1-16 逆転手
甲ヶ崎峡を抜け、林の獣道から開いた見通しのいい平原へと入る所だった。
密が足を止めた。どうやらなにか気配を感じ取ったらしい。地面に耳をつけ、相手を探り出した。
「もしかして植村の忍者か?」
少しの不安が頭をよぎる。そう、戦による凛の奪取が出来ない以上、彼らが凛に向けて凶刃を突きつけてくる可能性は十分に考えられる。ならばその刃を凛に到達させる前に潰さなければいけない。
「いや、これは……。忍びのそれも混じっているのだが、明らかに違う者の足音だ。恐らくは追われている……」
「数は? 分かるか?」
「難しいな。追われている者は一人だが、追っているものは分からない。泳がせているのか……? この足音は……」
そこで玖狼の心拍が跳ね上がる。一抹の不安が脳裏をよぎる。
「場所は! 何処なんだ?」
「ここからそう遠くないが……、しかし今は一刻も早く姫様の所へと行かなくては」
「だけどっ!」
玖狼は密の声に被せる様に叫んでいた。
「追われている人達は昌さん達かもしれない! 俺だけでもいい、その場所まで案内してくれ!」
そして考えていた不安事を、思わず口に出してしまっていた。もしそうなら、見捨てることは出来ない。とにかく早く確認して、凛の元へ行かなくてはいけない。
ついて来いと顎を進行方向へむけ、密は駆け出す。どうやら、明らかにマイナスな決断に従ってくれるようだ。
案内された場所は、先ほど玖狼達がぬけて来た林の中だった。
獣道を少し戻り、それた場所に彼はいた。正に満身創痍で、息は辛うじて出来ているように見える。玖狼を見て、倒れこむように傾いてきた彼の身体を玖狼は受け止める。
「昌さん!」
昌虎は全身に傷を負い、息は荒く、苦しそうにうめき声を上げている。それは正に意識朦朧とした状態だった。玖狼は必死に昌虎の意識を保とうと呼びかけるが、昌虎の反応は薄い。見ると、右脇腹の傷が酷い。どうすればいいか分からない玖狼の横で、密が昌虎の頬を叩く。
「しっかりしろ! 一体どうしたんだ?」
密が玖狼の聞きたい事をあっさりと聞いてくれる。
「だ、旦那かぃ?」
細々とした口調で昌虎は返事をした。まだ意識は保てているようだが、目の焦点があっていない。かなり危険な状態であるということだけがすぐに分かった。
「昌さん、何があったんだ?」
「あぁ、これはきっと、神さんが俺の願いを、聞いてくれたってんだなぁ……、だ、旦那、作戦は成功でさぁ……、上杉、と、北条は、旦那のこいつを見せたら、簡単に、信用してくれあしたぜ……」
消え入りそうな声で昌虎は続ける。そして、玖狼に携帯電話を手渡した。
「ただ、あいつらよぉ……、植村と同時に、か、春日まで侵攻するらしくって、お、俺達はそれを、旦那に知らせなきゃってよぅ……」
「っ!」
玖狼は瞼の奥が熱くなっているのを堪えながら、整理する。
結論から言うと、玖狼の予想は当たっていた。
植村は隠し金山、もしくは銀山を秘密裏に持っていたのだ。そしてそれは甲ヶ崎峡の山々のどこかということ。玖狼は昔やったゲームで甲斐、甲府近辺に隠し金山があるという情報を思い出したのだ。そして採掘現場にはある程度、兵と人員の配置が必要だと玖狼はにらんでいた。国境、山奥の辺境に人が集まっていれば見当もつきやすい。才蔵と太一には、国境付近に設置された小屋を中心に、現場の当たりをつけてもらうと、そこに忍び込むよう指示を出した。さらに、その発掘現場を玖狼が未来から持ってきた携帯電話の動画撮影機能をもって記録し、上杉、北条の両家に情報を漏らすことだった。
採掘現場の発見から、上杉・北条両家の信用を得るまで、全てが綱渡りのような勝負事だったが、上手くいった事は昌虎の言うことから理解は出来た。
しかし予想外の出来事は起こるもの、まさかこのような展開になるとは、想像出来なかった。
「だ、だんな……急いで逃げるんだ、赤鷹の連中は、蛇との争いで動けなくてさぁ、た、多分やつらの狙いは、姫さんでさぁ、きっと刺客を送ってくるはず……」
この地域における彼女の影響力とはそんなに大きなものなのか? あの虫も殺せないような姫様が、そんなに邪魔なのだろうか? 本当に腐った連中だ。
「分かった! 分かったから、もう喋らないで」
玖狼の制止に対して、昌虎は小さく首を振った。玖狼を探すように手を僅かに動かしているところから、昌虎の目はもう完全に見えていないようだ。玖狼の瞳から堪えていたものが溢れるように出ている。
「だ、だんな、あっしらは旦那に、会えて本当に、良かったと思っている……そ、それは皆、同じ気持ちでさぁ……惨めで最悪な、後悔だらけの人生から、旦那が救ってくれた……、旦那と一緒にいた日々は、あっしらにとっては、宝物でさぁ……」
口から血を吐き、苦しい状態であるにも関わらず、昌虎は続ける。
「なぁ、旦那、あっしらは、役にたったかい……?」
ぽたぽたと涙を落としながら、震える声で玖狼は応える。
「ああ、昌さん達のおかげで戦は回避できたよ」
「そ、そうかぁ……、こんな俺達でも役に立つ、もんなんだなぁ……ありがとうよ、旦那ぁ……」
そう言うと、昌虎は焦点の合わない目を閉じた。
横で密が脈を確認して玖狼にむけて小さく首を振る。皆、玖狼にとっては優しく温かい良い人達だった。
昌虎、源次郎、小鉄に半蔵そして太一、彼らは自分の願いを叶えるため命を投げ打って事を成してくれた。
なぜ彼らはこんなになるまで俺に付き従ってくれたのだろう? なぜここまで俺に尽くしてくれたのだろう? なぜこんな愚策に己の命を投げ出してしまったのだろう?
当の本人は命に対する考えがこんなにも甘かったのに……。こんなことになるのなら……、こんな事態になるのであれば、止めるべきだった……!
「あ、あぁっ、うああああぁぁ!!」
玖狼は昌虎を抱えたまま、泣き崩れる。顔中涙と鼻水が垂れ流しになっても、もはや気にせず泣いていた。
あの時と、父と母を失ったあの頃と同じように、自分の無力と浅はかな思慮に、後悔だらけの人生に悲観して。昌虎達との平穏な日々が、楽しかった日々の思い出が、一気に血塗られた後悔の念に覆われる。なぜこの陽気で朗らかな人達に、自分はこんな危ない作戦をお願いしたのだろう。なぜ大事な人達の存在が奪われてしまうことに対して、もう少し、もう少しだけでも、真剣に検討しなかったのだろう。全て自分の愚かな決断がこのような事態を招いてしまった。
「哀しいのは分かる。だが今はまだ泣いている時ではないだろう」
密が言う。
しかし玖狼は俯き、唇を振るわせたまま、一向にその場から立ち上がることができなかった。
「会わなければ、会わなければよかった……。あの時、昌さん達を私的な理由で引き止めたりしなければ……」
昌虎はこんな変わり果てた姿にはなっていたかった。
「あの時の貴様はこの時代に来たばかりで情報が欲しかった。昌虎を頼るのは仕方ない」
「違う! いざとなれば一人だってできたはずだ!」
「おい……」
玖狼は密の声を遮って続ける。
「なんでこうなるんだ……! なんでっ……!」
うな垂れたまま愕然としている玖狼の背後で密が拳を鳴らしながら近づいてきた。
「おい」
声と同時に強烈な一撃が玖狼の顔面にヒットした。密はよろける玖狼のシャツの襟を掴み、睨みつける。その目は烈火の如くたぎっていた。
「いい加減にしろ! 貴様の所為ではないだろうが!」
襟を持つ密の手が震えている。ふと顔を見ると、密の顔もぐっしょりと涙で濡れていた。
「今は姫様の下へ戻り、この状況をいち早く報告するのが先決だろうが。確かに現実を受け入れるのは辛いだろう……。昌虎を追って来た忍びも来る、上杉や北条からの追手も相手にしなければいけない、貴様がそんな状態では私達は全滅してしまうぞ!」
玖狼の胸を叩き、密は喚くように続ける。
「貴様の気持ちも分かる。大切な者を亡くす哀しみ、それは耐え難いものだ。だがな、それに固執しては己を見失う!」
しかし密の懸命な言葉は、玖狼の胸に届かない。玖狼には両親を失った時のような喪失感しか出てこない。自分の中にぽっかりとした何も無く、深く暗い穴があり、自分はその穴の中で膝を抱えて震えている。
ただ、失うことを嫌い、孤独を怖がり、誰かを大切にする事を恐れていた。でも人との出会いはどんな相手であれ何かしらの意味があり、とても大切なものだとも思っていた。どんなに恐れていても、孤独が嫌いな自分は相手に嫌われるのが嫌で、必然的に誰にでも優しく人当たりの良い性格を作るようになってしまった。
そんな性格が昌虎達を死なせてしまった。雪村との試合の時、勝つ必要はなかった。凛や幸隆に頼み込み、凛を助けた見返りに、自分と昌虎達を解放することだって出来たかもしれない。もっと前から考えると、昌虎達と戦った時、彼らの隙をついて凛のみを救出する事だって出来たはずだ。
そう、カタナクテモヨカッタンダ――――
「俺は、昌さんに出会わなければ良かった。出会わなければ、こんなことにはならなかった……」
「玖狼……」
「凛に、密だって、俺の考えに乗らなければ、こんな危険な事に巻き込まれなかった! っ!!」
そう言った直後、玖狼の鳩尾に鈍い衝撃が走る。密は不意の一撃に身を丸くした玖狼を、冷ややかな眼で見る。
「貴様っ! 私が、姫様が、いつ貴様と出会えたことが不幸だと言った? いつ貴様の考えに反対したか? 昌虎も言っていたではないか! 『会えて良かった』と」
密に胸倉を激しく掴まれる。
「私はな、貴様を信じている。貴様は人を大事にする、とても頼りになる優しい奴だ。だからこそ責任感も強いのだろうな」
行動からは考えられないような、澄んだ声が聞こえた。
「私はもう行く、姫様が危ない。貴様はきっと大丈夫だ。先ほども言ったが『私は貴様を信じている』。先に行って待っているぞ」
密は憂い笑みを向けると、直ぐに踵を返し屋敷の方角へ走り去っていった。
残された玖狼は俯いたまま、微動だにしない。眼に光は無く、身体はだらんと垂れている。生気はまるで無く、空気の入っていない萎んだ風船のようだ。
「くっくっく、お仲間にも見捨てられちゃいましたかぁ~?」
虚脱感が身体を支配している中、背後から舐めた口調が聞こえた。玖狼をからかっている様な、見下すようなそんな声。声に反応して振り返ると、そこには忍び姿の男が一人立っていた。全身黒の忍び装束で腰には無数の苦無がさしてある。男の左目は潰れており、鼻は削がれ、耳は無く、口元は歪んだ含み笑いをしている。
「あの汚い下手人を泳がせておいて正解でしたよぉ。後はあの娘を追って無防備な春日のお姫様を殺すのみぃ。あ、そうですねぇ、そのまえにあなたも殺してしまわないとねぇ」
醜悪な姿の忍びは右手をサッと掲げる。すると、木々の合間を縫うように忍び達が、玖狼の横をすばやく通過していく。どうやら密を追うように指示を出したようだ。
「汚い?」
忍び達の通過を許したわけではない。それ以上に玖狼は男の言った事が許せなかった。
「あぁ、そこでくたばってる死体の方ですよぉ。泥と汗と血が付着して臭いじゃないですかぁ。まったくぅ、幾ら尋問しても教えてくれなかったものですからぁ」
「どういうことだ?」
「ええ、あなた方のお姫様の居場所を聞きだそうとしたんですがねぇ、ことごとくお口の固い人達でしたのでぇ、一人、また一人と訪ねる羽目になってしまいましたぁ」
「一人ひとりだと?」
狂いそうだった。
「まぁ、訪ねた方が返答出来なくなってしまいましたからぁ、また次の方を訪ねるしか方法がありませんでしたのでぇ」
「お前か……」
玖狼は冷然と呟く。
「なにがですぅ? ああぁ、あの死体ですかぁ? いかにもわたしがやりましたよぉ」
何が可笑しいのか気持ちの悪い歪んだ口を緩ませ「くっくっく」とまた笑い出した。
「ほんと身体から頭が離れるまで黙りこくったまんまだった方もいましてねぇ、もう尋問のしがいがありましたよぉ。まぁおかげさまでこんなに手間取ってしまったんですがねぇ」
尋問? 拷問の間違いじゃないのか? あの人達に、貴様はそんな仕打ちをしたのかっ……!
「もう黙ってくれないか?」
玖狼は一言呟くと、醜い笑顔を浮かべる男の視界から消える。男は右目を大きく見開き先ほどの下劣な顔から一転、驚愕の表情を浮かべた。
男は驚いた、自分の前から音も無く消えることなど、一流の忍びでもなかなか出来ることではない。まして自分はあの北条家お抱えの忍軍の中でも五本の指に入る実力を自負できる。目の前にいた優男の実力に自分は足元も及ばないとは思いたくない。
「なかなかやるようですねぇ」
そう言った矢先背後に凍りつくような悪寒が走った。それとほぼ同時に足元がすくわれる。転ぶように地面に倒れる前に手を地面に着き後方へ飛ぶ。自分が見た位置を見ると、あの優男が無気力に立っている。
「い、いつのまにぃ」
男はただ感嘆していた。玖狼の見せるその武術に。
「あんた、何で昌さん達をあんな目に……」
「あんな目って、あれですかぁ?」
「どうして……」
「ああしないと、自分達があぁなるんですよぉ」
玖狼の肩がピクリと動く。
「だってこの世は戦国ですよぉ。殺らなきゃ殺られる。侵略されれば、何もかも失ってしまう。守るためには相手を蹂躙するしかないでしょぉ? そう、完膚なきまでにぃ」
男は歪んだ口を滑らかに走らせる。
「あなたにだって守るものはあるんでしょうねぇ。しかしですよ、私にだって守るものがありますよぉ。こうみえても妻と子供だっているんですぅ。そこで一つ質問ですぅ、私がこの任務に失敗すれば、妻子はどうなると思いますぅ?」
訪ねられた玖狼は微動だにしないが、男は続ける。
「決められた期間内に私が戻らなければ、妻と子供は殺されちゃうんですよぉ。私が生きていようがぁ、死んでいようがぁ」
男は手を首に当てると、舌を出して道化のようなジェスチャーする。
「だからぁ、私はあなた方を殺さなきゃならないんですよぉ!」
そう言って、男は懐から光る石を取り出す。
そうあの少女と同じあの石を。
その石は青く光り、その光が男の手の中で大きくなったかと思うと、分銅と鎌が現れた。それは唐突に出現した。
「じゃあそろそろ終わりにしましょうかぁ、そうそう最後に名前くらいは名乗っておきますかねぇ、楔、藤堂楔。貴方の名前はぁ、聞く必要もないですかぁ!」
声の終わりと同時に、鉛が玖狼目掛けて飛んでくる。距離があった為、余裕でかわす。
玖狼は考えていた。
怒りでおかしくなりそうだったが、あの男、藤堂にも守るべき人達がいて、失いたくないものがある。でもどちらかが必ず失う。命より大切なものを、だ。
また鉛が飛んでくる、まるで生きている蛇のように鎖が動き、玖狼を襲う。
玖狼自身はもう失ってしまった。ならば、まだ失っていない人に譲ってあげるべきじゃないだろうか? 失って、失って、心が折れてしまう気持ちにはさせたくない。例えこの卑劣な男でも。
玖狼は目を閉じて最後の時を待った。そして飛んでくる鉛が玖狼の眼前に迫った時、頭の中の何かが弾けた。
その瞬間、玖狼は鉛を避け後方へステップした。
そう、あの蒼と紅の二つの瞳が語った言葉を玖狼は思い出したのだ。
『信じています――――』
『――――信じている』
裏切れない!
俺がこの言葉を裏切ることは出来ない。そう死んでも、だ。
だから俺はやらなきゃいけない。例えそれが相手の大切なものを傷つけ壊してしまおうとも。これ以上自分の大切な人達を渡すつもりは、失うつもりはもうない!
「雪牙」
呟くと同時に藤堂の前から消える。正確に言うと気配を消す。実際はそこに居るのだが歩法により、短時間だが気配を消す事で錯覚させる。それが湊流歩術『雪牙』。
「まぁた、消えたぁ」
藤堂は動揺もせず。ケラケラと微笑んでいる。その背後から玖狼が右銅回し蹴りを繰り出す、がそれは鎖によって防御されてしまう。そのまま右足に鎖が巻きつき玖狼は地面に叩きつけられた。
「ぐあぁ!」
受身も取れずに全身を叩きつけられ激痛が走る。何が起こったか理解できない。今まで歩術が見切られた事は身内以外ありえない。起き上がると同時に後方へ飛び退く。
「あっはっはぁ、どうしましたぁ? びっくりしましたかぁ?」
「な、なんで俺の動きが……」
読めたんだ? 玖狼はそう思った。
「ああぁ、別にぃ、見切ったわけではありませんよぉ。はっきり言って貴方の動きに私はついていけません」
鎖をジャラジャラと鳴らしながら歪んだ口調で続ける。
「この鎖鎌、便利でしょう? 鎖は間合いに入る者を弾き、鉛は相手を自動的に追いかけるぅ。私はこの鎖鎌、いやこの石を手に入れてから変わったんですよぉ。おかげさまで今の地位を手にいれたわけですよぉ。忍長という地位をねぇ。私は負けない、まぁ攻撃性は多少劣りますがぁ、防御はこの鎖が完璧に防いでくれるのですよぉ。斬撃だろうが流れ矢だろうがぁ」
冷や汗が背中を伝う。攻撃が有効性を持たないと言われ、丸腰の自分は相手の鉛や鎌を避けるだけで何も出来ないことになる。ただ回避するだけ。それでは凛達の元へ行けない、こうしているうちに他の刺客たちが刻々と迫っている。
「さぁ早いところ決着をつけましょうよぉ。いつまで逃げ続けられますかねぇ。私の絶対領域からぁ!」
死神の鎖と鎌が襲い掛かる。確かに攻撃自体大した事はないが、いずれやってくる疲労で身体の反応が遅れてしまったら、確実に死神の鎌は玖狼の命を刈れるだろう。あの鎖鎌をどうにかしないと……。まずは武器が欲しい、素手じゃ鎖を断ち切れない。糞!なんであんな魔法みたいにありえない機能をもった武器が出てくるのだろう。
出てくる? あの石から? そういえばここにタイムスリップした時も凛の石は光っていた。俺の形見の石も。
俺の石も?
キーホルダーをポケットから取り出す。菱形をした青い石は玖狼の手の平の上で浮薄な光りを放っている。玖狼は両親の形見であるそれを見ながら強く想った。
俺は守りたい!
失いたくない!
だから父さん、母さん、俺に力を貸してくれよ!
光が激しく発光をはじめる。玖狼はその光に手を突っ込む。光を引っ張ると、そこから柄、次に鍔がみえ、そして紅い刀身が出てきた。日本刀のような独特の反りがあり、黒と紅のコントラストが壮麗だ。
もし、あらゆる世界の刀鍛冶が、この刀を見たらどう思うだろう。この魅惑の一品は、恐らく全ての鍛冶の関心を一気に集めるだろう。そして自分でこの刀を作ることは到底出来ないと溜息をつくだろう。
「鞍馬天狗」
柄にそう銘が刻まれていたので、思わず読んでいた。
そうか、ありがとう父さん、母さん、このお守りはこういう事だったのか。
今がカツトキダ――――
父は、逆転手は絶対にモノにしなきゃいけない時に使うって言ってたな。
幼い頃にした親子の会話を思い出し、玖狼の目から涙がこぼれた。
どうも結倉です。
いつも読んで貰って感謝です!
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