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タイムパラレル  作者: 結倉芯太
1章
15/28

1-13 ピクニック


 玖狼の目の前に広がっている風景は、この時代に来て始めて見たそれと同じだった。小さくて綺麗な池、周囲の草むらは、まるで広大な草原地帯の一部分をこの丘に移設してきたように清清しく、気持ちのいい踏み心地だ。

 朝、目が覚めると直ぐに玖狼は凛に呼び出された。

「玖狼、少し遠出しませんか?」

 少しなのに遠出なのか? と疑問を抱きつつも、この姫様のことだから自分に遠慮して変な言葉使いになっているのだろうと考え、そこには触れず、右手を振り「わかりました」と返事をする。

「じゃあ支度をしてきますので、少し時間を下さい」

 凛はそう言うと急ぎ足で部屋の奥の襖へ消えていく。

 暫くして、着物姿の凛と密がやってきた。凛は玖狼の世界に来た時と同じ桜柄の着物で、密は黒の下地に朝顔が大きく描かれた着物を身に着けていた。

 玖狼は二人の着物姿に目を泳がせながら「似合ってるよ」と言うのが精一杯だった。

 今その二人と玖狼、そして警護の為と言って連れて来た雪村とで、この野池に来ている。

「いい所だな。本当に青洲せいしゅう池に似ている」

 玖狼は目の前の風景と似ている場所を知っている。

凛と初めて会った場所、そして玖狼にとって特別で大切な場所。ここはそんな独特な雰囲気が漂っている。

「そうでしょう、私もよく母様や父様とここに来たの」

 言葉使いが少し子供っぽくなった凛に玖狼は驚く。凛の目線の先では、密と雪村が身振り手振りしながら、話をしている。抜刀や体術の構えに見えることから、おそらく武術の話でもしているに違いない。

 男と女が折角こんないい場所に来ているのに勿体無いと思いつつも、隣の女の子とそういう話を出来そうにない自分も駄目だなと思う。

「俺も凛と初めて会ったあの池には家族でよくピクニックに行ったもんさ」

「ぴくにっく? ですか……」

「あぁ、今日みたいに皆で楽しく遠出する事さ。そこで弁当食べたり、遊んだりしてさ」

「へぇ。そうですか。じゃあ今日は『ぴくにっく』と言うものなのですね」

 凛は嬉しそうに両手を胸の前に合わせる。

「じゃあ、玖狼の為に花の冠を作ってさしあげますよ」

「お願いします、お姫様」

 玖狼はかしこまった御辞儀をする。凛はそれを見てほのかに優しい笑みを浮かべると、草原のような原っぱにかけていった。

 その後姿を見ながら、玖狼は思う。

 自分や姉が遊びに行く時も、母はこんなふうに自分達を見守ってくれていたのだろうか。

 原っぱで遊んでいる自分を母は何も言わずいつも笑顔で見ていた。あの時、自分はなぜ母が嬉しそうにこちらを見ていたのか、分からなかった。

 玖狼は仰向けに寝そべり、雲など見当たらない真っ青で青臭い空を見る。目を閉じると視覚がない分、夏草と水のにおいが、そよ風にのって鼻を撫でる。あの頃の自分達を思い出す。楽しくて幸せな時間を――――。

 玖狼は泣いていた。思い出すたびに泣いてしまうのだ。泣くといっても欠伸をした時に流れ出るそれと大差ない。身体は徐々に成長し、大人になっていく。でも中身はまだまだ未熟だ。今も少し思い出すだけで動揺し、感情が揺れてしまう自分がいる。

「どうした?」

 案の定、密が玖狼の顔を見て、不思議そうに聞いてきた。それに対し「ちょっと欠伸」と返答してごまかす。

「いい天気ですね。これはまだ暑くなりそうですね」

 玖狼に歩み寄りながら、雪村はそう言って、額を拭う。

 雲一つ無い爽やかな空には、燦々と輝く太陽が高く上っている。

「ああ、でも気持ちのいい暑さだ」

「どうです? これから私と一つ」

 雪村は腰に帯びている刀をポンっ、とたたく。

「今日は止めておこう。折角こんないい天気の中、ピクニックに来てるんだから、もっと楽しいことでもしようよ」

 玖狼の言葉を聞いて、雪村は腕を組み考え込んでしまう。どうやら手合わせは雪村にとって楽しい事の一つだったようだ。雪村は他に考え付くことが無く、頭がさらに沈んできた。

「玖狼、貴様の世界の事を話してくれないか?」

「んっ」

「なんだ? 不服なのか?」

 密がギロリと刺すような目を玖狼に向ける。唇が少し尖がっていたせいか、照れているようにも感じたが、そこは気にしないことにした。

「いや、なんでもない」

「私も聞きたいです。玖狼殿の世界のこと」

 雪村も便乗してくる。

「ったく、そうだなぁ、俺の住んでいる世界、まぁ正確に言うと国には戦争が無いんだ。勿論、他の国では戦争をしている国はある。でも俺の国では戦争はないんだ。で、何かと便利な世界でさ、押しぼたん一つで米を炊くことが出来たり、お湯を沸かす事だってできる。それに室内では一年中温度の調整が出来る部屋があって、冬でも泳いだり出来る施設だってある」

「ま、真か? 釦一つで米が炊けるのか? 火をおこす必要もないのか?」

 密が身を乗り出して質問する。

「あぁ、必要ない。それと俺はここでは食客扱いだけど、俺の世界では学生なんだ。俺みたいなガキは、まだまだ世間で仕事をするには不十分なんだよ。だから学校に行って、将来の為に勉強するんだ」

「貴様が餓鬼で未熟なのは知っているが、その『がっこう』と言うのはなんなのだ?」

 密から相変わらず、真剣に悪気の無い嫌味が飛んできた。これがワザとでなく、時にマジで言っているのだからタチが悪い。密の失礼な言い方に怒りを堪えながら続ける。

「学校って言うのはなぁ、さっきも言ったけど、未熟なガキ共が将来の為に通う学び舎だ。そこで自分が将来何になりたいかを見つけ、それに向かって勉学に励む場所だよ。学校にはそれを手助けする為に先生がいて、俺らに勉強を教えてくれたり、悩んでいたり困っていたら、世話を焼いてくれるんだよ」

「貴様の世界では自分がなりたい職になれるのか? 自由に選ぶことが出来るのか?」

「あぁ、選ぶのは自由だ。但し努力は必要、なりたいと言っても必ずしもなれるもんでもないよ」

「私は武士以外に考えられませんが……」

 雪村が再び頭を下げて両手で頭を押さえている。雪村は武士になること以外はかんがえられないらしい。

「まぁ雪村みたいなのは部活命、って感じがするな」

「『ぶかつ』? ですか」

「あぁ、学校では勉強が終わった後、クラブ活動ってのがあるんだ。この時代で言う……なんだろうなぁ……、鷹狩とか蹴鞠みたいな事をやる。まぁ、いろいろな種類があるんだけど、剣術や体術をやるクラブもあるよ」

「貴様は何か『ぶかつ』をやっているのか?」

「あぁ、剣道部に入ってるよ。時間があるときは道場に顔を出して、剣術の練習をしてる。まぁ、この前の試合では負けちゃったけど」

「負けたのか!?」

「負けたんですか!?」

 ほぼ同時にツッコミが入る。玖狼は両の手の平で二人をけん制する。

「まぁまぁ、俺は勝ち負けにはあんまりこだわらない主義なんだ。俺の世界では敗北は死を意味するものじゃないからね。武道の目的もなんていうか、強くなりたいと思うのは勿論だけど、基本精神的に逞しくなる為にやっている人が多いんだ。」

 この時代の彼女たちにこういった説明するのは中々にめんどうくさい……いちいち言葉を選ぶ必要性もあるし、こちらの言っている言葉に対し、幾度と無く首を傾げまくる。

「とにかくさ、俺の世界では剣術も武術も全て勝負事は命張ってる訳じゃないんだ。何をやるのも自由、恋も勉強も、なりたいものだって努力次第では何だってなれる。そんな世界さ」

「うむぅ、玖狼殿でも歯が立たぬ相手がいるのですか……やはり世の中とは広いものですね! 私も負けてられません! 少し向こうで刀でも振ってきます!」

 玖狼の最後の方の話など全く聞いていなかった雪村は、引き締まった表情をして池のほとりまで走っていってしまった。

「いいなぁ」

 密が呟く。

 玖狼は驚きを隠せなかった。

 この世界の人間は、自分の人生が生まれた時からほぼ決められていて、望むような生活はすでに諦めて、深く考えないようにしていると思っていた。

 密の場合だと、「そんな世界などあるものか」とでも言いだすのかと思っていたくらいだ。

「意外だな、俺の話を信じるのか?」

「貴様は嘘をついていないのだろう? 今まで私は貴様という人間を観てきた。貴様はそんな戯言を言う輩ではないはずだ」

 そんな台詞を真顔で言ってくる。黙っていれば美人で綺麗な赤眼の女性にそんな事を言われると、顔が火照るのも無理は無い。

「それはそれは、信用して頂いている様で。しかしお前は俺の世界にきてみたいのか?」

「そりゃまぁな、いってみたい。私は今の仕事でも十分満足しているが、やはりその自由というのが気に入った」

 密は背筋を伸ばし、空を見上げる。視点が定まっておらず、彼女が何処か遠くの山々を見ているようにも見えた。

「私は孤児だったんだ。村で路頭に迷っていた時、大殿に拾われた」

 玖狼は黙ったまま、耳を傾ける。

「そして幼い姫様の御守をしないか、と言われた」

「変わった殿様だな」

 すると密は楽しかった幼き日々を思い出したのだろう。クスクスと笑う。

「そうだな、変わっておられた。私はそれを受け、姫様と同じ環境で学問を学び、友人のように共に遊んだよ。奥方様も優しくてお綺麗だった。私は今も二人を両親のように慕っている。でもな、御二人が戦争でお亡くなりになった時、私は決断を迫られた」

「決断……?」

「あぁ、姫様は当然桜城の血筋で他家には利用価値がある。しかし私はどうだ? 姫様の御守役とはいえ、なんの能力もないただの女だ。ただの女が生き残り、姫様の側に居ようとすれば、選択は限られていたよ。野に下り野たれ死ぬか、姫様の側にいる為に、姫様について行く為に、春日の地に行き……」

 密は自分の身体を丸め、自分で守るように両手で抱きこんだまま続ける。

「そこから先は地獄の日々だったなぁ。『姫様の側に』、この想いだけを糧によく頑張ってこれたもんだ……」

 密は自嘲気味に語るが、玖狼にはその苦しみは分からない。分からないが、密が辛い思いをしてきたのは痛い程わかる。

「だから正直、貴様の世界が羨ましく思う。争いも無く、己の頑張り次第で大抵のことは実現できるのだろう?」

「なんでもってわけじゃないけどな」

「しかしこの世界よりよっぽと良いのだろう?」

「まぁな」

 玖狼も立ち上がり、手で尻に付いた葉っぱや土を払う。

「でも俺はこっちにきても自分の考えは変えてないぞ。自分の進む道は自分で作る。友達だってそうだ。俺は凛が姫さんだからってへりくだったりしないし、お前だってそうだろ? 凛はお前にとって大事な人だから、友達だからだろ? 身分が違っても、立場が違っても、守りたい人なんだろ?」

 玖狼はズカズカと大またで密に歩み寄る。

「お前は立派に選択したんだ。凛を、大切な友達を守ることを選択したんだ。それに何処の世界に行っても、お前はそれを選択するよ。お前はそういう奴だよ」

 そう言いながら、密の頭をくしゃくしゃに撫でる。直ぐに鉄拳が飛んでくると思い、多少身構えていたのだが、意外にも違う言葉が飛んできた。

「貴様になだめられるとはな、私は随分弱かったのだな」

「まぁ密も俺の大事な友人の一人だからな。友達が困っているのに、放っては置けないだろ?」

 密は乗せられた手を払いながら微笑む。

「じゃあ私も貴様が困っている時は道を示す手伝いをしてあげよう」

 その微笑みが天女のように、いつもの密からは考えられないほど優しい表情だったので玖狼は心の内で驚いていた。

「どうした? 少し熱でもあるのか?」

 密が首を傾げながら聞いてくる。驚きが少し表情に漏れたようだ、「なんでもない」と一言返し、二人で凛と雪村のいる方へ歩いていく。凛が花の冠を大事そうに抱えながらこちらに手を振っている。



 気持ちのいい風の吹く、午後の一時だった。




どうも結倉です。

明日も短文になりますが出来れば更新したいと思っています。

3日連続と自分ではいっぱいいっぱいですが頑張ってみますので

どうかよろしくお願いします。


ちなみに物語の和みシーンはこれで終わりです。

ここから先はいよいよシリアスパート突入でございます。

彼らがどういった結末をむかえるのかお楽しみに。


ではでは。

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