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タイムパラレル  作者: 結倉芯太
1章
21/28

1-19 玖狼と凛


 眩しい光が差し込み、目を細めながら辺りを見渡す。気がつくと見慣れた風景が目に映っていた。周囲にまばらに生えている木々や花、穏やかな水面の上でスイスイと動いているアメンボ、遠くに見えるドーム型スポーツ設備。

「帰ってきたのか?」

 そう呟いてから、ふと凛の存在を思い出す。

 周囲を見渡し、木に背中を預けるようにして眠っている凛を見つける。直ぐに歩み寄り、揺すり起こす。

「大丈夫?」

 凛はその声に少し反応し、腫れた目を薄く開ける。その目から玖狼のようにあの穴で懐かしい光景を見たのかもしれないと思った。違う、百パーセント見たと思った。

「はい」

 声こそ小さかったが、はっきりと耳に聞こえた。そして凛は聞き返す。

「玖狼こそ大丈夫ですか?」

 その問いかけに自分も凛と同じように目が腫れてしまっていることを理解する。

「あぁ、大丈夫」

 玖狼は強がってみせる。本当は心身共、ズタズタだ。きっと彼女にはばれているだろう。それでも強がっていたかった。

「どうやら戻って来れたみたいだよ」

 凛は立ち上がると、遠くのビルや家屋を見ながら言う。

「そのようですね、これから私はこの世界で生きていくのですね」

 少し寂しげにみえるが、蒼い眼ははっきりと強い光を帯びていた。

「私、この世界で頑張って生きていこうと思います。恐らく順応するまでに色々苦労もするでしょう。でも私は皆の為に頑張って幸せになろうと思います。一人の女性として悲しみ、喜び、学び、遊び、そして人を好きになって、母様のように優しく、みっちゃんのように強くなります」

 名前の通り凛とした決意表明はよどみきった心の中であっても素敵に感じた。そして彼女を羨ましく思った。

「……とりあえず俺ん家に行くか」

 正直、タイムスリップした時間から戻ってくるまでどれくらいの時が流れたのかは分からない。

 きっと静香も心配しているだろう。玖狼は三週間、凛とタイムスリップしていたのだから。ひょっとすると、捜索願まで出されてしまっているかもしれない。

 いや、そんな事はどうでもよかった。今、玖狼の中を占めていたのは、彼女達の存在だった。そして彼女達を守りきれなかった自身の不甲斐なさと後悔だけが心を蝕んでいた。

 家路への足どりは重く、そして苦しかった。





 家に着くと、ソファに猫のように横になって埋もれたままの静香が右手を挙げて「おかえり」と言ってくれた。

 「ただいま」と小さく返事をすると、玖狼は直ぐに風呂を沸かし凛に入るように促した。二人とも戦場を駆け回ったせいであちこち汚れているし、玖狼にいたっては生傷があちこちにあり、着ていたシャツとズボンはもうボロボロになっていた。しかしここは凛に先に入ってもらうことにした。静香と話したい事があったからだ。

 玖狼は静香の隣に座り、静香に訊ねる。

「姉さん、今日って何月何日?」

「八月十五日」

 どうやら三週間の時間が流れていたようだ。それは玖狼が凛の世界で過ごしていた時間と同じ期間だ。

「心配かけてゴメン」

 一言謝る。

「うん」

 静香はソファから立ち上がると、冷蔵庫の方へむかい中から麦茶を取り出す。

「信じてもらえないかもしれないけど、俺、凛の故郷にタイムスリップしてた」

 そこから先は堰が切れたように、ただただ一方的に話した。

 凛と共に過去へタイムスリップしたこと。

 そこで口ひげを生やした頭領とその一座から凛を救ったこと。

 御前試合で勝負した腕のいい生真面目で誠実な少年剣士のこと。

 彼らと親しくなり楽しく過ごした日々。

 戦争に巻き込まれたこと。

 そして切れ長の紅い眼をした女の子のことを。

 玖狼はしゃべった。玖狼の口は、たんたんと今まであった出来事を告げていた。楽しかったことが嬉しそうに聞こえず、哀しかったことが悲しく聞こえず、ただ玖狼は自分の気持ちを感情無く朗読していた。その間、静香はテーブルに腰を置き、黙って話を聞いていた。

 そして玖狼の話が終わる。すると静香はソファの後ろに回り込み、包むように玖狼を背後から抱きしめた。

「頑張ったね」

 その一言が優しかった。また涙が込み上げてくる。頭を下げて顔を両手で覆う。

「うん……、でも助けられなかった……! 昌さん達を……、雪村を救えなかった! 密を救えなかった! 俺は何も出来なかった!」

 悔しくて、辛くて、情けなかった。

「それは違うわよ。アンタは凛ちゃんを救ってきたじゃないの。今、彼女がこの世界で存在していることがなによりの証じゃないの」

 静香は玖狼の頭を撫でる。そして、また抱きしめる。

「アタシはその密さんと昌虎さんだっけ? その人達に感謝してるわ。だってアタシの大切な弟を守ってくれたんだから」

 その言葉に胸の奥が激しく熱くなる。

「きっとアンタは好かれてたのね。アンタはその人達からさ、自分の命よりも大事だって思われてたんだよ。アンタが守りたかったように、あの人達もそれ以上にアンタを守りたかったのよ」

 もう止まらない。膝に大粒の涙が降ってくる。

「だからアンタは感謝するべきなんだ。皆に助けられたことに対して」

 勘違いをしていたわけじゃないと思う。しかし自覚はなかった。自分は彼らに支えられていたんだ、と。

「俺は、俺は言ってあげられなかった……」

 あの人達に。あの女性ひとに。

「ありがとう、って……」

 ポケットから朱色の櫛を取り出す。初めて気付いた。でも、もう遅い。なぜなら、この想いを伝える人とはもう会えないから。その気持ちに切なくなる。

 そんな玖狼をみて、静香は再度玖狼の頭を撫でながら言う。

「そっかぁ、話を聞いてて、なんとなく分かってたけど……」

 そして少し間を空けて、小さく呟くように静香は続けた。

「好きだったんだね、その櫛をくれた女の子」

 嗚咽交じりに玖狼は「うん」と頷き、答える。

「その女の子もきっとアンタが好きだったよ。そうでないとアンタにそれ渡さないよ。そうでなけりゃ、凛ちゃんに渡してる。きっとその子もアンタに忘れられたくなかったのよ」

 今までそんな気持ちになったことがなかった。でも別れの時、はっきりと思った。別れたくない、と。でも彼女の笑顔がそれを許さなかった。きっと自分の気持ちが表情に表れていたのだろう。彼女はきっとそれを分かっていて、自分を送り出してくれたと思う。しかし彼女は忘れて欲しくなかった。自身の事を。そう思うと胸が苦しい、とても都合のいい解釈をしていると思うが、そう思いたいと思っている自分に気付き、改めて恋をしていた事を実感して哀しくなる。でも、彼女達に救われた自分がいて、彼女等に報いる為、自分は精一杯生きていかなければならない。自分が凛に願ったように、自分も彼女にそう思われていたのだと思うから。

 静香は玖狼から体を離すと、リビングから出て行く。出て行く直前に「夕飯よろしく」と右手を挙げひらひらさせる。

「ったく、人使い荒いよな」

 でもやっぱり姉さんだ。ありがとう。

 心の中で呟いておく。口調や素っ気無い態度なんかはやっぱり彼女に少し似ている。素直に言えない自分は、まだまだ子供なのだろうか。それとも、今回の出来事で少しは大人になったのだろうか。

 玖狼はリビングの窓を開けて空を見上げた。

 多分、未熟。まだまだ思慮の無いガキだ。これから先、まだまだ苦くて辛い想いを味わっていくのだろう。でもこれ以上の苦さは後にも先にもこれっきりにして欲しい。自分にはこれ以上、想いを背負っていける自信は全く無い。

 だから、今度こそきっと守る。守りきる。


 だから――――


 だから、せめて今は、今だけは泣いてもいいだろう?


 この涙が流れきったら、俺はきっと前に進んでいけると思う。


 でも今は立ち止まって、


 後ろを振り返って、


 後悔して、

 

 何度も何度も謝って、


 感謝して、


 そして、君の呆れたような笑顔を思い出して、ぐしゃぐしゃになろう。



 滲んだ眼で見る空は海の中にいるように歪んでいたが、相変わらず色だけはとてもきれいな蒼だった。





 温かい湯に浸かりながら、ぽたぽたと涙を湯船に落とす。もう泣いてばっかりの自分に嫌気がさしてくる。彼らの別れを、ただ唇を噛んで見守ることしか出来なかった。多分彼は彼女が好きだった。そして彼女も……。

 本来ならば、私が残れば良かった。私が残って彼女が行けば、彼も悲しまなくてすんだはず。そう思った事もあったけれど、それでも彼は悲しい思いをするのだろう。優しい人だから。私は長年連れ添った親友を失った代わりに自由を手に入れた。でもそんな自由に価値なんてあるのだろうか?

「私はここに来てよかったのかな?」

 思わず口に出していた。

「いいのよ、ここにいて」

 独り言に返事が返ってきたので、驚き顔を上げると、静香がドア越しに立っているのがわかった。

「あの馬鹿野郎もくよくよ愚痴ってたけど、凛ちゃんもかぁ。まぁ話はあのヘタレから大体聞いたわ」

 ドア越しに聞こえる声は通りの良い声で、励まされている気がした。

「アタシは凛ちゃんじゃないから凛ちゃんの気持ちはわかんないわ。でもあなたを支えてくれた人達の為に、あなたは精一杯生きないと駄目。あなたはそれを分かってる。今は一人になって少し弱気になっているだけ。大丈夫、ここではアタシや玖狼がいるわ。凛ちゃんのことはアタシ達が守るから」

「それじゃ駄目なんです!」

 凛は声を張り上げる。ドア越しでも静香が驚いたのが、気配でわかった。

「私はもう守られてばっかりじゃ駄目なんです。私の所為で多くの大切な人がいなくなってしまった。もう二度と失いたくないと思ってたのに、結局今回も……。そして玖狼にまで酷く辛い思いをさせてしまいました。私が今の私のままでは、またいずれ玖狼に同じ思いをさせてしまいます。それだけは嫌……!」

 湯船からお湯をすくい、顔についた涙を落とす。

「私は強くなりたいです。守られる存在ではなく、対等に並んでいたいのです。玖狼やみっちゃんの隣に」

 凛の言い分を聞き終えて、静香はドア越しに落ち着いた声で返してくる。

「そっか、それが凛ちゃんの選んだ道なのね。ならその通り進めばいいわ。アタシは凛ちゃんの味方だからね。なにかあったら相談しなさい。これは家長の命令よ。凛ちゃんはしばらくうちで預かるから、アタシの言う事はちゃんと聞きなさい」

 本当に兄弟揃って優しい。

「はい」

「あなただって辛い思いをたくさんしてきたはずよ。だからこそ幸せになりなさい。そうなる義務と責任が、あなたにはあるわ。だから頑張りなさい。今は辛いでしょうけど、あなたはきっと幸せになれるよ」

 静香はそういってバスルームから出て行った。

 凛は湯船に映る腫れた眼をした自分を見る。今も溢れ出る涙は止まらない、それだけ失ったものが大きかった。でもそんな弱虫な自分とはこれでお別れにする。



 私は強くなる


 彼のように


 彼女のように


 いつか自分の大切な人を守れるようになる


 だからこの世界で私は自由に逞しく胸を張って生きていこう


 首にかかった蒼い石を見つめ凛は誓った



 ワタシハマケナイ。





                                   

どうも結倉です。

ようやく1章完結となりました。

如何だったでしょうか? 拙作ではありましたが、ここまで読み進めてくれた読者様に感謝です!

それではまた2章(いつかは未定ですが……)で会いましょう!

ではでは。


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