1-7 顔合わせ
所詮こんな運命だったんだ。最後の最後に欲が出たせいで、今俺は牢獄の中にいる。
この屋敷の外では御前試合の真っ最中らしい。昨日俺を捕まえた男と、あの高内雪村が試合をやっているらしい。昨夜、門番達が話しているのを聞いた。
どうやら賭けをやっているようで、ほとんどの者が高内に賭けている様だった。
高内雪村、あいつは若いくせに相当やる。一度戦場であいつを見たが、あの突きと払いは尋常じゃない。俺なんかが目の前に立ちふさがってみようものなら、瞬殺だろう。
見た目も美形だしよ、天も高内だけには二物も三物も与えてんだろうなぁ。
しかし、その高内もあの男には適わない。断言できる。あの男、見た目は普通だが中身が違う。
あの内からくる畏怖の感情は忘れられねぇ。あの男は人の皮を被った化け物だ。本当に俺はツイてなかったんだ。
一世一代の大博打であんな奴と鉢合わせるなんて。
俺は染みだらけの天井を見つめる。
今行われている試合が終われば、俺は殺されるんだ。そりゃ当たり前か、そういう大それたことをやっちまったんだからよ。
あぁ、どうせ一世一代の大博打なら、悪事より善行でやるべきだったよなぁ。善行でなら例え失敗しても、後悔なんて起こらないかもしれないもんな。
本当最悪の人生になっちまったなぁ。こんなところで自分の今までの愚行を悔いることになるとはなぁ。
お、獄守がきやがった。俺もこれまでか。
結局俺はこうなる運命だったんだんぁ――――。
昌虎は元部下の四人と並んで、玖狼の前に座っていた。玖狼の横には雪村がいる。
「まぁ楽にしてください」
何が何だか分からず、キョトンとした顔でいる昌虎達に、玖狼は言う。
昌虎は未だ目が大きく開いたままである。蓄えられた口ひげも、太い眉も驚いたように立っていて、まるで狐につままれたようになっている。
そんな昌虎達を気にせず玖狼は言う。
「俺はこれから凛姫の護衛の任に当たる事になりました。貴方達も一緒にです。それに伴った形で、貴方達の犯した罪は今回不問となりました。ですが、これからの悪行や規律違反は厳しく取り締まるから宜しくお願いします」
昌虎は状況が飲み込めず、聞き返す。
「あっしらは死刑を免れたって事ですかい?」
玖狼は笑顔で返す。
「はい、今回のことは不問です」
「で、そのあっしらが狙った姫様の護衛の任を、あっしと旦那がやるってことですかい?」
「うん、そうなるね。まぁ、貴方達がまたこの間みたいなことをやらないのが前提条件だけどね。もしやったら……、わかるよね?」
昌虎はゴクリと唾をのむ。やった時のことを考えるだけで、寒気がする。あの冷血女と目の前の少年を相手にするのはもう嫌だ。
黙って頷く。
「俺は湊玖狼」
手を差し伸べられる。
昌虎は感動した。
胸に熱いものが込み上げてくる。この少年は自分達の悪事を不問としてくれた上、命まで助けてくれたのだろう。
幾ら馬鹿でも分かる。普通なら死刑の罪が不問になるなんて常識では考えられない。となると、状況から見て、自分達を救ってくれたのが目の前の玖狼であることは明白だった。
昌虎は差し伸べられた手を両手でしっかりと握り返す。
これは運命だ。昌虎は直感でそう思った。
「あっしは昌虎と言いやす。一度死んだ身。旦那の為、忠義を尽くさせて頂きやす。なんなりと申しつけくだせぇ」
これに玖狼は苦笑いを返す。続けて昌虎と隣の四人にむかって、雪村が口を開く。
「貴方達五人は、この屋敷の雑務をやって頂きます。玖狼様がここで客人として過ごされる間、この屋敷の自炊や掃除をやって頂きます。もちろんこの屋敷以外での雑務、情報収集なんかも仕事に入りますので、休んでいる暇はありません」
雪村は淡々と他の四人に仕事内容の伝達を行う。四人も昌虎と同じ気持ちらしく、顔つきは真剣そのもので、雪村の話に集中していた。
雪村の説得に玖狼の出番はなかった。
彼は意識が戻るとすぐに状況を察したらしく、脇差を抜き腹に当てようとした。
しかしそこで止めに入ったのは密だった。彼女は雪村の手を取りひねり上げ、耳元で何かを囁いた様だった。そして雪村は顔を赤らめ、下を向いたまま玖狼に向かって一礼をしたのだった。
その後、正式に幸隆から命を下され、今こうしている。一体何を密に吹き込まれたのだろう? 何を言われたのか雪村に聞いてみたい気もしたが、まだお互いのことを知らなさ過ぎるし、デリカシーの無い奴とも思われたくないので止めておく。
雪村は物分りの良い、素直な少年だった。玖狼はこの少年に、命についての考えを述べた。どうか自分の命をそのように粗末に扱って欲しくない事を、そして残された者がどんなに苦しく辛い思いをするかを。
雪村は玖狼の考えに共感できたらしく、目に涙を浮かべそれを堪えるように玖狼を見て、頭を下げた。その後一言、「感服いたしました」といって暫く頭を下げたままだった。
玖狼が意識を雪村達に戻すと、雪村の説明は終わったらしく、五人の部下達は一斉に各担当の仕事場へと移動して行った。雪村は一度自分の屋敷に戻り、この屋敷で暮らす準備をしてくると、一礼して部屋を後にした。
一人になった部屋で、玖狼は両腕を伸ばし、仰向けに倒れこむ。
玖狼が客人として過ごすこの屋敷は、外廊下越しに凛の部屋と繋がっており、なにかあれば直ぐに駆けつけられるようになっている。まさか客人一人に十人くらいが余裕で住める屋敷を手配するとは、玖狼自身、思っていなかった。
まぁ実質、この屋敷にはこれから密と雪村、昌虎達が一緒に暮らすのである程度は賑やかになるのだろうが。
天井を見つめ、また伸びをする。
なんとかこれで一段落した。出来る限りの事をして、とりあえずなんとかなった。
自分がいた世界ではまず考えられないが、どうにかなった。
玖狼は小さい頃に父の言った一言を思い出しポツリと呟く。
「逆転手は必ず負けちゃ駄目な時に、か」
逆転手は無かったが、負けられない出来事の連続だった。
密との出会い、昌虎達との戦い、そして雪村との御前試合。すべてにおいて、負けは許されなかったと思った。
玖狼はそのまま意識を落としていく。
これから先、もっと敗北が許されない状況が続くのだろうか?
譲れないモノが出てくるのだろうか?
今はもうこれ以上深く考えたくなかった。
心のどこか奥の方が語りかけている。
玖狼の遠のく意識はそれに耳を傾けなかった。
心の奥のそれは呟いていた……。
そう、マケテハイケナカッタンダ。
でも、カッテモイケナカッタンダ。
どうも、結倉です。
ここまで拙作を読んでいただき、ありがとうございます。
今週は週末にまた更新予定するつもりです。
どうか最後までお付き合いの程、よろしくお願いします。




