表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タイムパラレル  作者: 結倉芯太
1章
6/28

1-4 救出


 林道は昼間だというのに暗く、心持ち涼しい雰囲気が漂っていた。

 頭上を見ると生い茂った木々が太陽の光を遮断しているが、それをかいくぐった柔らかな木漏れ日が妙に心地いい。

 前を走る密は速かったが、日頃静香に鍛えられたお陰でどうにか振り切られずにいる。瞬時の速さでは密に負けるつもりはさらさら無かったが、持久力に関する速さは玖狼は密に及ばなかったようだ。彼女は玖狼よりも小さな身体であるにも関わらず、しなやかな動きで顔色一つ変えずに走っている。まるで猫のようだ。

 しばらく走ると林から抜け目前に田んぼと畑が遠目に見えた。密が足を止める。

「あそこが例の集落だ。貴様の服装では聞き込みをしても目立って仕方ない。逆に怪しまれるだろう。とりあえず私が貴様の服を調達してくるので待っておれ」

「了解」

 玖狼は野道の側の石に腰を下ろす。一息ついて密の行った先を確認したが、もう姿は見えない。

 流石に隠密の専門だ、あっという間に姿を消すと、集落のほうへ駆けていったようだ。

 どうやったら気配や姿を消し去れるのだろう。気配云々は玖狼にも少々心得はあるのだが、おそらく密ほど消すという行為は出来ないだろうし、身を隠す術など全く皆無だ。もしこのような状況でなかったら是非教えてもらいたいものだ。まぁ自身のいる世界では必要の無い技術であるが。

 そしてふと考える。静香のことを。

 今自分は戦国時代にいる。静香はきっと自分の事を心配してくれているだろう。身内がいなくなることに関しては玖狼も静香も物凄く敏感なのだ。

 そして恐れている。

 孤独を、寂しさを、そして哀しさを。

 そんな思いはさせないし、玖狼自身もう二度とあんな思いはしたくない。だから今は静香の下へ帰るために全力を尽くそう。

 顔を上げると、密がこっちへ向かってきていた。

「ほら、これに着替えろ」

 色が落ちきった藍染の服と腰帯を玖狼に渡す。少し汗臭く状態も悪いが、今の時代はこれが標準なのだろう。我慢してシャツとズボンを脱ぎ着替える。着替えの際、密は背を向けてくれていた。

「へぇ、意外と乙女なんだな」

 玖狼自身、別に見られることは気にしないのだが間が持たないため思わず言葉が出た。

「べ、別にそんな事はない! わ、私は貴様の裸などにき、興味はない!」

 後姿でよく分からないが少し耳が赤い。

「悪かったよ。別に悪気は無いんだ。でも乙女ちゃんだよねぇ」

 動揺を隠せない密の口調に思わずニヤけてしまう。こういう時、静香の気持ちが良く分かる。

「お、乙女などと!私は焔密、そんなことに、ど、動揺する忍びではないわ!」

 勢いよく振り向く。

 すると、まだ腰帯を締めていないせいで胸元とトランクスが見え隠れしている玖狼の姿が目に入ってきた為、密の顔が真っ赤に染まる。

「は、は、早く着替えんかぁぁ!」

 密は手で顔を隠ししゃがみ込んでしまった。

 ホントに面白い子だ。思わず笑ってしまいそうになる。しかし笑っていた所にクナイが飛んできそうな気配がしたので必死にその笑いを押し殺した。そして笑わなかった理由がもう一つ。

 人の気配がしたからだ。




 気配を追って林道を少し戻り、林の中を見渡す。すると防空壕のような小さな洞穴があった。そこには盗賊とみられる男が二人。一人は刃こぼれした刀を持っていてなにやら不穏な空気を漂わせている。二人は何か話しているが、警戒しているせいか会話の途中でもしきりに辺りを見渡している。二人が何を話しているかはここからでは聞き取れない。

「何かありそうだな」

「じゃああいつらに少し聞いてくればいいんじゃないか?」

「馬鹿か貴様は。素直に聞いたところでしらばっくれるに決まっているだろう。どうにか一人になれば捕縛して聞きだせるのだが……」

「じゃあ簡単だ。俺が素直に聞いてくるよ。道に迷ったふりして一人を遠ざける。そこからは一対一だ。お互いヘマしなければ問題ない」

 玖狼はそういって洞穴へ向かう。

 男達が気付き「どうした」と聞いてくる。いやぁ道に迷っちゃいまして、と愛想笑いをしながら近づく。しかし、玖狼の予定とは裏腹に男達は玖狼に襲い掛かってきた。どうやら本当に理由ありのようだ。有無を言わさずとは正にこのような事なのだろう。

「マジかよ……っ!」

 そう言いつつ玖狼は刀を持った男を見やる。

 頭上から斬撃、半身で避けて相手の鞘を奪う。

 そして軽妙な足裁きで相手の背後へ回りこんで首筋に一撃を見舞った。

 相手は低い呻き声と共に倒れた。相手の気絶を確認してもう一人の方の男を見ると、男は既に密によって捕縛されていた。

 予定外のことが起きてもきちんと対応してくれる密の機転の良さに感心する。

 助けに来てくれないのが少し嫌な感じだけども。

 密が投げてきた縄で気絶した男の手足を縛り、口を布で塞ぐ。

「今の技は一体なんなのだ?」

 密が聞いてくる。

 一応それなりに武術の心得があるようで、先ほどの玖狼の動きが妙だと感じたのだろう。

 玖狼自身聞かれたのは初めてだったし、使っても気付かれない事が多かった。

「俺の家が武術やっててさ、『雪牙』っていう歩術だよ。相手の背後に回りこむ為の歩方の一種かな」

「私とやりあった時にも使ったな」

「まぁね、しかしよく見てるな」

 そこで玖狼は気付く。

 密は玖狼の助けに来なかったのではなくて、玖狼の技を見たいが為に助けに入らなかったのだ。

 少し嫌な感じから嫌な感じへ好感度ダウンだ。

「ひょっとしてワザと助けに来なかった?」

 一応確認しておく。

「必要ないだろう?」

 肩をすくめ笑顔で答える。わざとらしい笑顔であるが、細い紅い目と小首を傾げる彼女の様は意外なほどに綺麗だった。

「好感度、少しアップかな」

 玖狼は呟いておく。

 男はこうして騙されていくものなのだろうか。

「とりあえず情報を聞き出さないと」

「あぁ、とりあえず尋問する。お前は洞穴と周囲から人が来ないか警戒してくれ」

「分かった」

 そう言うと、密は捕縛した一人を連れどこかへ行ってしまった。

 変に大声を出されることを警戒しての事だろう。

 とりあえず玖狼はなにか異変があれば洞穴に突入するという約束を密とし、気絶したもう一人の男と一緒に密の帰りを待つことになった。

 数十分後、密は戻ってきた。一人で。まぁ尋問された男の事は今はどうでもいいので、状況に変化が出たのか聞いてみる。

「確認をしたが、どうやら姫様の可能性が濃い。尋問した男が『異人のような顔つきをした女』と言っていたからな」

「そうか、なら乗り込むしかないな。それにしても凄い偶然だな、まさか探そうとしていた矢先に見つかるかもしれないとはね」

「だな。しかし中にはまだ三人いるそうだ。安心は出来ないし、あくまでも可能性が高いだけだ。内一人、頭領がかなりの手練だそうだ」

「どうする? 俺が当たろうか?」

「いや、私が行く」

 そうなると必然的に残り二人が玖狼の相手に決定する。

 まぁ先ほど程度の相手なら問題ないのだが、頭領の腕がどの程度なのか気になるところだ。

 密は少し前かがみ気味で洞穴に入っていく。

 気がはやっているのだろうか。洞穴に入る前に聞いておく。

「そういえば尋問した男はどうしたんだよ」

「木に縛り付けて再度気絶させてきた。つまらん事を聞くな」

 冷ややかな視線を玖狼に浴びせ、前へ向き直る。

 自業自得とはいえ、気の毒な男に同情しておく。

 洞穴は所々光が差し込んでいる場所があり、比較的明るかった。その分、台風や豪雨なんかで直ぐに崩れてしまいそうな感じがした。

 盗賊は一時的にこの脆い洞穴を拠点としたのであろうし、凛を攫ってからまだ時間があまり経過してないことも伺える。恐らくこの拠点は設備の整った拠点への中継地点として利用したのだろう。もう少し遅ければ確実に人質の救出は厳しかっただろう。

 狭い空間が続き、そこを進むと少し広い空間があった。密が身を潜め玖狼を振り返る。

「いたぞ」

 玖狼にも聞こえるかどうかのささやき声で密が言う。

「手前の二人、一人は素手だがもう一人は武器を持っている。姫様はその奥で手足を縛られているな」

 見ると、確かに手前には子分らしき二人が座り込んで話をしている。どうやらこちらの気配に気付いてはいない。その奥に薄汚い口ひげをたくわえた男が寝ていた。そして隣には日本人形のような可憐な少女がいた。

 手足を縛られ、口には布が当てられている。しかし彼女はなんの抵抗もすることなく人形のようにただ居るだけ、本当に綺麗な置物のような存在に見えた。

「予定変更だ。私があの二人組を一気に仕留める。油断しているからクナイで戦闘不能にしてみせる。後は奥の頭だが二人と私の戦闘で起きないかが勝負の分かれ目だな。しかし一対一なら悔しいが貴様は私よりやれる、絶対に失敗するな」

 密はそう言い放ち玖狼に目をやる。

 その紅い目は激しく玖狼を見ていた。

 憎悪とも怒りともとれるその瞳に、少しは信頼の眼差しも入れてやってくれてもいいんじゃないかと思うのだが。

 玖狼はそう思いながらも胸を張って応える。

「わかった」

 百も承知だ。

 助けると約束した。

 破る気持ちは毛頭ないし、自分の為でもある。

 玖狼は鞘を握ると、奥の口ひげの男に向かって走り出す。

 それに気付いた子分が行き道を塞ごうとするが、子分たちの肩目掛けて密のクナイが飛んでくる。

 子分がひるんでいる隙に玖狼は頭の下へ駆けるが、残念ながらうたた寝程度だったようで、頭は刀を持ち既に待ち構えていた。

 だが流石に凛を盾にする時間はなかったようなのでホッとする。

 玖狼は頭のなぎ払いを鞘で弾き返し上体を屈め足払いを見舞う。

 頭は尻餅をつき、仰向けに倒れたところで首を右足で踏みつける。

 喉を押さえ悶える男に最後の一撃を見舞い、気絶させる。

 一段落つき、密の方を見ると、案の定子分たちは既に捕縛されていた。

 密は凛の方に歩み寄りながら玖狼に縄を投げつけてくる。

 捕縛しておけというところだろう。玖狼は気絶した頭の両手を縛る。

「姫様!大丈夫でございますか!」

「ええ大丈夫です」

「よかったぁ」

 密は安堵の表情を見せる。

 まるで母親が迷子の子供を見つけたときのような表情で。

 こんな表情も出来るんだな、と思った。しかし密の凛を見る目は主従の関係とは別にある気がした。姉妹のようにも見える二人を、玖狼は自分と静香を見ているようで少し心が痒かった。




 全てが上手くいくはずだったんだ。あの小僧共が現れなければよ。林道であの姫様を見つけたのは幸運というか一種の運命と感じた。日頃この林道に迷い込んでくる旅人や商人をちまちま襲って食いつないで、それでいて捕まりゃ、良くて投獄悪けりゃ打ち首だ。

 そんな俺からすりゃ、これは本当に運命だったんだ。あの姫様はこの界隈じゃかなり有名で、その美貌から純粋に婚儀をしたい大名やその血縁関係を手に入れたい輩まで取引相手は引く手数多だ。しかも隣国の植村家なんかはきっと臣下に取り立ててくれるに違いない。あそこの殿様は前々からこの姫様を狙っていたらしいからなぁ。上手く取り入れば侍大将の地位も夢じゃあねぇぞ。

 くっくっく、笑いが止まらねぇ。後数刻したら偽造の通行手形が出来る。それを持ってさっさとこんな国からおさらばして俺は生まれ変わるんだ。

 そうなる運命だったんだ。あの小僧が俺の目の前に現れる前はよ――――。




「なぁ、あの盗賊達はどうなるんだ?」

 遠くに凛の住む屋敷が見えてくる。

 あの後、玖狼達は取締り部隊の到着を待ち、盗賊達を引き渡した後、凛の屋敷へ向かっていた。

「姫様を攫って売り飛ばそうとしたんだ。当然磔か打ち首だろう」

「うげっ、そいつは悲惨な運命だな……」

「自業自得だ」

「でもさ、やっぱりどうにかなんないのか?一応未遂で済んだんだしさ」

「あんな輩全て死ねばいい」

 まるで汚物を見るような目で密は言い放つ。

「姫様に危害を加える輩など皆死ねばいいのだ」

「まぁまぁ、私は無事ですよ。みっちゃん、心配してくれてありがとう」

 凛は密に微笑みかける。密は顔を真っ赤にして俯く。

「姫様、その名で呼ぶのはお止め下さい」

「なぜですか?私は気に入っているのですよ」

「なんで『みっちゃん』なんだ?『ひそか』って言ってたじゃないか」

「ええ、『ほむらひそか』って言うのがみっちゃんの名前なんだけど幼い頃の私は『焔』と言う字が読めなくて……その『火』と同じような読みと勘違いしてしまって『火密』で『ひみつ』と」

「それで『みっちゃん』というわけか。確かにそっちのほうが呼び易くて可愛げはあるよな。俺も便乗させてもらうかな。ミツとか呼びやすいし」

「貴様……」

 密は鋭い目つきで玖狼を睨む。

 やっぱり止めておこう。

「それはいいですね。是非呼んでやって下さい。そちらの方が親しみ易いですし何よりみっちゃんも嬉しいでしょう?」

 密は目を丸くして驚く、そして完全に俯いてしまった。

 どうやら凛の無邪気な笑顔に密は観念したようだ。

 彼女の笑顔には問答無用で要求を呑んでしまいそうになる。おそらく密も同様なのであろう。玖狼は少し冗談で言ったのだが。密の俯いた状態からの玖狼を睨む視線は屋敷に入るまで終始痛かったが、それは気にしない事にした。

 大丈夫言わないから。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ