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世界のカケラ  作者: viseo
王宮編
98/171

白い鳥 15

 いくつか問題はあれど、その後は比較的スムーズに、事は進んだ。


 会場を一回りしながら、言い寄ってくる男たちに自分の名前を明かさず、その名を問う。

 本来、無礼な筈のその行為も、今宵だけは若い娘に許された特権だ。

「花の色も定まらぬ、蕾の名を問う貴方様は、いずれのお方でありましょう?」

 作法の教師に何度も言われた、”上目使いで問う”を自主的に割愛して――近づく相手の名だけを、どんどん集めてまわる。

 すると向こうも、決して家名を明かさない、訳あり娘に時間を取られるよりも、コナをかけておきたい女性は沢山いるのだろう。

 みな挨拶もそこそこに、にこやかに去っていく。

 勿論そんな雑魚には、私も興味がない。

 私が興味があるのは、もっと深海にすむ――大きな黒い影。この3日で、それを吊り上げることが、私の仕事だ。


 何度も甘ったるい美文調で呼び止められ、その度に、ばっさばっさと跳ね除ける。

 そう仕事を続けながらも、心配なのが――エルザだ。 

 先ほどからずっと様子がおかしい。

 心ここに在らずといった風情で、硬い笑顔を無理やり貼り付けている。


 アルテイユ騎士団員にも、患者にも絶大な人気を誇るエルザが、もし、いつもの様子で男たちを魅了すれば、もっと男たちも食い下がっただろう。

 けれども今の彼女は、男たちに話しかけられても、殆ど上の空。

 柔らかな笑顔の欠片も無い。

 そんなエルザの様子もあって、興味本位の男たちはすぐに去り、こちらも判断に迷うこと無く”選別”が進められるけれども――それが嬉しいわけは無いよ。


 先ほどの少女たちが、何を示唆したのかはわからない。

 けれどもエルザが会いたくない人に会い、触られたくない事に触れられたことくらいは分かる。

 会場をぐるりと回って、取り合えず最低限の仕事はしたし――エルザだけでもこの場から逃がそうか。

 相変わらず表情の冴えないエルザに、そう思う。


「ね。エルザ。すこし控えの間に戻ろうか。」

「――…。」

「エルザ?」

 びくりとドレスが震え、慌ててこちらを向く。

「え?――あ。何でしょう?」

 もう一度同じことを繰り返して、エルザを促そうとすると――慌てて必死な顔で笑顔を作り拒否する。

「いえっ。大丈夫です!!」

 何度説得しても、頑迷に首を縦に振らないのは、彼女の持ち前の真面目さのせいなのだろうか。


 それでもと、黄金で装飾された鏡の前に連れていけば――華やかな背景を背に、一人だけ普通の顔色じゃないエルザが映し出される。

「――…この顔色の人が、大丈夫といっても心配だよ?」

 看護婦としての自負心を持つエルザには、何を言うより鏡に映るその姿が、説得力があったのだろう。

「――申し訳、ありません……。」

 しょんぼりと、小さく項垂れた。

 責めているんじゃないんだ、心配なんだと、言葉を重ねようとして――ふと、その鏡の中に、ひとつ見知った影を見つける。

 見たことのある、ふわふわの、赤みがかったオレンジの髪。


 ――あれ?この子、シルヴィアの塔で見た、弟子候補の……。

 記憶よりも数段上等な服で、きょろきょろと辺りを見回しながら、会場を右往左往。

 明らかに誰かを探すその風情に、――思わずエルザを引き連れて、柱の影に身を隠した。

「――っ?……どうかされました?」

 柱と壁の間から、鏡を使って様子を伺う私に、エルザがそっと問いかける。

 や。別に、隠れなくても良いんだけど。

 ……でも、万が一と言うこともある。

 シルヴィア技師の助手の少年と、ドレスで着飾った私を同一人物と認定されると、非常にまずいわけで。

 同一人物とまでいかなくても、兄弟姉妹ですか?と聞かれるだけで、こちらは痛い。

 ――にしても、確かにワンコ、毛並み良さそうだったけど……貴族の子弟だったのか。


 夢中で、ふわふわの毛並みの様子を伺いながら、

「ん。多分、大丈夫だと思うんだけど……」

 と、エルザに説明しようとした私の肩に、いきなりぽんと、手が乗る。

 ――うぉぃ!

「――…若い姫君方が、物陰から会場を覗き込んでいる様子は、”大丈夫”とは、言えないな。」

「シグルス――…」

 慌てて振り向けば、いつの間に会場に戻ってきたのか、間近にいたのは氷の瞳を持つ男。


 ――う。やってしまった。

 気がつけば、先ほどと同じように――少し離れた所に”鳥”の壁が、やんわりと作られている。

「――悪目立ちするような行動は慎めと言ってあったろう。」

 相変わらず感情のない声で、小さく注意を受ける。

「――すみません。」

 どうやら物陰に隠れた様子を、最初から見ていたらしい。

 鏡を使ってワンコの様子を伺う私は、別の鏡に挙動不審に映っていたみたいだ。


「――私、何か、取ってきますね!」

 その横をすり抜けるように、ぱたぱたと走り去るエルザを一瞥もせず、

「人目から逃れるつもりで行動をとるならば、鏡の位置も注意しろと言ってあったろう。」

 と、私の上司は、冷たく言い放つ。

「以後気をつけます。――それと、エルザをもう休ませたいんですが……。」 

 この兄妹に何かあったのかは分からない。けど、――あの時、様子がおかしかったのは、エルザだけじゃない。

 俯く彼女を一瞥もしなかったシグルスにも、違和感を感じた。

 そしてそれは今も、だ。

 シグルスは厳しいけれど、決してエルザに対して冷たい男ではないのに……。


 そんな事を考えながら、先を続けようとすると

「お前は、余計なことは考えるな。」

 と、ぴしゃりと言い放つ。

 ――ちょっ!

 瞬間、体の底から怒りがかっと、湧き上がり……気がつけば、思わず、ぼそりと口に出していた。

「――当たらないで下さい。」

「――…っ!!」

 その一言に、一瞬シグルスの肩が大きく揺れる。

「……出来る限りのことはしています。――私も。彼女も。」

 確かに、私は自分から志願した。甘い事を言うなと言われても無理は無い。

 けれども、完璧を求められても限度がある。

 事情を知らないエルザに、それを押し付けることは無いだろう。


「――…それより、これ以上長々話している方が、不味いんじゃないんですか。」

 早くさっさと消えてと言う意味をこめて、静かに言い返す。

「本当に、お前は――…相変わらず気だけは強い。」

 ――気だけで悪かったな。

 ほんと、何故この男は、こんなにも私の感情を波立たせるのが上手いんだろう。

 静かに二人の間に散る火花。――その間を、今まで流れていたのと全く異なる、音楽が流れた。


「――……。お前の言うことも、最もだな。」

「――!?」

 ならば来いと、ぐいっと引っ張られた手。

 周りからは強引に見えない程度の、有無を言わさない力強さで、ダンスホールに連れ出される。

 ――ちょっ!踊れないって言ってるじゃない!

 無理やり連れて行かれたダンスホールは、先程までの軽やかなステップと、可憐なドレスの乙女たちが作る華やかな雰囲気から、何故か少し重厚そうな雰囲気に、様変わりしている。


「――え?」

 よく見ればそれもその筈で、中央で踊っているのは福々しい白い髪の老婦人達。

「”美しきマリアンヌ王太后殿下に捧げるワルツ”だ。――別名、老婦人のためのワルツ。……これならお前も踊れるだろう?」

「……っ!」

 ここまで連れ出されて、出来ないなんて言えない。

 足の弱い老婦人が殆ど動かないで良いように作られた、非常~~~に優しいワルツは、その分、男性のエスコートが難しい。

 滅多に踊らないと言っていた騎士団長様は――元々身体能力が高いのだろう。それでもそれを難なくこなす。


 とは言え、老婦人に混じって踊る私たちが、目立たないわけがない。

「これはっ……悪目立ちって言わないんですかっ」

 音楽の間に、シグルス様がっ!と、外野のざわめきが聞こえる。

「――少しは目立たないと、意味がないだろう。ここなら話も出来るしな。――それに足を怪我したお前なら、これしか踊らなくても、言い訳が立つだろう。」

 確かに、周りは耳が遠そうなご婦人方ばかり。音楽もあって、他の人には聞かれないかもしれないし、少しは目立たないといけないのも分かる。――それでも。


「……っ。他の方法もあったんじゃないですか。」

 何か、微妙に悪意を感じるし!

「――…さぁな。」

 っ!ステップのこと以外考える余裕なく、緩やかにシグルスの腕の中で最後のターンをした瞬間、人垣の中――エルザがこちらを痛いものを見るように見ているのが、目に入る。

 ――エルザ?

 ひときわ音楽が大きくなり、フィナーレを拍手が飾る。

「――…本当に。お前を見ていると、――…かんに障る。」

「――え?」

 

 お前を見ていると、エルザを見ているようで、――…癇に障る。


 割れんばかりの拍手の合間、確かにシグルスは――そう言ったように思えた。

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