか、公園のすみとか神社の敷地とか。子供で怖い物知らずでしたからね。それでも大人に見つかって、大目玉くらいそうになって、慌てて逃げたりして。

 これは、七条通でたまたま更地になってた土地を掘ったら出てきたんですよ」

「すごいじゃないですか!」

「でも大人に話しても、誰も信じてくれなくて。そんな事するなら勉強しろって怒られましたよ。こっちは暑い最中に自転車こいで、穴掘って、結構汗水流してやっと見つけた物だったのに。ガキながらすげ-悔しくて。

 そしたら、立樹が言ったんです。『大きくなって、大人になったら大発見をして、皆を見返してやろう』って」

 そう懐かしそうな遠い目をして話した後、彼は苦笑した。

「まあ、結局100円の価値の発見でしたけどね」

「でも、それ以上の価値のある思い出じゃないですか」

「どうでしょう。あいつは、もう忘れているんじゃないかな」

 彼は突然、ある政治家の名前を出して、知っているか、と訊ねてきた。その人物はこの街の出身で、当然名前だけは知っていた。

「あいつ、今その政治家の公設秘書やってるんですよ。東京の大学に行って、たまたま選挙事務所のバイトした時に気に入られたらしくて。今じゃ片腕って言われてます。その先生には息子はいないけど娘がいるから、おそらく彼女と結婚して、ゆくゆくは選挙区を継ぐんじゃないかな。

 いずれは代議士先生ですよ。同じアパ-トに住む、同じような子供だったのに、どこで差がついちまったのかな……」

 その複雑そうな表情を着物姿の子供は、相手の手を握りながら哀しそうに見上げていた。勿論、彼はその子の存在に気づいていないが。

「差なんてありませんよ。貴方と友達の幸せが違うだけで」

 相手は苦笑を浮かべた。そんな気休めをと言いたげな表情で。僕は微笑を浮かべて

「昨日いらした彼女と結婚されるんでしょう?」

 その言葉に心底驚いた顔をした。

「何でわかるんですか?」

「古い物、そして青い物を購入された。サムシング・フォ-ですよ」

「サム……?何すか、それ?」

「もともとはマザ-・グ-スの歌です。

『何かひとつ古いもの、何かひとつ新しいもの、何かひとつ借りたもの、何かひとつ青いもの、そして靴の中には六ペンス銀貨を』

 欧米の慣習で、その四つの物を結婚式の時に花嫁が身につけていると幸せになれる、と言われているんです。本当は古い物は、先祖から伝わった宝飾品とか、母親やお祖母さんの結婚衣装なんかを使用すべきなんでしょうけど」

「……欧米って……何でも真似すりゃいいってモンでもないでしょう。だいたい、ジュ-ン・ブライドもあっちでは六月が一番気候が良いって話だけなんでしょ?日本の六月なんて、梅雨のど真ん中じゃないですか」

「でも、揃えるのは結構大変だと思いますよ。それでも彼女がこだわるのは、貴方と幸せになりたいからなんじゃないですか?」

 彼は黙り込んだ。そして、一文銅銭を握り込むと、そのままコートのポケットの中に入れた。

「お邪魔しました。とりあえず、この金の価値がわかって良かった」

「これを機会に、どうぞご贔屓に」

 彼は軽い足取りで、店を出て行く。その傍らには、あの子供が寄り添って付いていった。


 それから数日後。僕はネットのニュースを見て、目を疑った。ある政治家が政治資金規正法違反罪に問われ、その重要参考人である公設秘書が、数日前から行方不明になっているというニュ-スだった。その顔写真入りで掲載された秘書の名前は「斎木立樹」。この店でコ-ヒ-を飲んでいた、あの客人だった。

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