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世界のカケラ  作者: viseo
王宮編
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白い鳥 4

 レジデは、知らない。

 ”鳥”になるのを辞退する気が無いかと、フォリアが本気で心配してくれていたのを知らない。

 だからフォリアが今回の一件の後押しはしていない、それでも私が意志を曲げなかっただけなのだと、口論している二人の誤解を早く解かなければいけない。

 そう思うのに、その気持ちはそれよりずっと強い、虚無にも近い脱力感に、頭の隅に追いやられ指先一つ動かせない。


 そのまま、どの位時間がたったろう。

 久しぶりに無性に煙草が恋しい気持ちで、呆然と遊戯室のソファにへたりこんでいた私が、ぼんやりと思いを馳せていると、ガンッ!と大きな音を立てて、近くの扉が開いた。


 憤りもあらわに入ってきたレジデと、急に明るくなった視界に目を細めた私に、トーコ。と、レジデの口が驚きを示す。

「レジデ……」

 ぱたりとドアが閉まるまでの、一瞬の気まずい空白が、お互い聞かれたくないことを聞かれたのだと、そしてそれを誤魔化しきれなかったのだと、知らしめる。

 何て言って良いか分からないまま、無意識に立ち上がった私の膝の上から、ぱあっとカードが道を作るように滑り落ちた。


「あ……。」

「――ヴィンイス子爵。……ユーン新公爵と親しい交流がある、アルティメル公爵派閥。穀類の倉庫といわれるカプスナ地方の領主。 大商人シュスリス。……外交官ソウ・ファール。カルディス、ベディット、――シャーナウ、…ループ。」

 拾ったカードに書かれた文字を、ぱらぱらと読み上げる静かなレジデの声が、こんなにも怖いと思った事は無い。

「トーコ」

 静かに上げられた琥珀の瞳が、怒りと焦りで色鮮やかに、きらりと光る。

「どうして貴方がこんなものを、覚えなくてはならないのですか。……何故、こんな事を了承したのですかっ!」

 カツカツと近寄った彼に、カードの残りを持っていた方の腕を、強く握り締められる。

 間近に見る、初めて目にしたレジデの怒った顔。

 彼の手の中で、カードの一枚がピシリと折れた。


「……ごめんなさい。必ずレジデを巻き込まないように、」

「俺が言いたいのは、そう言う事じゃないっ!」

 頭を下げて言いかけた言葉は、押し殺した怒鳴り声に、かき消される。

「………ごめん」

 心配されるとは思っていた。怒られる事も反対される事も覚悟していた。

 けれども、ここまでの――口調すら変わるほどの、噴き上げるような怒りを、目の当たりにするとは思っていなかった。

 先程のショックも手伝って、ただ謝る事しか出来ない私に、うめき声と共に、怒鳴ってすみませんでしたと、やりきれない声が押し出されるようにして漏れる。

 そのまま向かいのソファに座ったレジデとの間に、気まずい沈黙が流れた。



 向かい合って座った二人の間に、時計の刻む音だけが響く。

 その重苦しい空気を動かすように、先に口を開いたのはレジデだった。

「トーコ……一度でもシルヴァンティエ姫の養女候補になると言う事が、どういう事だか分かっているのですか。」

 それは、火の粉が降りかかるのを承知で囮になる。と言ったことだろうか。

 そう答えた私に、ちらりと苦笑いに近しい、少し寂しそうな笑みが浮かぶ。


「トーコは凄いです。……テッラは豊かな国です。

 飢えることなく勉学にいそしめる国家基盤。こちらでは目もくらむような高値の品物が、安定して安価で購入できる流通製造網。……そんな世界で育ったトーコが、本来の世界に近しい生活レベルを欲しても不思議ではないのに、貴女からそんな素振りを見たことは一度もありません。」

 ですからトーコにとって、ウィンスやユーンの名やシルヴィアの財力が魅力的だったとは私も思ってませんと、静かに続ける。


「――…けれども他の人間にとっては違います。王侯貴族の女性は、最も有効な戦略カードの一つだ。それも婚姻・出産をもって初めて意味をなす、強力なカード。」

 婚姻と言うところで瞳に強い意志をきらめかせ、レジデはその手に持ったままのカードを握りつぶす。


「実際、今もユーン本家がアーラ姫に並々ならぬ興味を抱いているのを、フォリアが必死に跳ね除けているのをご存知ですか。」

 ユーン本家が? 

「クリストファレスのスパイ容疑という、国家を転覆しかねない疑いを晴らす事で、ユーン総家は必死です。だから今、トーコはこの館にいる事が出来る。」

「………っ」

「それでも、一端事が収まってしまえば、十分な財力と不確かな立ち位置のシルヴィア。そして、それに連なる身元不明の年若いアーラ姫。その後見人代理のフォリアは、その出生の複雑さから、決して社交界で堅固な立場ではありません。」

「ちょっ、だって私の後見人代理にフォリアがなる条件に、身柄をユーン家に渡さないと言うのがあるはずでしょ?」


 緋の間の会議で、最後にその旨を記載した書類にサインまでしたのだ。

 いくら大貴族とは言え、そうそう簡単に覆される程度では法治国家とは言えない。

 ファンデール王国は立憲君主制の法治国家のはずでしょう!?

 そう言葉を返した私に、レジデは苦笑いを返す。

「ええ、勿論ファンデール王国は王と議会から成り立っている法治国家です。ですが、トーコと似た顔立ちの中年女性が出てきたら?」

「………え?」

「そうですね。ユーン総家の一員の、それなりに身分は高い黒髪の壮年男性――…跡継ぎ問題にならないように、適度に次男辺りが良いですかね。その男性と、正妻に知らせていなかった日陰者のトーコに似た中年女性が、涙ながらに議会に直訴したら?」


 いつもの様ににこやかに笑う、レジデの瞳が、ぞっとするような真実を告げる。

「そしてその女性が、もう没落した、後ろ盾の無い、名だけ高い高貴な女性の名を語ります。」

「……っ。そんなに簡単に、そこまで都合の良い男女を連れてきたら、当然入念に調べられるでしょう!?」

「では、その身分や経歴が詐称ではなければ?――彼らが嘘をつくのは唯一つ、トーコが自分達の子どもであると言うことだけです。」

 いつもの柔らかさで話すレジデに、それが決して彼らにとって不可能な事柄では無いと知らしめる。

 そこまでユーンの力は強いのか。

 ぞっとしながらも、またいつもの理解し得ない「身分」と言う壁にぶち当たる。

「しかも不遇のシルヴァンティエ姫の所にお預けしてから、よほど娘を気に入ってくださったのか、殆どその後連絡も取らせてもらえず、心配しておりましたと、涙の一つも流しましょうか。これでどうやって拒否が出来ますか?」

 小さく肩をすくめたレジデが、ふわりと笑う。


「……彼らはその気になれば、姫君二人を、如何様にでも、ユーン家のカードにする事が出来るのですよ。トーコ」

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