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タイムパラレル  作者: 結倉芯太
1章
4/28

1-2 姉弟と少女


 時間は午後の八時になる頃。

 テーブルには玖狼の作ったミートソースパスタとレタスとトマトのサラダが三人分ある。

「う~ん!美味い!」

 静香はパスタを口いっぱいにほおばりながら言う。

「食いながら喋るなよ」

 玖狼は冷淡にテーブルマナーを指摘する。

 静香はそんな玖狼の小言を気にせず、パスタの皿を持ち上げてバクバク食べ続ける。

「ふぁれ? 凛ちゃん、なんで箸なんかでパスタ食べてんの?」

 口から麺を垂らしながら静香がたずねると、凛は回答に少し困った様に笑いながら言う。

「私はふぉーく、という物は扱ったことがありませんので……」

 凛に箸を渡したのは玖狼の独断だった。

 彼女がフォークの使い方など分かるわけがないと思ったからだ。

「そーなの? 今時珍しいよね~。まぁ着物なんか着てるし、物凄い古風な家庭で育ってたりして~。どう当たってる?」

「ははっ、まさかー」

 玖狼は言う。

 静香はもちろん冗談で言っているが、玖狼にしてみれば冗談ではない。

 この子は今から約四五〇年以上前からやってきたのだと言う。本当は一時間ほど早く食事はできるはずだった。

 夕飯の準備にとりかかる前に、玖狼は凛からいろいろな情報を聞いた。

 凛はどうやら四五〇年前の時代の名家の娘らしい。春日家というらしいが、そんな家名は戦国時代にあまり詳しくない玖狼にはわかるはずがない。

 凛は甲斐の国から来たと言っていた。甲斐と言えば武田信玄くらいしか玖狼は知らない。一応凛に聞いてはみたが、そのような武将は知らないと答えた。

 世間知らずだと思っていた少女は実はタイムスリッパーだったのだ。

 しかし、本当に信じる事が玖狼には出来ない。なぜならば、そんな事が現実に起こる訳がないのだから。

 それが仮に本当だったとしても、だ。凛はどうやってこの世界に来たのだ?

 ますます訳の分からない状況になってきたので、玖狼はとりあえず凛に「また後でゆっくり話そう。とりあえず飯食わないと」と言い放った。

 凛の方は自分の置かれている状況がある程度分かってきているようだった。聡明な女の子は「わかりました」と小さく微笑みながら頷いたのだった。


「あ~、お腹いっぱい!」

 静香は十分程度で夕飯をキレイに平らげた。

「ごちそうさま」

 玖狼も少し遅れて食べ終わる。

 作るのには倍以上の手間がかかるのに、食べるのは本当に一瞬だ。

 凛はまだ食事中だ。食べるのは遅いが無心で口を動かしている。

 どうやらパスタを気に入ってくれたらしい。蒼い大きな目はパスタの皿に集中していて、箸は少しずつパスタを摘まんでは口へ運ぶ。だが、そのスピードは速かった。ただ一度に摘まむ量が少ないため、どうしても時間がかかってしまう。そんな小動物のような動きをしていた凛は玖狼が見ているのに気付くと、真っ赤になり下を向いてしまった。

「おいしい?」

 玖狼は微笑みながら聞いた。

「はい。とっても。こんなに美味しいものを食べたのは初めてです」

 凛は俯いたまま恥ずかしそうに言う。

「玖狼様は大変お料理が上手なんですね。毎日このような素晴らしいお料理が食べれる静香様が羨ましいです」

「こいつの事欲しいの?凛ちゃんにならあげてもいいかなぁ」

「おい!」

 にやけ顔の姉にすかさず突っ込む。

 でもやはり人から褒められると嬉しい。玖狼はこの瞬間が好きだった。

 たとえ上辺だけの感謝でもいいと思っている。自分は他人の役に立っていると思えるからだ。そういう事を言うと偽善者だと冷やかされてきたので今はもう口にはしないが、玖狼自身は出来ることであれば他人の役に立ちたいと思っている。だからこの目の前にいる少女もどうにかしてやりたいと考えてはいるのだが……。

「あー、アンタ。食事の片付け終わったらヤるわよ」

 唐突に静香が玖狼を見ながら言う。口は笑っているが目つきは鋭い。

「マジかよ―――」

 玖狼は肩をしぼめる。そして凛の方を見て言う。

「とりあえず一時間ほど、また暇潰しできる?」




「さて、準備はできた?」

「はいはい」

 姉の返事に答える。

 道場には静香と玖狼そして正座している凛がいた。

 湊家は代々武術家の家系で二階は武道場になっている。

 小さい頃によくこの道場で姉と一緒に父のシゴキにあった。

 それは傍から見れば、ほとんど虐待に近いほどに辛く厳しいものであったが、不思議と耐えてこられた。

 父は厳しく恐い人だったが、同じくらい優しい人だった。きつい稽古をサボりたくて仮病をつかえば必ず見破られ、意識が混濁するまで剣の打ち込みをさせる事もあれば、本当に風邪をこじらせてしまった時は常に傍らに居てくれたのを思い出す。本当に真直ぐで強い人だった。

 その父は亡くなり、静香が父の代わりに玖狼をシゴクようになった。

「じゃあいくよ」

 静香は言う。二人の両手には竹刀が握られている。

 玖狼が軽く頷くと、同時に静香は鋭い踏み込みから玖狼の頭へ斬撃を繰り出してきた。

 体を半身にして最初の一撃を避ける。

 すると、続いて下から切り返しがくる。それをバックステップでかわすとそのステップに追いつくように静香が迫ってくる。

 そして再度、頭めがけて竹刀が振り落とされる。それを受けようと玖狼も頭上で竹刀を構える、が次の瞬間、腹部を痛みが襲った。フェイントだった。静香は手首を真横に返し、竹刀の軌道を変えたのだ。それは素早く鮮やかな手並みだった。

 玖狼は腹を押さえうずくまる。

「まぁまぁねぇ~。でも、まだまだアタシには勝てないよ~」

 肩に竹刀を乗せながら言う。

「さぁ、立ちなさい。まだまだいくよ!」

 一時間後には仰向けに転がっていた。

 久しぶりの静香のシゴキはきつかった。防具なしで打たれた為、胴着の下はアザで一杯だな、と思う。まぁいつものことなので問題ないのだが、これが一般人なら絶対死んでいるだろう。

 多分、自分は小さい頃からこの死んでもおかしくない稽古を積んできたのだから、一般の人よりも多少頑丈で身体能力も良いのであろう、と思っている。

 静香はその玖狼から見ても異常な程人間離れした強さなのだが……。

「今日はこの辺にしといてやりますか~」

「あ、ありがと~ございました~」

 玖狼は息切れしながら言う。「化け物め」と呟くと静香が笑いながら腹を踏みつけてくる。手を合わせて降参のポーズをとるが止めてくれない。そんな苦しそうな玖狼をよそに静香は凛の方に目をやる。

「いい汗かいたし、お風呂にでも入ろうか凛ちゃん」

「はぁ……」

 少し気の抜けた返事が返ってくる。

「まぁまぁまぁ、女の子同士仲良くしようよ~」

 静香は玖狼から足をどけ凛の方へ行き、手をとって微笑む。凛は少し戸惑っていたが、静香が「いいじゃない~」と言いながら凛の手を引いて道場から出ようとする。

「あ、そうそう道場の掃除はよろしくね~」

 出掛けに一言。玖狼は寝たまま手を挙げて軽く振る。湊家流の了解の合図だ。そして静香と凛が出て行った後に掃除をしながら一言呟く。

「強くなりてぇな――――」

 そう、父や姉のように。




 道場の清掃が終わり、一階のリビングへ降りると、風呂から出たばかりの凛と静香が冷蔵庫の前で飲み物を飲んでいた。

 静香はビールで、凛は玖狼のお気に入りのコーヒー牛乳を飲んでいた。

 玖狼は少し眉をひそめる。

「そんなに気にするなって~。男が下がるぞ」

 静香は玖狼の眉をひそめた理由を分かった様で、ご丁寧に凛にわかるように指摘してくれた。

 凛は申し訳なさそうな顔をしている。

「いや、いいんだよ。買い溜めしてあるしさ」

 玖狼がそう言うと、凛は安堵の表情になる。

 静香のパジャマを貸してもらっているようで、袖口から手が指先しか出ていない。ズボンも裾を少し巻くってあった。

 着物姿の彼女しか見ていなかったのでかなりの違和感を感じたが、それ以上にそのパジャマ姿が新鮮で可愛らしかった。

「しかし驚いたわ~。凛ちゃんてタイムスリッパーなんでしょ~?」

「っ!!」

 玖狼は静香の発言に驚く。

「話したの?」

 凛は短く頷く。

「お風呂でしゃんぷーやりんすについて静香様に尋ねた際に」

「だっていくらなんでもおかしいって気付くでしょ?今時、年頃の女の子でシャンプーやリンスを知らないなんてありえないでしょ」

 それはそうだ。

 実際に玖狼自身も凛が雑誌やテレビを知らない事におかしいと思った。

 しかし、姉はこの非常識な状況を簡単に理解し受け止めたようだ。

 まぁこの姉なら容易い事なのだろう。

「お風呂ではアタシの質問ばっかりだったけど、今度は凛ちゃんからの質問をアタシが答えるよ~。さぁバンバンきなさい!」

「本当ですか? 何から聞こうかしら」

 凛の小さな口が笑っている。

 その様子から静香とは一時間やそこらでかなり打ち解けたようだ。風呂場でどんな話があったか知らないが、今の二人は親友のように喋っている。

 それを見ながら玖狼は風呂場へ向かう。そして風呂に入りながら考える。

 全く知らない世界で、心を許して話せる人物がいる事は凛にとって大変良かったと玖狼は思う。

 この世界は犯罪で溢れているのだから。凛が最初に会ったのが自分でよかったと思っている。もし、最初に悪人と出会っていたなら凛はどうなっていたのだろうか? 理由も分からないまま何処かへ売られたり、監禁され一生人としての生活が出来ない状況になっていたかもしれない。最悪殺される事だってある。

 世の中はもうそれらの事が当たり前のような時代なのだ。だから信用に足る人物、心許せる人物というのは本当にありがたいと思う。しかもその人物は玖狼にとっても同じなのだから。

 そんな安堵感を抱きながら、玖狼は風呂から上がりリビングへ入る。濡れた髪をタオルで拭きながら、キッチンの冷蔵庫を開けてコーヒー牛乳を探すが見つからない。

「あれ? おっかしいなぁ」

 さっき凛と静香が飲んでいた以外にまだ二本あったはずだ。

ソファーで寝そべって笑いながら凛と話していた静香に聞いてみる。

「後二本あっただろ?」

玖狼はカウンター置いてある空き瓶を指差しながら聞く。

「あー、ゴメン! 帰って来てすぐに一本空けちゃった~、で今おかわりの一本」

 瓶を持ち上げて静香は言う。

「凛ちゃんがあんまり美味しそうに飲むんでつい、ね」

 謝る気ゼロの笑顔。

 玖狼はゲンナリとした顔で独りごちる。

「……心許せる人物かどうか不安になってきたよ」

 そして無くなったコーヒー牛乳を買いに行こうと、カウンターに置かれた財布を手に取る。

「ちょっとコンビニ行ってくるよ」

「ついでに納豆買ってきてちょーだい」

 静香の要求に手を挙げて答える。

 肩を落としながら玄関で靴を履いていると、後ろからぱたぱたと足音が聞こえる。振り返ると凛がいた。

 パジャマから急いでTシャツとズボンのスタイルに着替えてきたらしく、シャツの右半分が少しズボンに入ったままだ。

「私もついて行ってもよろしいでしょうか?」

 少し俯き加減だがはっきりと可憐な声が玖狼には心地よかった。

「いいよ」

 玖狼は凛のズボンに入ったままのシャツを指差し、笑顔で言う「シャツ、ズボンに入ってるよ、出すならきちんと出さないと」それを聞いた凛は完全に俯いて顔を真っ赤にしながらシャツを直した。


 コンビニは玖狼の家から徒歩で10分程度の距離にある。

 玖狼の少し後ろを歩いている凛を見る。

 やはり静香のシャツなのでダボダボではあるが、そこまで変には見えない。静香がワザと小さめのシャツをチョイスしてくれたのだろうか。ズボンはゴム紐が付いているタイプなので、多少腰周りが小さくても大丈夫なようだ。姿勢が良く、キレイな顔立ちのせいか、このようなダサい服装でも通りすがる人達の視線を集めている。

 玖狼自身もその視線を向ける一人だと気付く。慌てて話しを振る。

「どうこの時代は? 戸惑うことも多いだろうけど」

 凛は歩きながら周囲を見渡していた顔を玖狼に向け、言う。

「そうですね。今まで見た事のない物や景色で溢れています。正直今も戸惑いを隠せませんが、静香様と玖狼殿のおかげでこの世界について混乱せずにいます。しかしこの世界ではとても便利です。お風呂のお湯は火をおこさずに温める事が出来ますし、『てれび』は遠くで起こっている状況を伝えてくれます。私のいる世界ではこのような技術はありません。ここは幻の世界かもと思っています」

 小さく微笑む少女は健気だ。

 玖狼はこの未知の世界へ来た少女の力に多少なりとも力になりたいと思った。

 もちろん自分のできる範囲内でだが。

「幻の世界、ね。確かにそう思うのも無理ないかもね。俺にはタイムスリップ自体がもうありえないとしか思えないしね。しかしさぁ、帰りたいだろう? いくら便利な時代に来たからといってさ」

 玖狼が言いながら凛を見ると、凛の微笑みの質が変わった事に気付く。

 確かに微笑んではいるのだが、明らかに先ほどの笑みとは違う。何か脱力感のある微笑だった。凛自身、もう元の時代に帰る事が出来ないことが分かっているのだろうか。そしてそんな絶望的な言葉を発してしまった自分に気付く。

「悪い……、そんなつもりじゃあなかったんだ」

 頭を掻く。本気で取返しのつかない一言だったと感じて、冷や汗が背中を伝う。が、予想に反して凛は気にしていないように口を開いた。

「いえ、もちろん帰りたいという気持ちもありますが、今はこの世界に興味が出てきました」

 そういう凛の顔は先ほどのそれとは違う笑みを返してくれた。少なくとも玖狼にはそう見えた。玖狼は対面した相手の力量ならば、ある程度見極めはつくのだが、気持ちとなるとからっきしだった。

 過去に友人の恋愛相談に乗って失敗した時、静香にも指摘された。

 まぁ、あの姉には言われたくないのだが。

 俯き加減だった顔を上げると、目的地であるコンビニが見えてきた。

 コンビニに入るとコーヒー牛乳を五本、続けて納豆をカゴに入れる。

 凛の方を見ると、デザートコーナーの所で立ち止まって、ジーっとある商品を見つめている。

「何か欲しいものでもあるのか?」

「いえ、ただこの黄色の綺麗な物は何かなと思いまして」

「ああプリンか」

「ぷりん?」

「そうプリン。食べると甘くて美味しいよ。帰ってから皆で食おうか」

 そう言って、玖狼はカゴにプリンを3つ入れる。凛は子供のような目でカゴに入れられるプリンを追っていた。

 それは初めて見る凛の素顔に見えた。無邪気で、純粋で、そして本当に可愛い表情で。

「いい表情かおだね」

 玖狼は思わず言ってしまっていた。

 凛はその言葉に顔を赤らめる。

「ごめん、そんなつもりはなかったんだ。ただ、俺は凛にあんまり遠慮とか我慢をして欲しくはないなぁ、と」

 こういう時、上手に言えない自分が情けないと思いつつも、凛に気持ちを伝える。凛は玖狼の後を付いて来るが俯いたままだ。

レジで清算を済ませ、外へ出ると凛がシャツの袖を掴んで言う。

「く、玖狼殿は私が居ても迷惑ではないのですか?邪魔ではありませんか?」

 いきなりの質問に少し動揺するが、回答は簡単だ。

「そんなことないさ。迷惑でもないし、邪魔でもない」

「本当ですか?」

「ホントーです」

 この少女は知らない世界に放り出された。頼れるものは誰一人としていない。

 玖狼だってそんな状況になれば心細いし、そんな状況で信頼できる人物がいないのは絶望以外のなんでもないと思う。

 玖狼には両親がいないが姉がいる。もし姉が両親と一緒に亡くなっていたのなら自分は壊れていたと思うし、立ち直れる自信もない。だから自分が少女の支えになれたら……、せめて少女が現実を受け入れ、世界に順応できるまでは手伝ってあげたいと思う。

「困ったことや辛いことがあれば言ってくれればいい。頼ってくれて構わない。相談にのるし、俺に出来る範囲でなら助ける事だって出来るかもしれないし。約束する」

 凛は依然俯いたままだが、暫くすると搾り出したような声で玖狼に聞いてきた。

「その言葉信用してもいいのですね?」

 その言葉に玖狼は笑顔で応える。

「もちろんだ。それと又同じこと言うけどさ、俺の名前にわざわざ『殿』や『様』なんて付ける必要なんてないから。呼び捨てで結構、玖狼でいいよ」

 胸を張って言う玖狼に凛は微笑む。

 街灯に照らされる凛の無垢で爛漫な笑顔は、先ほどのプリンを追っていたそれと同じ素顔だと玖狼は思った。

 二人は幼い子供のように笑いながら来た道を帰って行った。



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