1-6 御前試合
胴着を着た玖狼は、密が差し出してきた刀を受け取る。刀を抜くと、良く研がれた刀身があらわになる。
「こんなもの、必要ないのに」
「貴様が素手でも十分強いことは知っている。だがこれば御前試合であり、真剣勝負なのだ」
玖狼は出かけた刀を鞘に戻す。
まるで自身の不満である気持ちを押し戻すように勢いよく鞘に戻したので、密は少し驚いたようだ。
「緊張しているのか」
「違う。俺と今日立ち合う相手はどうなるんだ?」
密は肩をすくめ、冷たく笑いながら言う。
「まぁ相手が勝てば貴様が死ぬだけ。負ければ生き恥をさらすのみ。まぁそのような屈辱は到底受け入れられずに当然、腹を切るだろう」
玖狼はまた鞘から刀を抜き、再度収める。
「まぁお前は相手の心配より自分の心配をしておくんだな。相手はこの春日家でも一、二位を争う高内雪村だぞ。年はお前より若いが剣術はなかなかにやるぞ。実力は私と同等程度、かな。だが剣術に関しては、私より奴のほうが上かも知れん」
それを聞き少し安心する
密と同等程度なのであれば玖狼にとっては余裕である。
「まぁ総合的な能力は私の方が上だがな」
得意そうに胸を張って言う密を見て、さらに安心する。玖狼が密から会場に目をやると、試合前の挨拶であろうか、幸隆が雄弁と今回の試合について説明をしている。
決着の内容は相手の意識を飛ばすか、「参った」と言わせるかの二通りらしい。後は何をしてもOKとの事だ。
恐らく、今まで試合をやってきた者の中には意識を飛ばす為に相手を殺めたり、戦意を喪失させるため、目潰しや急所攻撃も平気で行ったのだろう。皆それを当たり前のように聞いては頷いている。
玖狼は幸隆から目を切ると、相手の顔を確認する。
少年だった。
年は十三、四歳ほどだろうか。背は小さく、髪は武士らしく結ってあり、服装もまた見事な袴姿だ。
それでもまだ幼さを隠しきれていない。大きな目は意思の強そうな眼光を放っている。鼻も高く、口はキリッと横一文字で結ばれており、将来はきっと美男子になるに違いない。
評判通り、腕のほうもかなりのモノだろうという空気も伝わってくる。
しかしこんな少年までもが命を賭け、このような馬鹿げた試合をやるのかと思うと頭が痛い。そして何も出来ず流されている自分にも。
幸隆が説明を終え、玖狼と少年を見て言う。
「それでは両者前へ」
玖狼はここで一つの賭けに出る。
「幸隆さん」
幸隆が懐疑的な細い目を向けてくる。
「なんだ?」
玖狼はその瞳に臆せずに進言する。
「この勝負、俺が勝てば一つお願いをきいては頂けないでしょうか」
「ほぅ、だがまだお主が勝利するとは限らんぞ。まぁいい、お主が勝てた場合、その口上聞いてみよう」
第一関門突破。後は目の前の勝負に勝つだけだ。視線を前にやると真っ赤な顔をした少年がこっちを睨んでいる。
少年は主君の面前で相手に侮辱されたのだ。玖狼はそんなこと思っていないが、先ほどの会話の流れは少年にとっては侮辱以外のなにものでもなかっただろう。
周囲もそのように受け取ったようだ。
密に聞くと、この幼い少年は見た目とは裏腹にこの国では一、二位を争うほどの腕前らしいのだから。その少年を侮辱されるのは、この国の武士にとっては自分も同様の扱いをされているに等しい。
玖狼は完全に場を敵に回してしまったようだ。
幸隆が目で場を制しつつ言葉を放つ。
「ではお互いに名乗れ!」
「高内雪村、尋常にいざ参る!」
「湊玖狼」
お互い名乗り合わせ、一礼する。それを見届けた後、幸隆は右手を高々に挙げ、振り下ろし、叫んだ。
「始め!」
雪村の行動は速かった。
合図と同時に突進、鋭い突きを放ってきた。
玖狼はそれを避ける。
雪村は突きの刀を右に返し、即座なぎ払う。それに対し、玖狼はしゃがんで廻し蹴りを見舞う。しかし、雪村もこれをひらりとかわす。
場から大きな歓声が上がる。
今ので雪村の実力が分かった。
結論から言うと、密の言う事は信じては駄目だった。
突きは速く、切り返し後の見切りも素晴らしかった。
恐らく剣術に関しては、あの嘘つき女の倍は強い。
玖狼が同い年の頃、あのような動きは出来なかったと思う。しかし、玖狼だって昔のままの強さで成長が止まっているわけではない。
雪村が再び突きを放ってきたのにタイミングを合わせ、歩術『雪牙』で背後に回る。
だが雪村も直ぐに反応、身をよじりながらなぎ払ってくる。この動きに合わせる様に、玖狼は左手で鞘を押さえ、右手で刀を抜く。
抜いた刀で斬撃を受け、同時に左手で持った鞘で雪村の鳩尾にキツイ一撃を喰らわせた。
雪村の意表を突いた二刀流。勝負はこれで決した。
玖狼は腹ばいでもがく雪村の首に、意識を飛ばす最後の一撃を入れる。
雪村は呻き声と共に倒れこんだ。
静まり返った後、感嘆の声が一斉に飛び交う。
幸隆も驚いているようで目が開いたままだ。今の一瞬の攻防に目を奪われた形になっている。
玖狼は一礼する。
「あのー、俺の勝ちですよね」
幸隆はその一言で我に返る。
「う、うむ。この勝負、湊殿の勝ちとする!」
そして玖狼に向かって扇子を突き出して言う。
「見事な勝負であった」
玖狼はもう一度礼をする。そして幸隆を見据え言う。
「試合前の件なんですが……」
幸隆は平手を玖狼に向け、遮るように言う。
「ああ、わかっている。で、要望とやらはなんなのだ?」
玖狼は一度小さく深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。
ここが最終関門だ。上手くいかなければ目的は達成できない。
強固な意志を持った眼差しで、幸隆を見て言う。
「高内雪村と、昨日の盗賊五名の命を助けて頂きたい」
幸隆はもちろん、周囲のもの皆この発言に仰天した。
雪村はともかく昨日の盗賊は凛を攫ったのだ。普通であれば、そのような大罪の前に命は確実に無い。端正な顔立ちをした一見とても強そうには全く見えない優男が、このような広言をするとは誰も思っていなかったのだ。
ただ一人を除いては。
「な、なにを言っておる。雪村はともかく、あやつらは無理だ」
玖狼はそれでも強い光を目に宿し、言う。
「ならば俺が責任を持って彼らを監視します。もう二度とあんな事をしないように。彼らがまた犯罪をすれば、俺も一緒に獄に落ちます。それに幸隆さんは俺が試合に勝てば願いを叶えてくれると言ってくれました」
幸隆は悩む素振りを見せる。
玖狼はここで一計を用いたのだ。
幸隆は確かに願いを聞いてやると言ったが、叶えるとは言っていない。玖狼はこの大衆の面前で、幸隆の『聞く』という言葉を『叶える』に換言したのだ。
幸隆としては、このような条件は呑めない。しかし、玖狼との約束を破棄すると領主としての評価、器量が下がる。評価が下がれば内乱や裏切りが発生する可能性だってある。地盤は固ければ固い方がいい。
だが、彼らは凛を狙った罪人だ。そんな彼らを解放してよいものか。
周囲の反応はどうだろう。思慮に欠ける人物と思われはしないだろうか。これ自体が他国の罠とも言い切れない。なにしろ玖狼の素性は不明なのだから。きっと幸隆は主としての器の問題に、頭を悩ませているに違いない。
玖狼の思惑通りなのか、又は別の何かを考えているのだろうか、その結論に幸隆が迷っていると側から澄んだ声がした。
「私は玖狼殿に賛成です。確かに、私は彼らに攫われましたが何もされておりません。それに私の側には玖狼殿と密がおります。この二人に彼らは瞬く間に倒されています。ならばいっそ、その者達も私の護衛人にすればよいでしょう。玖狼殿がいれば、彼らが私をどうかしようという発想はおこらないでしょう。もしそれでも不安ならば、この雪村殿も私の護衛の任に付けてはどうでしょうか」
凛が胸に手を当てながら発言する。
顔は紅潮し、声も最初のほうはうわずっていた。とても緊張したのだろう。
しかし内容は良かった。
上手くいけば雪村も一緒に助けられる可能性も含めたところは、玖狼も舌を巻く。
雪村は建前から腹を切る可能性があった。もしこの凛の一言で、幸隆から凛の護衛の任を命じられたら、雪村は断れないだろう。実直そうな彼の性格から、護衛の任を優先してくれるかもしれない。
この姫様は美人な上に聡明だ。玖狼の考えを理解し、必要であれば頼まずとも手助けしてくれる。
凛の進言もあり、幸隆はしばらく扇子を開いたり閉じたりしていたが、最後に勢いよく扇子を閉じると、玖狼を見やる。
「玖狼殿に凛姫の護衛の任に当たってもらおう。そして雪村と野党の者達もだ。但し、部下が悪行や失態を犯した場合、責任は全て貴殿に負って頂くが」
幸隆は穏やかな口調で言った。だが瞳の奥に冷たい何かを感じる。
「わかりました」
玖狼はその何かを気のせいと思うことにした。
とりあえず計画は成功したのだから。誰も死なさず、最良の形で今日のイベントを終わらす事が出来た。
後は凛に協力してもらいつつ、元の時代へ帰る方法を探すのみだ。これがどうしようもないのだが……。とりあえず住まいと情報源の確保には成功したところだろう。
玖狼は空を見上げる。
先行き不透明な玖狼の行き先とは違い、空は透明な蒼だった。