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世界のカケラ  作者: viseo
王宮編
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白い鳥 9

 後になって思えばあの夜が、確かに運命の分かれ道だった。

 悲痛な覚悟も、ゆるぎない決意も、決別すら、あの夜に選んだ道の先にあった。

 けれども勿論そんな事を知るすべも無く、時の砂はゆっくりと降り続ける。


 そしてあの夜のことは、私だけではなく、二人の男達にも変化を促した。

 喧嘩別れしてしまったレジデとフォリア。

 あの日を境に、どんなに忙しくても、どんなに短時間でも、何とかやりくりして3人で会っていた時間が、一切無くなってしまった。


 仲違いした二人を仲直りさせようとしても、時間が合わないだけと、にっこりとかわされれば、それ以上追求出来ない。

 無理に話を続けようとすれば、二人ともさらりと話題を変えてしまう。

 実際、時間も気持ちも余裕が無い私に、それ以上のことは出来なくて。

 掛け違ったボタンを、どう掛け直して良いのか。

 その答えが出ないまま、気がつけば、あっという間に時間は過ぎてしまった。


 そしてもうひとつ大きな変化があった。

 何と、春祭りの初日、エルザが私に就く事になったのだ。


 エルザは私が”鳥”だとは知らない。

 けれども、毎日必ずシグルスの宿題を手伝ってくれていたエルザが、私の顔色の悪さについに切れた。

 ある夜、これ以上は見てられないと、シグルスに食って掛かって大揉めに揉め、

「病み上がりで記憶が欠落しているアーラ様が兄様の下で、ここまで過酷な勉強をしているのは、私に言えないお国のお仕事のせいなのだと、分かっています!!――けれどもこのままなら、またアーラ様は倒れてしまいますわ!! 私も春祭りに王城に伺候出来る程度の立場を頂いておりますし、同行させて下さい。決してお邪魔になりません!」

 と、直談判したのだと、苦い顔をしたシグルスから聞いた。


 勿論その程度で「はい。良いですよ。」と、普通なら話が進むはずが無い。

 けれども戦略上、三日続く春祭りの初日は、フォリアのエスコート無しで、夜のパーティに参加すると決まっている。

 初日は身分不詳の状態で、誰が私に近寄ってくるかを調べ、二日目、三日目はフォリア・ネル・ウィンスが後見しているアーラ姫として、誰が近寄ってくるかを調べるんだとか。


「野性では、間違って白く生まれてしまった奇形の鳥は、周囲にまぎれることが出来ず、様々な外的に狙われ、子孫を残せず命を落とす。――お前を表す”白い鳥”と言うのは、そういう符丁だ。………危険だと言う自覚を、十分持て。」とは、騎士団長様シグルスの言。

 白い鳩みたいなものだろうか。

 ま。本当に、すがすがしいほど「囮」な訳で。


 けれども、いくら囮とは言え王族にも近しい「シルヴァンティエ姫の養女候補」の私を、流石に完全に一人にはしておけない。

 初日の夜会は、催し物の性質上、幅広い貴族階級の若い女性が集まる。

 そこで不自然でない程度に、「同世代」の「同じく身分不詳気味」の「貴族女性」を、付き人として探していたところに、エルザのその直談判。

 それは、シグルスの本意を超えて、付き人選びに難儀していた”組織”に拾い上げられ、決定され、最終的に渋るシグルスに上から圧力が掛かったのだと、フォリアが教えてくれた。

 

 エルザが初日の同行者であるというのは、私にとっては申し訳なさに打ち勝ってしまうほど、正直嬉しかった。

 彼女の洞察力や知識は、得難いもの。

 だけどそれよりも、柔らかく人を包む笑顔が、極度の緊張を強いられている私には、砂漠の中の一滴の水のように、心底ありがたかった。


 * * *


 そうしてさらさらと、時の砂は落ちてゆく。

 沢山の人間の思いを知らぬように。 

 

 あの一夜から、色々なことが大きく変わった。

 私の気持ちも、環境も。

 ――記憶が無くても、愛されて育った。

 その言葉は、二重の意味で母親を殺したと思っていた私の心の奥に、するりと滑り込んだ。

 私ですら御し得なかった、胸の内に巣くう荒れ狂う獣。

 レジデが落とした言葉は、その奥深くに沈めていた獣の前に辿り着き、何をするでも無く、ただ静かに寄り添う。


 同情でも、憐憫でも、叱責でも無いその言葉が、私にもたらした変化は、小さく――そして大きい。

 全てが終わったとき、前から消える私を、きっと二人は許してくれないだろう。

 一人で生きていく道は、きっと想像を絶するほど困難な道。

 けれども、二人が示してくれた覚悟と、シルヴィアがくれた愛情が、その困難な道を照らす光となってくれる。

 今はただ、何としても花祭りを成功させること。

 それだけが私に出来ることだろう。


 そうした変化を飲み込みながら、ついに私たちは、花祭りの日を迎えた。

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