表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界のカケラ  作者: viseo
王宮編
86/171

白い鳥 3

 王宮から帰って泥のように眠った私が、ふと目を覚ましたのは、草木も眠る丑三つ時。

 一日がかりで色々頭に詰め込んだ後、今度は王宮へ行って、緊張しながら右往左往。

 ようやっと開放された頃には、心身ともにくたくたで。


 どうやら風呂上りの肉厚のバスローブのまま、ベッドにもぐりこんで熟睡してしまったらしい。

 ふわあと大きくあくびをして、体を伸ばせば、ぐきゅ~~~~と鳴るお腹の音が辺りに響く。

 そう言えば、夕飯を知らせてくれたり、一生懸命着替えさせてくれようとしてた気がするけど、どうしても起きれなかったんだっけ。

 そう思って辺りを見渡せば、部屋の片隅のサイドテーブルには夜目が覚めた時用にと、軽食の乗ったトレイが置いてあった。

 中々メイドさんを呼べない私に、こうやって細かいところまで気を使ってくれているのが、ありがたいやら、申し訳ないやらだ。

 

 折角だし、少し宿題を進めようかな。

 ふもふもと、ひとしきり飲み食いしてから、試験直前のように唐突に思いつく。

 暗記物は回数目にした方が絶対覚えるし、仮眠もとってお腹もいっぱいになった。やれる内にやっておこうかな。

 そう思って、持ち帰ってきたカードのデッキを手に取ってから、部屋に地図が無いことに気がついた。


 しまった。これ、地図がないと片手落ちなんだよね。

 明日の朝、メイドさんたちに用意して貰うかな…。

 そう思ってから、ふと考え直す。

 地図の一冊ぐらい書斎か遊戯室にはあるだろうし、自分で取りに行っても良いよね。

 まぁ……たしか、前回それで痛い目みてるよなぁと、ちらりと灰色狼の姿が頭を掠めるけれど、そこはほら、この館で短剣突きつけられたり、首絞められたりってことは無いだろう。

 そこまで考えてバスローブから着替えてから、私は夜の廊下に滑り出た。 

 


 さてと。

 書斎か遊戯室どちらに向かおうかと考えて、近いほうの遊戯室に足を向ける。

 遊戯室は日当たりの良い、少し長めの部屋。

 中庭を囲むようにL字型に折れていて、部屋の端にある扉側には、ビリヤード台のような重厚な卓上球技のテーブルが広く取ってある。

 構造上見えない部屋の反対側には、カードやチェスのようなゲームが楽しめる場所と、書棚や居心地の良い小さな暖炉。

 そして中央にあたる直角の部分には、小ぢんまりとしたミニバーなんかもあって、中々お洒落な部屋だ。


 そのちょっとした読書用の書棚に、見やすい大判の地図があったはず。

 そう思って静かに扉を開け部屋を進んで、書棚の前に立つ。

 たーしーかー、この辺かな?

 こちらの世界で、詳細な地図はもっとも高価な書籍の一つ。各地が細かく載せられている地図帳は、大抵仰々しいほど重い。

 薄暗い部屋の中でしゃがみこんで、適当に下段の書籍に手を伸ばしかけて――ふと、何か空気が微かに振動するような感覚を受ける。

 二度、三度と感じるそれを、不思議に思うのと同時に、ふいに、隣の部屋が以前ロワン老魔術師と対面した応接室だと気がついた。


 あ、れ?……。もしかして――…誰か、起きてる?


 この部屋の小さな暖炉の影には、隣の部屋の声を拾う管が隠されていると、ロワン老が来た時に教えてもらったっけ。

 そう思ってよくよく見れば、暖炉の飾り石の一つだけ、微妙に色が違う。

 まるでシルヴィアの館で見たような魔石みたい――そう思って、深く考えずにその石に指を伸ばした。

 すると、


『どうして、トーコを王宮の陰謀に巻き込んだんですかっ!』


 その瞬間。耳に入ったのは、これ以上無いほど怒気を孕んだ、聞いたことも無い怒鳴り声。

 レジデ……?

『それはさっきも説明したろう。陛下御自らのお出ましだ。――…確かに謀ったのはあの狸かもしれんが、選んだのはトーコだ。それをどうして阻止出来る。』

 そしてそれに対する声は、配管越しで幾分くぐもってはいるけれど、予想通りのフォリア声だ。

 その突然始まった二人のやり取りは、まるで予想もしていなかったタイミングで、いきなりテレビがついたかのような衝撃を私に与え、唖然とする。


『それは詭弁でしょう!』

『ならば、どうしろと?まさか、陛下との間に割って入るわけには行くまい。』

『……フォリア。――私は貴方という人を良く知っている。本気で彼女を関わらせたくないのであれば、如何様にもやり様はあった筈です。違いますか。』

『これはこれは。お前にそこまで褒められるとは、思わなかったな。』

 一転して、押し殺したような声で話すレジデと、いつもと同じ飄々とした口調のフォリア。けれどもそのフォリアの声も、いつもと違って少し重い。


『ふざけないで下さい!フォリア。私は納得がいきません』

『そうは言っても、本人が選んだことだ。他人がとやかく言うことじゃないだろう?』

 どんどん剣呑になる二人の声に、思わず居ても立ってもいられず、立ち上がる。

 ちょ、ちょっと!止めないと!


『――…っ!ですからっ!どうやって、彼女が一人で冷静な判断が下せるんですかっ。 今の彼女は、時の館にいた時よりも、ずっと余力がない。必死に虚勢を張っている。それももう無理矢理にだ!! ――貴方だって、もう彼女が限界に来ているのは分かっていたでしょう!』 

 ――え?

 その悲痛ともいえる叫びに、思わず隣の部屋に行こうとしていた私の意思が大きく削がれる。


『――…思いつめた瞳と、口角を上げるだけの微笑。政治政局についての話には、熱心についてこられるのに、異常なほど自分のことに無防備、無関心。男にこれ見よがしに鎌をかけられてみても、明らかに無意識に目をそらす。――限界とは、そういう現状のことか?』

『これ見よがしにって…。……彼女に何をしたんですか。』

 ミシリと、音が混ざった。


『そう怖い顔をするな。何もしておらん。…たしかにシルヴィアの館にいた時に、やり取りをしていた頃の彼女からは、ここまでの危うさは感じなかった。それは俺も認める。――しかし過酷になっている現状から目をそらしても、何も始まらないだろう?』

『最近、ようやっと笑顔が戻ってきたのに、また追い詰める気なのですか。』

『トーコは本当の少女ではない。無条件の保護を徹底して嫌うのはお前も知っているだろう。現状を理解させて、こちらに馴染ませるべきだ。――その為にも、シルヴィアの養女になる可能性も、ウィンスで今後も保護する可能性も、皆無にするべきでは無い』

『――っ!反対です!』

 ガン!と、殊更大きな音が、ひとつ。


『リバウンドの可能性が減ったのだから、兎に角、姿を隠すべきです。シルヴィアの意識が戻るまでこのままで、とは私も思っていましたが、こうなれば話は別です。――…確かにトーコ市井では目立つかもしれない。けれども、いくらでもやり様はあるはず。』

『冷静になれ。お前らしくも無い。』

 これ見よがしな、大きな溜息。

『――大体、まったく戻る目処が立っていないのに、何故そこまで思える。 元の世界に戻すのは無理な以上、現実から目を背けるべきでは無い。本人も王都で働くのが難しいと認めたぞ。』

『――そうやって、彼女の退路を断つ必要があったのですか。見損ないましたよ、フォリア!』

 少しイラついたようなフォリアの声に、唸るような声がかぶる。


『今のトーコが、館にいた時よりも精神状態の悪化が見られるのは俺も認める。しかし、はっきり言おう。――あいつはもう、元の世界に戻れない。』

『戻れる可能性が、皆無な訳ではありません!』

『どうやって、だ。……もう既に”時の館”は完全封鎖された。少なくとも、この警戒態勢が解除されるまでは、お前だって館で研究する事は出来ない。だからお前も、なけなしのテッラの文献を読むために、最近はユーンの本家にまで足繁く通っているのだろう。』

『………。』

『少なくとも、現状で彼女を市井に隠すことは、俺は協力しない。彼女の身をかえって危険に晒す。』

『……っ!!』

『それに、もしお前に何かあってみろ。今度こそ、トーコが耐えられんぞ』

『………。』

『さっき話した、シルヴィアへの異常な執着を見れば、お前に王宮の疑惑の目が向けられて拘束でもされてみろ。心身ともに弱きりったあいつは、今度こそ精神のバランスを崩したっておかしくない。』

『それは、』

『お前とシルヴィアと、自分の心の平穏を守る為に、あいつが自分で選んだ道だ。……レジデ。もうお前が望む形で、彼女を保護することは出来ない。――いい加減、認めろ。』


 その音を最後に、カチリと音をたてて、それ以上続く口論は私の耳に届かなくなる。

 隠しスイッチを無意識に切った私は、そのしゃがみ込んだ姿勢のまま、膝に顔を埋める。


 ――時の館が、完全封鎖。

 ――元の世界には戻れない。

 二人の怒鳴り声と、二つのキーワードがぐるぐると頭を駆け巡る。


 ああ、もう。ほんと、まいったな。

 髪をかき上げた手の下で、ため息よりも先に、乾いた小さな笑い声と自嘲の笑みが、静かに漏れた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ