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世界のカケラ  作者: viseo
王宮編
99/171

白い鳥 16

 抜けるような青空に、春の風が暖かい。

 きらきらと光を跳ね返した水面に映る、白亜の町並みと、色とりどりの布や花。

 あらゆる広場に市が立ち、街の至る所で吟遊詩人が歌って、踊り子が華やかに舞う。

 春の宴を楽しもうと近隣から押し寄せた人間で、城郭の外まで人があふれかえっていても、皆一様にその表情は明るい。

 そんな春の宴に浮かれる王都に、鐘の音がひとつ、ふたつと鳴り響く。

 それは花祭りのメインでもある――記念式典の始まりの鐘だ。


 記念式典は祭りの中日、王城の中で最も格式高い大広間で行われる。

 数百人が入っても、まだ余裕がある大広間には、この日のために念入りに着飾ったご婦人方を初め、各種権力者、近隣諸の大使も揃って、正に絢爛豪華の一言だ。

 

 ドーム型に高く持ち上げられた天井と、細工窓から木漏れ日のように降り注ぐ、穏やかな光。

 そんな中を、壮年とは思えない、見事な体躯を黒い式典服に包んだフィルディナント二世が、華やかな音楽と共に入場する。

 次に宰相から祝辞や、各国の大使への労いの言葉が長々と読み上げられ、――今度は返礼として、西国の大使が祝辞を述べる。

 荘厳ながらも、ともすれば眠くもなりそうな、堅苦しい時間。


 それをなんとかやり過ごすと、お待ちかねの華やかな演目が、一気に並ぶ。

 先陣を切ったのは、当代一の歌姫。

 厳選された吟遊詩人が、都で流行の戯曲を軽やかに歌えば、力強い剣舞が続いて、最後に舞姫があでやかに花の舞を披露する。

 献上されたという、瑠璃色と紅色の孔雀モドキの番の美しさにも驚いたし、歌う竪琴の見事な音色は、ちょっと表現出来ないほどだ。


 そうした春らしい余興で、人々の目と耳をたっぷり楽しませた後、――満を持して進み出でたのは、南方の国の一つであるカルウィ公国の大使。

 その小太りの大使が、桃色の宝玉を捧げ持つと、その美しさに広場にうっとりとした溜息が溢れた。


 春の訪れを表す妖精を閉じ込めた桃色の宝石は、見る角度によって、淡い紫にも、濃い朱色にも見える、華麗な宝玉。

 南方の国々より献上されから、様々な国の祭りを経て、その濃さを一層増してゆくと言う不思議な石は、この花祭りの象徴だ。


 その宝玉が、恭しくフィルディナント二世に献上される。すると、大きな拍手と共に音楽が鳴り響き、光り輝くホールの上空から、幻術の花びらが舞い落ちて――式典は終了となる。

 これでようやっと、ファンデール王国の新しい妖精月が始まるのだ。



「――流石に素晴らしいものでしたね。」

 式典の後、晩餐会も行われた舞踏会の広間で、思わず夢見心地でつぶやく。

 国の威信をかけた式典のひとつなのだし、当然といえば当然なのだけど、随所で披露された歌も舞も、今まで見たどんな映画や観劇よりも美しくて、壮大で――特に、ある歌姫の玲瓏たる歌声には、こんな時ですら鳥肌が立つぐらいに感動した。

 考えれば、スクリーンを通さない、一流の芸術に触れ合ってくるような生活はしてきた事が無い訳で。

 電子音楽のカケラも無い、人間が出せる最良の奇跡のような声が、空気を震わすその様は、今もまだ耳に残っている。

 いやはや。芸術に国境は無いとは、よく言ったものだ。 


「そうか?……たっぷり金が掛かっている事ぐらいしか、思わなかったな。」

 そんな私の感激に小さく肩をすくめ、冷静に答えたのは――美貌の青年貴族。

 ずっしりとしたドレスに身を包んだ私を、苦も無くエスコートする大きな手。

 魔術師の宮廷衣装と同じ、深い蒼色のすっきりとしたロングジャケットはシンプルで、首元からは白いシャープな襟元が覗く。

 いつもと違う装いに合わせて、揺るやかに後ろに流した髪が、一筋だけ額にかかったその姿は、皮肉気で冷徹な表情と相まって、妍麗ですらあった。 


 初めて見たウィンス卿としての装いに、すれ違うご婦人方が、うっとりとした視線を送るのも、正直無理はないと思う。 

 その美しさには力があり、多くの人間を惹きつける。

 ――実は恥ずかしながら、今朝、私もやらかした。


 一人で登城して馬車から降りる私の手を、外からエスコートする美貌の青年を見た瞬間――思わず絶句。完全思考停止。

 私の登城を知らせる、高らかにラッパの鳴る音に紛れたとは言え、

「……え。嘘。――いつもの方が良い。」

 と、思わず呆然と呟いた私の声は、確かに彼の耳に届いてしまった。

 目の前にいる、左右対称の完璧な造形美の顔が、一瞬絶句した後、声を殺して笑わなければ、あまりの雰囲気の違いにフォリアと分からなかったほどだ。

 ほんっと、ごめん。


 他国の賓客や、厳選された人々の最初のダンスが終わって、舞踏会の大広間に拍手が沸き起こる。

 それを広間の隅で眺めていたフォリアが、ふいに面白そうに聞いてきた。

「そう言えば、昨夜は一曲披露したそうだな。」

 ここからは、基本的に自由に誰でもホールに出て踊って良い時間。

 雰囲気も式典や晩餐会の堅苦しいものから、夜会独特のくだけた雰囲気へと転じる。

 

「そこまで知っているならば、曲目もご存知でしょう?」

 ――絶対、二度と踊らんぞ。

 扇の陰で、艶やかな紅の口元を引き上げ、凄みをこめて笑顔で返す。

 私の技量を一番知っているんだから、昨夜の事だって安易に想像つくだろうに。

 大体、この重さの衣装で、どうやって踊れというのだ。


 たっぷりとしたドレスの生地に目をやれば、南方でしか取れない高価な螺鈿を摺りこんだ、きらりと淡く光る白繻子地。

 さらにその上に、何人もの職人たちが手をかけた銀一色の芸術的な刺繍が這って、華やかさと格調を添える。

 そんないつもと比べ物にならない程、贅を凝らした白銀のドレスの胸元には、昨日は胸の奥に隠していた深い深い紫の――国家財産にもなりそうな、大きな宝玉。

 片側で編みこんだ髪を前に流すのは、シルヴィアの母、レイラ姫が好んだ装いだ。

 それを崩さぬよう、ずっしりと重いドレス姿で凛と頭を上げていれば、額を飾るティアラの先端につけられた宝玉が、繊細な銀細工に支えられ、微かにしゃらりと揺れた。


 ここにいるのは、現国王フィルディナント二世のお気に入りの従兄妹姫、シルヴァンティエ姫の養女候補アーラ姫。

 まかり間違って、ダンスで転倒するなど許されるはずも無い。

 たとえ、このドレスがいつもの倍以上の重さであろうとも、一日中、羽のような軽やかさで動かなくては、いけない訳で。


 ――明日は絶対、筋肉痛。

 そう小さく胸の内でごちれば、冷徹な表情をまとわり付かせていたフォリアが、ちらりと笑う。

 すると、眺めているご婦人方から、ほうっと一斉にため息が出た。


 意外なことに、美貌の貴公子に視線はやれども、ご婦人方が近寄ってくる気配は皆無だ。

 勿論、久々に見た、皮肉気で人を食ったような物言いや、冷たい表情が一役買っているのはあるだろうけど、それ言うならシグルスだって、きっつい男だしなぁ。


 そんな事を考えていると、ふと私の腰に回されていた手に、ほんの少しの緊張が走った。

 会場のざわめきが変わって、周りの視線が一気に集まるのが、軽く俯いていてもはっきりと判る。

 ――来た。


「これはこれは、我が異端の兄上。」

 覚えの無い、透明感のある、柔らかな男の声。

 その声に視線を上げれば、目の前には、白魚の手を胸に当て、貴族の礼をとった優しげな顔立ちの男。


「我が麗しの姉君シルヴァンティエの愛し子――アーラ姫には、お初にお目にかかります。我が名はユリウス・パストリー・ユーン。以後お見知りおきを。」


 これが、ユーン筆頭公爵家の新総領――フォリアの異母弟。

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