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世界のカケラ  作者: viseo
王宮編
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白い鳥 5

 絶句する私の前で、とつとつと話すレジデの姿。

 ――市井で暮らさせるのは無理だが、社交界に出すこともなく、今の生活ならば守ってやる――

 その姿に、そう言ったフォリアの言葉を思い出す。

 あれは、現状をキープすると言う意味ではなく、現状を死守してやると言う意味だったの?

 彼の覚悟すら読み取れなかった自分に、自己嫌悪とちりちりとした焦りに似た気持ちが駆け巡る。


「少なくとも、ユーン家は本気です。……このままだと、遠からずトーコの身柄はユーンに移されるでしょう。」

「そうなれば、生かすも殺すも、嫁がせるのも、ユーン総家次第なのね。」

「そうですね。それこそ、陛下の取り成しが無ければ、確実に流れはそうなります。――フォリアだってそれは分かっている筈なのに……一体何を考えているのかっ」

 静かに話し続けながらも、激情を押さえ込むように、膝の上でこぶしを握り締めるレジデ。

 ああ。あの時、星空の下。フォリアは何て言っていた?


 ――そうして容疑が晴れてから、お前と同じように、とある願いをかなえてもらう為、陛下の御前に願い出た。


 私がシルヴィアの自由をフェルディナント二世に願い出たように、フォリアが猟犬になっていたのにも、理由がある。

 フォリアが自分の立ち位置も考えないで、動いたとは思えない。

 レジデは私が囮になる話は知っているけれど、フォリアが猟犬である事は知らないはず。

 彼には彼の、レジデが知らない勝算と事情があるんじゃないだろうか。


 そう続けようとした私に、うつむいていたレジデが顔を挙げ、ひたと私を見つめる。 

「驚かしてすみません。けれどもトーコ、先程の話は決して脅しではありませんよ。――もし今後、思っているように事態が動かなければ、アーラ姫が最悪ユーン家に身柄を渡すことになった場合、どうするつもりですか?」

「それは……」

「――…最後の手段として、フォリアの子どもをアーラ姫が妊娠する覚悟があるのですか?」

「ちょっ、」

 レジデは、そのぬいぐるみのように可愛らしい姿で小首をかしげながら、これ以上内ほど物騒な発言を続ける。


「冗談だと思いますか?トーコ。何度でも言います。――フォリアが生きる世界は、国を作る中枢機関。一度その”場”に参加してしまえば、アーラ姫が戦力として魅力が無くならない限り、誰もが利用しようとするのは自明の理です。ここはトーコの国とは違う。――私とフォリアの身分は違うのです。」


 琥珀色の静かな瞳。

 今まで身分は違えど対等な立場だと思っていた二人が、相容れない、それぞれまったく立ち位置の違う二人の男なのだと、重い言葉となって私を打つ。

 その二人の明確な立場の差を示されたことで、私は紡ぐはずの言葉を失った。


「トーコ。しがない貧乏学者の私には、確かに貴方を安全に囲い込めるほどの、十分な財力はありません。それこそ、身に着ける一枚のドレスすら無理でしょう。……けれども、王侯貴族の考え方が、まったく分からないわけではありません。このままなら、確実にトーコの望まない生き方のレールに乗る。……そして、そうなったら私が助けることは出来ない。」

 吸い込まれそうなほど真剣な、琥珀色の瞳。

 ――やめて。やめて。もうやめて。

 ずっと胸の奥でちりちりとざわめいていた気持ちが、タガが外れたように、ぶわりと大きく膨れ上がり、私を締めつめる。

 見ないようにしていた、胸の奥で上げ続ける悲鳴が溢れ出て、鋭い刃となって身を刻む

 ――お願いだから、もうやめて。それ以上先を言わないで。


「今のフォリアが何を考えているのかは分かりません。…けれども、フォリアはトーコが来てから変わりました。――トーコの自由が”それ”しかないのであれば、後見人女性に手をつけたという、失脚覚悟の汚名を着てでも、アーラ姫を自由にするでしょう。けれどもそれでは、結局トーコは籠の中の鳥だ。今ならばまだ間に合います。」


 このまま逃げましょう。


 真剣な眼差しでレジデがそう口にしたその瞬間、私の世界から一瞬音が消える。

 変わりに胸の内に荒れ狂う、一つの強い感情は、息もうまく出来ない程の、強い焦りだ。

 自分の全てを投げ出してでも私を守ろうとしてくれている二人の姿に、私はいつしか逃げ場を失ってしまっていたのだと、今初めて気がついた。


 ――私の為に何も失わないで。私の為に”世界”を壊さないで。 


「心配してくれて、ありがとう。でもレジデ。……それでは何も解決しない。時の館が完全封鎖されて、帰る可能性が皆無に近いなら、益々私は逃げれないよ。」

 胸のうちで叫び続ける、何か。それに無理やり蓋をして、ようやっとレジデに言葉を返せば、やはり聞かれてしまいましたかと、レジデは苦しげに眉を寄せた。



「しかし、時の館が壊されたわけではありません。まだ方法はあるはずです! けれども、このまま貴族社会の一員に組み込まれてしまえば、帰る道を探すことすら出来なくなります。」

 たとえ何年かかろうとも、市井にいさえすれば、帰る道は探せるはずですとレジデは続ける。

「……それとも――帰郷の道を閉ざしてでも、そこまでして、シルヴィアを助けたいのですか?」

 それともと、レジデは何故だか痛々しいものをみるような瞳で私を見つめ、続ける。


「そこまで亡くなった母君と、シルヴィアは似ていたのですか?」

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