表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タイムパラレル  作者: 結倉芯太
1章
17/28

1-15 戦場にて



 甲ヶこうがさききょう、眼前には植村家の旗がなびいている。

 玖狼は食客として幸隆の陣営の中にいた。陣の中はまさに死と隣りあわせと言うだけあって、張り詰めた環境にあった。もしここでなにか冗談でも言おうものならば、即刻近くにいる者から斬りつけられてしまうだろう。それほどまでに張り詰め、そして絶望的な状況だった。

 唯一望みのあった崖の上からの弓斉射は決戦前、早々に植村に崖の上を占拠されてしまった。植村側の行軍がこちらの予想を超えていたのだ。唯一の希望が断ち切られてしまったばかりか、逆に頭上からの一斉射撃にこちらが怯える始末だ。進めば頭上から矢の雨が降ってくる。かといって、このまま待機していても鉛玉の嵐にあってしまう。

「雨は降らないのか?」

 幸隆が側近の家老に激しく、叩きつけるような質問を投げる

 雨が降れば鉄砲の使用は制限される。そうなれば少しは勝機でもあると思ったのだろうか。それに対し、無言で静かに首を横に振る家老は、もうすでにこの戦を諦めてしまっているのだろうか。今後の展開に何も見出せない家老は、眼力無く、只々絶望しているようだ。

 鉄砲が使えないからといって、どうなるのですか? あちらはこちらの三倍近くの兵を擁しているのですよ? どうやったら勝てるのでしょうか? 玖狼には家老の内々に秘めた言葉が、そう言っているように思えてしかたなかった。

 幸隆は堂々としていた。怯える様子を見せることなく、激しく部下達を叱責していた。

 しかしながらこういう時、上に立つ人間の器が知れるというのがよく分かる。幸隆は堂々とはしているが、部下達は恐怖に怯え、我先に敵陣へ飛び込む様な勇猛な者は誰一人としていなかった。

 幸隆はお山の上で叫んでいるボス猿の様に滑稽こっけいに見えた。

 言っていることに戦況を打開できる内容も無く、ただ叱責するだけ。「状況の報告は」、「使えない奴だ」等の言葉が大半を占める言動に、玖狼は少しゲンナリしていた。どうやら幸隆には人をひきつける様な魅力がないようだ。おそらく幸隆自身、それを分かっているのだろう。でなければ、凛を嫁にすることに固執する必要がないからだ。

 彼女がいれば、信仰心から民を味方につけ、治世できるのかもしれない。玖狼には、そんな幸隆の本音が見え隠れした気がした。初対面で彼に抱いたイメージは所詮想像でしかなかったというわけだ。

 しかし玖狼も幸隆の事は言えないな、と思っている。この戦を無効にする手札はもう既にきっているのだが、あちらさんになんの反応も無い。

「やっぱり俺の想像でしかなかったのかな」

「まぁ仕方ないさ、間違っていても、それは貴様のせいではないよ」

 横で机に頬杖をつき、片手でクナイをクルクルと回しながら、密が言う。

「しかし、もうすぐ時間切れだ。このままいけば、もう戦は始まってしまう」

「そうだな、そうなったなら貴様はどうする? 逃げるか?」

 迷っている。正直に言うと逃げたい。勝てないことは分かっているし、食客の玖狼は戦場のドサクサに紛れて逃げたところで、お咎めも何もないだろう。

「逃げたいのなら、私が貴様を逃がそう」

「はぁ?」

 玖狼が間の抜けた言葉を漏らすと、密は唇を尖らせ玖狼を睨む。

「不服か?」

「いや、でも俺と逃げるとお前が敵前逃亡みたいなかんじになるんじゃないのか?」

「かまわんさ、どうせ亡くなる国だ」

「意外だな、てっきりお前はそんな事は死んでもしないと思ってた」

「まぁな、私自身驚いている。しかし貴様に教えてもらったのだぞ、選択するという事を」

「だな」

「私は姫様を守る。これは私にとって最も重要な事なんだ、だから私は姫様がいる限り私は死なない、それに……」

 密は俯いて、玖狼には聞き取れるかとれないか微妙な声で何かを呟いたが、玖狼にその声は届かなかった。

「それに?」

 聞き返した玖狼に対して、真っ赤になった顔をした密が顔を背け「二度は言わん」と一言残して口を噤んでしまった。

 玖狼が首を傾げていると、背後から轟音と共に狼煙が上がった。密と玖狼は立ち上がり、その狼煙の合図を横にいる密に確認する。

 《敵進軍開始》の合図だった。

 いよいよもって、自分も選択しなければならないようだ。

「昌さん、報告はまだなのかよ。このままじゃどうしようもない!」

 玖狼は愚痴ともとれるような、気弱な言葉を発していた。

「弱気になるな、貴様は大丈夫だ。なんとかなるさ」

 玖狼はもう驚かない。この黒髪で紅眼の女は、この土壇場でなにか吹っ切れたようだ。密のなかなかに肝が据わった言い方に、少し安心している自分に対して逆に驚く。

「だな。なんとかなる、か」

 笑顔で返し、戦場の最前線へと駆けていく。

 とにかく最前線で状況を見守ろう。始まってしまったら、なりふり構わず密を連れて、凛の元へ逃げよう。どこまでも、そうどこまでも……。そうだ、その前に昌さん達とも連絡取らなきゃ、皆が無事であることを玖狼は祈った。

 とうとう両軍が対面する。物々しい雰囲気と緊張感が漂い、一刻も早くこの場所から逃げたい気持ちになってしまいそうになる。

 相手は三倍の兵力を持って、こちらを容赦なく蹂躙してくるのだ。士気の質も高く、最新鋭の装備を整え侵略してくる相手と、急場しのぎで集められた忠誠心の低い者達の多いこちらとでは、天と地ほどの違いがあった。

 恐らく戦が始まれば、一瞬にして勝敗が決してしまいそうな気配すらある。

 玖狼の心の内はこの時既に決まっていた。

 『即逃げる』、だ。

 もう情報の整理も確認も必要ない。思考を停止して、一目散に凛のいる屋敷に駆け込み、皆でどこかへ逃げてしまおう。多分この戦場において、似たようなことを考えている兵士も少なくないと思う、皆一様に声を張り上げ、相手方を罵倒しているが、顔には焦りと恐怖の形相が隠せない。

 戦場が正にそんな一触即発の状況で、不意に正面から狼煙が上がった。

 ――――目の前が真っ白になった。

 敵軍後方からの土煙、飛び交う慌しい声と早馬。

 それらを総合して考えられることは少なくないし、正面にいる敵鉄砲部隊の何人かは背後の確認をしていたが、銃口をこちらにジッと向けたまま、撤退する気配はない。しかし明らかに後列の部隊は、撤退準備を始めているように見える。そしてぽかんと口を開けたままで、玖狼は現状の理解を試みる。

「戦を、回避できた、のか?」

「さぁな、ただ目の前の敵軍が撤退しているのは事実だ」

 駄目だ、現状の理解が出来ない。

 頭の中が錯乱している。自分が策を弄したのにも関わらず、考えが追いついていない。

 じゃあなぜ昌虎はこないのだろう? なぜ敵軍が撤退していくのだろう? 目の前の敵は、ゆっくり徐々に殿しんがりの鉄砲部隊を残して後退している。

「おい、玖狼!」

 隣からの怒声に対して、反射的に顔を向ける。

「これからどうする?」

 投げかけられた問いに何も答えられずに固まってしまう。

 どうすればいいんだ? 何をすればいいんだろう? 玖狼の頭の中は完全に無能な人間の構造になっていた。

「少し待ってくれ! 頼むから!」

 かなり投げやりに返す。

 そして思考を静かに落ち着かせる事にした。

 落ち着け、落ち着くんだ玖狼。今、俺はどうすればいい? まずは把握だ。現状の把握、情報が欲しい。先ほどまで忘れ去っていた思考を無理やりに立ち上げる。

「とにかく密の言うとおり、敵が撤退しているのは間違いない……。ならこの状況で俺達はどうするか……」

「どうするんだ?」

 密が再度聞いてくる。

 どうする?

 敵は撤退している。ならこれは自分の思惑通りに事が運んだものと考えていいのではないだろうか? 仮に何か他の事情があって撤退しているのならば、それはもう玖狼には考えの及ばないところであるし、相手の事情なんてどうでもいい。

 ならば取るべき行動をとるだけだ。

「行こう、凛の所へ」

「分かった」

 二人はそれだけ言葉を交わすと、きびすを国境から返し駆け出していった。




どうも結倉です。

いよいよ物語りもクライマックスにむけて加速していきます。

どうか最後までお付き合いのほどよろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ