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タイムパラレル  作者: 結倉芯太
2章
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2-7 蒼石


「ほらっ、これで終わりっ」

 湊家二階の道場。そこで玖狼に包帯を巻き終えた静香が、玖狼の背中を盛大に叩きながら言う。

「いててっ、姉さん、もう少し優しく巻いてくれたっていいだろ」

「大丈夫ですか?」

「ああ、それよりも……。凛、俺が襲われた時、誰か見なかったか?」

 訊ねる凛に、玖狼は聞き返す格好になる。

「いえ、何も」

 玖狼が背中に痛みを感じた直後、静香が素早く玄関を開き、玖狼と凛を家に入れて、今に至る。もし、凛が誰かの気配でも感じていればとも思ったが、そういった類はむしろ玖狼自身の方が長けている。少し気が動転していた事に玖狼は気付く。

「アンタねぇ。凛ちゃんで分かるようだったら、アンタ自身も何かに気づいていたでしょ」

 静香が追い打ちをかけるように厳しい一言。

「ああ、確かに姉さんの言うとおりだ。一体、誰が何の為に俺を襲ったんだ……?」

「あー、その原因はアタシだわ」

「静香様がですか?」

 玖狼が抱いた疑問に、サラッと答える静香。長い髪をクシャクシャと掻き乱しながら、会話を続ける。

「アンタ達が帰ってきたら言おうと思ってたんだけど、相手の方が情報が早かったみたいね」

「姉さん、どういうことだ?」

 玖狼には展開が掴めない。どうしたら、自分が襲われる状況になるのだろうか。こちらの世界に戻ってきてからは、特別問題のある行動をした記憶は無い。

「まぁ、話せば長くなるわ。とりあえず、下行くわよ」

 静香はそう言うと、階段を下りていく。玖狼と凛も後を追って、下のリビングへ移動する。

「さてと、どこから説明しようかね。あっ、凛ちゃん、お茶お願いできる?」

「はい、冷たいお茶でよろしいですか?」

「俺も手伝うよ」

 片手を振りながら、静香はソファーに腰を下ろす。片手を振る、この仕草は湊家流『了承』の合図。この場合は『冷たいお茶でオーケー』ということだ。玖狼と凛は人数分のお茶を用意すると、ダイニングテーブルの椅子にそれぞれ腰掛ける。

「まずは玖狼。アンタ、あれしきの奇襲くらい、なんとかしなさいよ」

「できるかよ。あんな非常識で現実離れした攻撃を予期出来るわけないだろ。いきなり背中に痛みを感じて手を当ててみても、何も刺さっちゃいない。でも、確かに傷口は針のような鋭い何かに刺されたような跡が残っているんだ。普通の常識じゃ考えられないだろ?」

 玖狼は思う。こんな魔法のような攻撃を予測しろと言われて、想像できるはずがない。

「でも、アンタはもう知っているハズよ。魔法のような道具があることを、ね」

 静香の言葉に玖狼と凛は凍りつく。

「ま、まさか……」

玖狼自身、この感覚はもう経験したくないと何度も思っていたはずだった。しかし、一度見てしまった現実は、もう幻想では無い。あの自動追尾式の鎖鎌や、自身の太刀は幻でも夢でもない。実際に身に降りかかった現実だった。

「いい加減、現実を直視()なさい。アンタはつい最近まで何処にいたのか。そして、アンタの蒼石から何が取り出せたのかってことを」

 静香が淡々と諭すように告げる。それが、寒気を感じるくらいに冷たい言葉に聞こえたのは玖狼だけではなかったようだ。隣にいる凛の顔は真っ青になっており、唇も僅かに震えている。

「そ、そんな、俺を襲った奴は、父さんの形見と同じ石を持っているのか? 一体どういう事なんだ? 俺にはさっぱり話が見えない!」

「それについてはアタシが悪かったわ。もっと早くに状況の説明をすれば良かったと思っているわ」

 珍しく静香が非を認めるような発言をする。玖狼は少し驚きながらも静香の次の言葉を待つ。

「アンタの持っている父さんの形見の石、それは『蒼石(スカイジュエル)』という特殊な宝石なのよ」

「……っ! これは宝石だったのか?」

「知りませんでした……」

 今まで知らなかった石の正体を、静香から唐突に告げられる二人に、静香は言う。

「アンタや凛ちゃんの知っている箇所で言わせてもらうと、この『蒼石』は石の種類によって、発動する能力が変わってくるの。アンタの石は武器召喚タイプの石だし、凛ちゃんの石は召喚型ではなく、移動型ね。『蒼石』は様々な種類があって外見からは全くわからないけれど、炎や水を出す魔法(エレメント)型なんてのもあるわ」

「……この石ってそんなにあるのか?」

 ――こんな不思議な石、世の中に出回っているはずがない。そう思っていた玖狼の思いは、見事に裏切られる。

「玖狼、私は『蒼石』に関して、これだけの情報を知っている。そこから導き出される意味が分かる?」

「……」

 静香の言う事が、まだピンとこない。これは完全に不測の事態というやつだろう。玖狼は頭の中で結論を纏めようとするが、上手くいかない。それが襲撃犯の目的に、これからの玖狼自身の行動に、凛の境遇に、どう関わっていくのだろうか。

「利用されているのではないでしょうか?」

 口を開いたのは凛だった。

「おおよそ悪事を働くに、この石はとても便利です。過ぎた力は、時に人を狂わせるに十分な効力を発揮するかと」

 凛が言う言葉は説得力があった。

 なぜなら、凛自身がその『過ぎた力』だったのだから。戦国時代で凛は桜城家の姫様だった。桜城家が滅びた後も、家臣達はその血統を利用しようとしていた。

 凛が言うことは玖狼にも理解できた。しかし、現代の日本でこの石を悪用したような事件は聞いたことがない。凛の言うことが正解であれば、世の中はもっと混沌としているに違いない。

「イイ線突いて来たわね。そう利用価値が高いのよ、『蒼石』は。でも、こんなに危ない石が世の中に出回っていたら、とてもじゃないけど一般人は恐ろしくって出歩けないわよね」

 同じ事を考えていた玖狼は軽く頷く。

「そうなっていないのは、『取り締まる人間』がいるからではないでしょうか? 確かこの世界でいうと、『けぃさつ』とかいう組織でしたか……」

「流石凛ちゃんね。その通りよ。この『蒼石』が悪用されないよう、この世界には防犯組織があるわ」

「その組織によって治安が保たれているというわけですね」

「簡単に言うと、そういうこと」

「では、今回玖狼が襲われた事と、それらがどう関係してくるのでしょうか?」

 凛が静香の言葉に対して、回答する。玖狼を余所に二人の会話はトントン拍子に進行していく。そして凛が核心に迫る質問を静香に投げかける。

「そうね、実はアタシはその防犯組織ってのに入ってるワケよ。アタシが『蒼石』の情報を知っているのは、そういった理由があるの。それで勿論、上層部に玖狼と凛ちゃんの蒼石の能力と所持の報告をさせてもらったの。この世界では『蒼石』は厳重に管理される物だし、何より所持する人に危険が降りかかる可能性だって、否定はできないからね」

「姉さん! そんな事俺には一言もなかったじゃないか! どういうことだよっ」

 その言葉に、玖狼は声を荒げ、喰らい付く。静香がそのような組織に所属していることなど、玖狼は知らなかった。そして、ずっと同じ家に住んでいて、気付けなかった自分に対しての苛立ちもあったのかもしれない。

「内緒にしていたことは謝るわ。だからこうして今話してるじゃない。できることなら、大事な弟には、平穏な生活を遅らせてあげたいと思った姉心なのよ」

「……うっ」

 いつもなら豪快に笑い飛ばす静香に、神妙な面持ちで素直にそう言われてしまっては、玖狼は何も言えない。

「ということなら、犯人の目的は私と玖狼の『蒼石』ということになるのでしょうか?」

「ええ、恐らくね。そして、犯人は組織の人間か、若しくはアンタ達の親しい人物の中にいる可能性が高いのよ」

「っ! どういうことだよ」

 今日一日だけで何度驚いただろうか。しかし、何よりも先ほどの静香の一言が恐ろしく感じた。そして続けていう静香の言葉に玖狼はただ困惑した。

「私の弟で、覚醒していなかった『蒼石』を持ち続けたアンタを監視するのは、組織からすれば、当然の対応だったのよ。そして監視役が誰なのかは、アタシにも知らされていない。もし、監視役の人物がアンタや凛ちゃんの覚醒した『蒼石』を狙ったのなら……」

 もしかしたら、襲撃犯は身近の人物かもしれない。そう言った静香の口を玖狼は思わず塞ぎたくなった。

「特に今日接触してきた人物は要注意ね。これから先、アタシがいない時期もあるワケ。つまりは、アンタにもう少し、しっかり警戒してもらいたいって話なのよ。分かる? もうアンタは少なくとも平穏な日常には戻れないって事。とにかく、私が犯人の目星を付けるまで、何とか頑張ってちょうだい」

 静香は気軽に言っているような素振りを見せるが、玖狼は気づいていた。静香の目が笑っていない。それだけで、背を伝う冷たい汗の理由を理解するには十分すぎた。

 今日あった将貴、高遠、そして有村。もしかしたら、彼らの中に監視役の人間がいるのかもしれない。そして、襲撃犯も彼らの中に――。玖狼はそんな嫌な心中を顔に出さないように、必死に隠した。


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