2-3 強さ
「大丈夫ですか?」
「――んっ」
凛の声に玖狼は唸るように反応する。
「静香様、玖狼が起きましたよ」
「お、起きたの?」
凛から報告を受けた静香は、届いたピザを頬張りながら返事をする。
玖狼は上体を起こしかけるが、未だに腹部を襲う痛みから起き上がることが出来ない。
「いけません、玖狼。あなたはもう少し休むべきですよ」
凛が両腕で玖狼の顔を包み込むように、優しく玖狼を寝かしつける。玖狼の視界がとらえたのは見慣れたテレビとテーブル、場所がリビングルームであることは理解できた。
「……っ!」
ここで玖狼は気付く。自身が今どのような状況に身を委ねているかを。頬にあたる感触はふんわりと暖かく、まるで羽毛に包まれているような感覚で、ほのかに鼻をくすぐる良い匂いは、今まで玖狼が経験したことのないものだった。そして、玖狼の眼前には八面玲瓏な凛の顔が見える。
そう、玖狼は凛に『膝枕』をしてもらっていたのだ。意識した途端、玖狼の体が反射的に固まってしまう。男であれば、一度と言わず何度でも経験したいと思うだろう。そんな夢のようなシュチュエーションを、凛のような清楚な元お姫様がしてくれているというのだからたまらない。
「なーに真っ赤になって固まってんのよ。いい加減、見てるコッチの方が恥ずかしくなってくるわよ」
「そ、そんなことないさっ! 大体原因は姉さんじゃないか」
玖狼は上体を起こし、反論する。もう少しこの貴重な時間を味わっていたかったが、そうはいかない。ちっぽけな自尊心と意地が玖狼を動かす。
「あら、それはアンタが弱いからでしょ?」
「うっ、それは」
先ほどコテンパンにされた実績がある手前、否定が出来ない。確かに静香から見れば、玖狼はまだまだ弱いかもしれない。しかし、こう見えてもそれなりに腕には自信があった。
戦国時代では、玖狼は荒くれ者の盗賊達や忍と戦い、これらの相手を圧倒したこともあった。国で一番の実力者である雪村の相手も難なく対応できた。決して弱いわけではない。
それでも玖狼は彼等を助けることができなかった。戦国時代での戦。国同士の諍いは玖狼一人ではどうすることもできなかった。盗賊頭の昌虎達を始め、雪村も守れなかった。そして、好きだったあの子も守ってあげることができなかった。それは全て自分が弱かったせいだと玖狼は痛感した。
「静香様、玖狼は弱くなんかありませんよ」
凛がまた庇ってくれる。それがどんなに優しい言葉であっても、今の玖狼にとっては辛かった。
「いんや、凛ちゃん、コイツは弱いわよ。認識も甘いし、判断も甘い。私に言わせりゃ、ひよっ子同然よ」
テーブルのピザを平らげながら静香は言う。そのピザが玖狼の頼んだイタリアンミックスピザであったが、今はとても突っ込む気分にはなれない。
「姉さん、強いってどんな感じだろ?」
「そうね、少なくともアタシから見れば、アンタより凛ちゃんの方が数段強いわね。アンタは全然強くない。でも、アンタには少し考える時間が必要なのも事実だわ。今のアンタは器も度量もお猪口並しかないわ」
「そ、そんな、私は強くなんか……」
「凛ちゃんは強いわよ。玖狼と一緒に帰ってきた次の日から護身稽古の志願、現代知識の勉強や家事の手伝いまで、色々とやってくれてる。あんな辛いことがあったのに、それを全く見せずに頑張ってるわ」
「静香様! それは内緒と……」
凛が少し声を荒げる。
確かに意外だった。凛が家事の手伝いや勉強をしているのは玖狼も知っていた。しかし、静香に稽古までつけてもらっていたことは全く知らなかった。
戦国時代、あの時の出来事は凛にとっても辛く悲しかったはずだ。長年連れ添った親友を失い、今までの暮らしを奪われ、自身の常識の通じない世界へと連れて来られてしまった彼女の境遇は玖狼よりも辛辣かもしれない。
しかし、彼女はそんな不幸を嘆く素振りも見せず、日々の生活に馴染めるよう努めている。静香の言うとおり、そういった姿勢は凛の強い意思に他ならない気がした。
「少し頭を冷やしてくるよ」
「じっくり冷やしてきなさい。但し、あんまり冷やしすぎると風邪引いちゃうわよ」
「こんな時期に風邪なんか引くかよ」
「あ、アンタの分も食べちゃっていい?」
「……もう食ってるじゃないか」
気分ではなかったのに思わず突っ込んでしまった。玖狼は振り返りながら右手をひらひらと振る。湊家独自の了承の合図だ。
リビングを出ると、玖狼は自分の部屋に行き、ベッドに倒れ込むようにダイブする。
凛は確かに頑張っている。それに対して自分はどうだろうか、頑張っているのだろうか。稽古は前以上に精進している。静香には相変わらず手も足も出ないが、それでもあの強さに近づけるよう努力しているつもりだ。
では、何が足りないのだろう? 凛にあって自分に無いものは一体なんなのだろうか? 俯むせのまま、玖狼は思考する。
自分は大切なものを守れるようになりたい。それが出来るなら自分はどうなっても構わないとさえ思っている。それで守れるなら本望なのだ。凛だって強くなりたい理由は同じのはずだ。もう失いたくないから、もう誰にもいなくなって欲しくないから、だから強くなりたいと思っているに違いない。
ふと時計を見ると、針は午後十一時を指す頃だった。だらしなく寝そべっていたせいか、猛烈な眠気に襲われる。ウトウトとしながらも玖狼は思う。静香達はこんな時間になるまで玖狼が目覚めるのを待っていたのだ。静香はピザを摘んでいたが、きっとあのピザも冷めきっていたに違いない。それなのにわざわざ待ってくれていたという事になる。凛の膝枕も昔、母親がしてくれたような安心感と心地良さがあった。玖狼はその温もりを思い出しながら目を瞑る。
どうも結倉です。
なんとか更新が間に合いました 汗
またまたスタートが緩いままですが、どうかお付き合いの程よろしくお願いしますー