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世界のカケラ  作者: viseo
王宮編
93/171

白い鳥 10

 ファンデール王国だけでなく、中央大陸各国で大々的に祝われる、春の花祭り。

 それは重い冬の間に眠っていた、ある風の精霊の目覚めから始まる。

 その精霊が目覚めると、冷たい冬の息吹を運ぶ風の精霊たちが大人しくなり、あるものは眠り、あるものは春の芽吹きを促す精霊へと姿を変える。

 その春を象徴するかのような風の精霊の目覚めこそが、日暦とは別に始まる、その年の精霊月の始まりとなるのだ。


「だから初日の夜は、若い娘にとっては特別な日なんですよ。早く蕾がほころびはじめますようにと、美しく花開きますようにと、願いをかける日でもあるからなんです。」


 そう説明してくれるエルザは、さまざまな意匠を凝らしたランプが照らし出した、幻想的な夜の庭に、うっとりと白い頬を薔薇色にそめる。

 瞳と同じ水色の、いつもより数段上等なドレスに身を包み、共布のコサージュで上げている髪につけられた、小さな宝石の小花たちが、暗闇でも星屑のようにきらりきらりと、愛らしい。

 薄暗闇に浮かび上がる、彼女の少しだけ後ろにえぐられたドレスの形は、品良く出されたうなじを強調していて、彼女独特の可愛らしさと――これから益々色鮮やかになるであろう彼女のほんのりとした色香を解き放っていた。


「それは城下でも?」

「ええ。私達みたいに式典はありませんが、色々な催し物やパレードがあるみたいですよ。この日に婚姻の約束をすると、幸せになれるという言い伝えもありますし、今夜は城下でも大賑わいだと思います。」

「本当に一大イベントなんだね」


 他愛も無いおしゃべりを続けながら、綺麗に整えられた夜の森を進めば、小さな蛍のような光が淡く舞い上がる。

 さくりさくりと進むたび、舞い上がった光が踊る小さな小さな森は、あまりに幻想的で美しく、自分がどこにいるのか忘れてしまいそうだ。

 思わず言葉も無く森を抜けた二人の前で、最後の光は春の夜風にふわりと舞い上がり、夜空へと消えていく。

 消え行く様まで美しいその姿を目で追えば、振り返った森の上に見えるのは、密やかな笑い声のする白いテラス――最上階のホールから続くその大きなテラスは、夜の闇を跳ね返して、今なお昼日中のように明るい。

 そのまま宴のさざめきに耳を澄ませていると、エルザが少し心配そうに問うた。


「そろそろテラスに戻られますか?」 

「んー……。」

 こちらの世界には、腕時計なんて気の利いた物は無い。

 だから時間の経過は、五感を研ぎ澄まして計らなくてはならないわけで。

 テラスから流れてくる楽団の音楽が、まだ穏やかなものだと言うのを確認してから、ほっと息をつく。

「まだ庭の半分も見終わってないし、もう少し大丈夫じゃないかな。」

 庭の散策も予定されている行動だから、心配しないで大丈夫。――その言葉は胸の内に飲み込んで、エルザに笑顔を返した。

 


 ファンデール王城の空中庭園。

 この王城で最も有名な庭園は、階段状の建物の構造を生かして作られた、巨大な空中庭園だ。

 一瞬森に迷い込んだのかと思うほど緑の深い小路、緩傾斜を上手く生かした人工的な崖と、小さな滝まであるかと思えば、芝生の流れる丘まである。

 春には花が咲き誇り、夏には水のせせらぎに鳥が遊ぶ。落ち葉の舞い散る季節を過ぎれば、凛とした水墨画のような静謐な姿をあらわす。

 その空中庭園の一番上には、格式あるホールから続く白いテラスが、城下を見下ろすように広がっていた。


「水の都と言われるくらいだから、庭園に滝があるのは驚かないけれど――それにしても見事な造りだね。」

 シルヴィアの病室から見えた、田園風の庭園も素敵だったけれど、きっとここは空から見たら、白亜の滝が流れる緑の山野に見えるんじゃないだろうか。

 テラスから続く白い階段は、あちこちへと私達をいざない、迷うことを楽しませ、庭園の魅力を存分に披露してくれている。

 そして今、そんな庭園にいるのは社交界に出たばかり――もしくは本当にデビュー直前の年若い貴族の姫君方だけだ。


 本来ならば、社交界に出ていないと言うことは、一人前の女性とみなされていないわけで、通常王城での夜会に出ることは許されない。

 けれども今宵だけは――王族からの祝福授与の式典のあった今日だけは、乙女達の夜会が特別に開かれているのだ。

「でもこんなに素敵なお庭なのに、どうして皆さんテラスから降りていらっしゃらないんでしょう?」

 珍しくすれ違った、赤や銀色のドレスの姫君に緩やかに会釈をして見送りながら、エルザは不思議そうに小さく呟く。

「あー……、そうだねぇ~。」

 暗闇が怖いのかもしれないねと、笑顔で適当なことを返すけれど――本当は違う。


 昼間に行われた『王族による、乙女達への祝福授与式典』なんて、名前だけ。

 祝福授与と言う名のもとに、まだ社交界に出る直前の――顔や名前が売れていない初々しい未婚の貴族女性を親から放して集める――それはつまり、ここが年若い王族のための、未婚女性の物色場だと言うことを示す。

 そしてその後にテラスで行われている、この乙女達の夜会もまた、見事な眺望を持つ巨大庭園を望むダンスホールや小部屋から、こっそりと覗けるようになっているのだ。

 当然それを知っている少数の権力を持つ人間達は、この夜会に出る姫君方に忠告するはずだ。

 夜になっても最も光の当たる、最も美しく見える白いテラスから――出ないようにと。


 だからこの美しい庭園を歩いているのは、それを知らない姫君方か、知っていても好奇心を抑えられなかった、極少数の無邪気な姫君ばかり。

 権力者の姫君がテラスから動かなければ、追従の姫君も動くはずも無い。

 結果、殆どの姫君方が、テラスの上でこれから始まるイベントを、今か今かと待ち続けているわけだ。


 私から見れば、白い巨大テラスで、色とりどりのドレスと宝石に身を包み、くるりくるりと咲き乱れる美しい姫君たちは、まるでドガの踊り子だ。

 それを舞台裏から見る黒い男に、運命の手綱を握られながら、それでもそこで舞い踊る。

 己はここにいるのだと、――運命を勝ち取るために、一族の命運を背負って、咲き誇る。


 そんな事を考えていると、ふいに、テラスから流れていた音楽が――一斉に止まった。

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