1-9 焦燥
いつもキツク見えるその目じりが、一層細くなる。ただでさえ厳格そうに見えるその風体が、さらに人を寄せ付けない空気を作ってしまっている。
幸隆はあぐらを組み、頬杖をついている。
ここ最近、西の動向が読めない。
同盟国である植村から、幸隆に要求書が届けられてきたのは三日前の事だった。幸隆は内容を見て愕然とした。
この内容はとても呑める条件ではないし、返答いかんによっては植村との戦いは避けられない。最低でも、同盟関係が崩壊するのは確実と思われる。
恐らく植村はこの書状を幸隆に出したと同時、もしくは出す前に上杉・北条への同盟締結の使者を飛ばしているに違いない。
しかし幸隆は植村がこんなにも急に手のひらを返すように、強硬な態度がとれたのか、不思議だった。
すぐに植村の領地に密偵を放ち、情報の収集に努め、今日その報告書が手元にきたのだ。その内容に驚愕する。植村の国力は春日の四倍を超えるほどに豊かになっていたのだった。
兵数は三倍、兵糧は四倍、軍馬は二倍、いずれも春日を上回り、北の上杉や南の北条とも互角に戦えるだけの国力を持つまでに成長していたのだ。そして最後の欄をみて驚きが絶望に変わる。その欄にはこう記されている。鉄砲二千丁―――と。
「この数字に誤りはないのだな」
幸隆に聞かれた家老が返答する。
「はっ、間違いありませぬ。植村の国力はここ二、三ヶ月で急速に増大しておりました」
「そうか、分かった。下がってよい」
幸隆に一礼し、家老は部屋を出る。
「まずいな……、このままでは戦争は避けられない。そして勝てる見込みは無い……か」
幸隆は頭の中で現在の状況と条件を刷り合わせ、答えを出そうとする。
恐らく、上杉・北条に援軍の使者を出しても断られるだけだろう。すでにこの二つの勢力には、既に植村の息がかかっていると見ておいたほうが良い。なにより、今まで敵対していた勢力が手をかしてくれるとは思えない。一応使者は出しておくが、援軍は無いと考えておく。
次に軍備の差だ。向こうはこちらを上回る武器と兵力を持っている。まともにやりあえば、結果は火を見るより明らかである。しかも鉄砲というものが厄介だ。これのせいで弓も騎馬隊も戦場では役に立たない。射程は弓より遠く、馬が突っ込むよりも鉛球が先に騎馬隊の身体に突っ込んでくる。
これが二千丁………。戦の当日に雨でも降らなければ、春日の兵三千は一時間も持たず全滅してしまうだろう。ならばこちらも鉄砲で応戦すればいいのだが、鉄砲はとても高価で春日では百丁程度しか無い。
一体どうして、このような高価な物が二千丁も用意できたのだろうか。財源を調べる為に送った間者は一人も戻ってこなかった。
植村は莫大な財産を得られる何かを手に入れたのだろう。そしてそれがある限り、国力の増大は止まらないのだろう。
しかし、その財源を探し出し抑える時間はもう残っていない。返答は今日出さなければいけないのだ。そして答えは何度言われても決まっている。植村の書状に目を通す。そして呟く。
「凛を、甲斐の象徴であるあの娘を渡せるものかっ!」
幸隆の漆黒の怒りの目が東方へ向けられる。
「凛は私の妻になる女だ。植村など愚劣な者に奪われるわけにはいかん」
幸隆は拳を叩きつけ、従者を叱りつける様に言う。
「凛を!凛をここに呼べ!」