白い鳥 12
振り返りながら、エルザを体の後ろに回りこませる。
懐剣も隠されている扇を深く胸の前で握り締めると、奥の植え込みの影から、すっと一人の男が立ち上がった。
「まさか、光の花の正体を、こんなに年若いお嬢さんが当てるとは、思いもよりませんでしたよ。」
かさりと音を立てて近寄ってきた男は、異国の衣装がよく似合う、抜けるように白い肌。うねった短い髪は赤みのある金髪で、きつく弧を書いた細い眉と、にこやかに笑うその顔は、柔和なのに――何故だか小さい時に見た、ピエロの仮面を思い出した。
ばっと扇を広げ、口元と胸元を隠す。
「異国の方とお見受け致しましたが、こちらは男子禁制。――…どなたかは存じ上げませんが、早々にこの場を立ち去られたほうが宜しいのでは?」
そう言いながら、扇の陰――こっそりと開いた胸元に指輪をした指を差し込む。
服の内側、見えない胸の谷間に隠された、巨大な魔石。それにカチンと指輪をぶつければ、服の内側に入念に仕込まれた魔方陣が動き出し――全ての会話を記録する。
『少しでも不審だと思ったら、すぐに発動させろ。お前が死んでも、不審者を解析出来るようにだ。』
何度も言われたセリフを思い出す。
細身の体を異国風の衣装に身を包んだこの男性が、何故ここにいたかは分からない。
それでも、迷い込んで来れる場所ではないことだけは、確かだ。
それともまさかこの衣装は、クリストファレスの……。
自然と険しくなる顔に、男は小さく肩をすくめて、にこりと笑う。
「おやおや。警戒されてしまいましたね。」
「………。」
「――それではレディ。せめて、お名前だけでも教えて頂けませんか。」
「わたくし達に、不審者に教える名はございません。」
笑っているのに妙に威圧感のある男に、ぴしゃりと先手を打って、じりじりと退路を探る。
ほほえむと糸のようになる瞳が、かえってこの男から感情を取り上げて、何を考えているか分からない。
――いっそ悲鳴でも上げてみる?
私はともかく、エルザまで危険に晒すわけにはいかない。
”白い鳥”の周りに配置された、他の”鳥”が近くにいるならそれで良い。今頃この不審者の判別を行っている筈だ。
けれども違うのであれば――それは有効な手立ての一つに思える。
それとも逆に、こんなに早く耳目を集めるのは、囮の役割に影響する!?
思わず目が泳ぎそうになった私の、焦燥と警戒を知る由もなく、男は弓なりの眉をひょいと上げ
「おや。言われてしまいました。」
と、くすくすと本当に楽しそうに笑う。
何、この男。
「いやぁ、結構、結構。――この国に、この庭園以外で興味を引かれるものと出会えるとは。――…わかりませんねぇ。」
にぃっと笑った男の後ろ、夜空にひと際大きな華が、大歓声と共に咲く。
「…ああ、もう時間が無いようですね。――…では、勇敢なる姫君。あなただけで構いません。」
ドーーーンと、遅れてきた重低音が、男の声にかぶる。
「あなたが面白いと思う”光の華”は、どんなものか。それだけで良い。――教えて下さい。」
じりじりとエルザをテラスに向かう小道に押し出そうとしていた私は、一転して真剣になった男の表情と発言に、思わず一瞬きょとんとする。
……面白い――花火?
「姫君は、最初に光の華をご覧になった時に、一瞬酷く詰まらなそうな顔をされ、その後、どんどんと面白そうな顔になり、最後に光の華の構造まで推測された。――非常に、非常に興味深い。」
メインイベントのフィナーレを飾る華やいだ音楽と、次々と空に上がった照明弾のような光に、真剣な男の横顔が照らされる。
――この男は、一体……。
けれども、どちらにしろ迷っている時間は、もう無い。
城内のあちこちから聞こえてくる、盛大な拍手。
イベントの終了を知らせるそれに、気が焦る。――ぐっと腹に力をこめ、
「夜会から抜け出し、見も知らない異国の殿方と話していた事を吹聴されると困ります。――わたくしが話したと言うこと秘密にして頂けるならば、お答え致しましょう。」
気持ち急いて、テラスに向かう道を塞ぐ男に、言い放った。
これで駄目なら、悲鳴の一つでも上げるか。――その覚悟は、あっさりとまた笑顔になった男に崩された。
「――っ。 光の華で素晴らしいと思ったのは、音と光の競演と、邪魔な煙を消し去った技術です。けれども、この光の華は、王城でしか見ることを想定していません。――それが勿体無い。」
「………ほう。」
「煙を後ろに流すというのは、一見合理的ですが、城下から見ると煙幕の向こうで光の華が上がっているのではありませんか?」
「ご推察の通りです。――しかし、困りましたね、レディ。光の華を城下からも同じように見れるようにするのは、構造上無理なんですよ。」
「それは光の華が、平面的な表現しか出来ないからですか?」
「――平面?」
「私が一番美しいと思うのは、城下から見る、王城を背にした”光の華”――ならば、光の華を平面ではなく球状に咲かせることが出来れば、どこから見ても美しい真円の”光の華”が出来上がるはずです」
不審者の動きをしっかりと見据えながら、早口で説明しつつも、テラスから聞こえるざわめきが、変化したことを知る。――本宮への移動が始まったんだ。
「確かに色つきや、色が変わる光の華も美しいかもしれません。 けれども、こんなに美しい城と城下町があるならば、変わった形なんていりません。白一色の真円の光の華が、夜空に咲き誇る。――それだけで美しいと思います。」
「球状――色が変わる。」
細い目を大きく見開いて笑った男が、――それでも約束通り道をあけながら、両手を大きく広げて二度、三度と拍手する。
顔を伏せ、エルザを連れて、テラスに戻る階段に駆け出す、その後ろ――
「もう一度――もう一度、必ずお目にかかりましょう。姫君」
そう聞こえた男の声に、――にぃっと笑った顔が、どこまでもどこまでも、ついて来るような気がした。