女子高生の逆襲
放課後、夕陽が住宅街の屋根をオレンジ色に染めていた。
花咲葵(17)はバスケ部の練習を終え、いつものように自転車で帰宅途中だった。汗ばんだ制服のブラウスが風に揺れ、スポーツバッグが肩で軽く跳ねる。部活で鍛えた脚はペダルを軽やかに回していた。
すると、いつもの静かな路地裏から、幼い悲鳴が聞こえてきた。
「いやぁっ! お母さん! やめてー!」
葵は急ブレーキをかけて自転車を止めた。
路地の奥で、小学生低学年くらいの女の子が、黒いパーカーを着た20代後半の男に口を押さえられ、力ずくで車の方へ引きずり込まれようとしていた。男の目は血走り、汗だくで息が荒い。明らかに誘拐の瞬間だった。
葵の心臓が激しく鳴った。恐怖と怒りが一気に込み上げる。
「ちょっと……! その子を離して!!」
彼女は自転車を地面に投げ捨て、迷わず全力疾走した。バスケの瞬発力が爆発し、地面を蹴るたびに距離が縮まる。男が女の子を抱き上げて車のドアを開けようとした、まさにその時——
「その子から手を離して! やめなさい!!」
葵は男の背中に飛びかかるようにタックルした。
勢いのまま体をひねり、女の子が地面に強くぶつからないよう自分の体でクッションになる。女の子はアスファルトに転がったが、擦り傷程度で済んだ。
「うるせえ! 邪魔すんなよ、このガキ!」
男が振り返り、ナイフをチラつかせて襲いかかってきた。刃が夕陽に光る。
葵は一瞬怯んだが、すぐに歯を食いしばった。
「こんなこと……絶対に許さないんだから!」
咄嗟に男の手首を両手で掴み、バスケのディフェンスのように体を低く寄せて肘を顎に叩き込んだ。
ガツン!
男の頭がのけぞり、ナイフが地面に落ちた。
そこから葵の反撃が始まった。
「小さい子に何してるのよ!!」
右のストレートを男の顔面に叩き込む。
続けて左フック。男がよろけた隙に、彼女はスポーツバッグを全力で振り回し、側頭部に重い一撃を浴びせた。
男が体勢を崩して膝をついた瞬間、葵は鍛えられた脚で容赦なく蹴りを連発した——脛、太もも、腹部。
「離してって言ってるでしょ!
女の子を怖がらせて……最低よ!!」
男が這いつくばりながら立ち上がろうとしたので、葵はさらに距離を詰めた。
男の腕を掴んで引き寄せ、膝を腹にめり込ませる。男が「ぐえっ」と声を漏らして前屈みになったところに、肘打ちを後頭部へ。
男は地面に倒れ込んだが、まだもがいている。
葵は息を荒げながら跨がって馬乗りになり、拳を振り下ろした。
「もう……やめて!
二度とこんなことしないで!!」
パンチが男の頰、鼻、額に何発も炸裂する。
男の顔はみるみる腫れ上がり、鼻血が口元を伝い、歯が一本飛んだ。抵抗する力も徐々に弱まっていく。
最後に葵は深く息を吸い、男の顔面に強烈な膝蹴りを落とした。
男は白目を剥いて完全に動かなくなった。
「……はあ、はあ……」
葵は荒い息を吐きながら立ち上がり、すぐに地面で震えて泣いている女の子のもとへ駆け寄った。
優しく抱き上げ、制服の袖で女の子の涙を拭う。
「大丈夫……もう怖くないよ。
お姉ちゃんが守ったからね。もう大丈夫……」
女の子は葵の胸に顔を埋め、しばらく泣きじゃくっていたが、やがて小さな声で言った。
「……お姉ちゃん、ありがとう……
カッコよかった……お姉ちゃん、ヒーローみたい……」
その言葉に、葵の目頭が熱くなった。
彼女は女の子をぎゅっと抱きしめ、優しく頭を撫でた。
「よかった……無事で。
お姉ちゃんも、君が無事で本当に嬉しいよ」
葵は震える手でスマホを取り出し、110番に通報した。
「住宅街の路地で、小学生の女の子が誘拐されそうになりました。
犯人は……今、私が取り押さえています。すぐに来てください」
通報を終えた後、葵は女の子を抱いたまま男から少し離れた場所に座り込んだ。
制服は血と埃で汚れ、腕や膝に擦り傷ができていたが、彼女は女の子の小さな手を握りしめ、穏やかに微笑んだ。
数分後、サイレンが近づき、パトカーと救急車が到着した。
警察官が男を確保し、女の子を保護する間、葵は事情を落ち着いて説明した。
その夜、ニュースでは「女子高生が誘拐未遂犯を取り押さえ、被害女児を救助」と小さく報じられた。
葵はベッドの中で、女の子が最後に言った言葉を思い出して、そっと微笑んだ。
「カッコよかった、か……」
彼女は天井を見つめながら、静かに呟いた。
「……また誰かが困っていたら、絶対に助けるよ」
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
この話は「普通の女子高生が、突然の危機に全力で立ち向かう」というシンプルなテーマで書きました。バスケで鍛えた身体能力と、誰かを守りたいという純粋な想いが、葵の強さの原動力です。派手なヒーローではなく、ごく普通の女の子が持つ勇気と怒りを、できるだけリアルに描けたらいいなと思いながら執筆しました。
小学生の女の子に「カッコよかった」と言われるシーンは、私自身も一番書いていて胸が熱くなりました。
もしこの短編が、少しでも「強くなりたい」「誰かを守りたい」という気持ちを思い出させるきっかけになれば幸いです。




