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世界のカケラ  作者: viseo
王宮編
84/171

白い鳥 1

 カルディス、ベディット、カエルダン。

 ええ……と。……ユリエンス、リュネット、ギフレイス。

 それからアールド、シャーナウ……ソルレイ、ループ、クルドース。

 スティルタン、オルリー…ト?ト?ド?

 ラングが来てファンタレス。あと最後に……東のビンニス!


「3点」

 眉間にしわを寄せないよう、空を睨みつけないよう、何とか笑顔を湛えたまま50名近い人名を並べ立て終わった私に、アイスブルーの瞳と同じく情け容赦ない一言が降る。

「最後の20人がまだ怪しい。ビンニスではなくヴィンイス。それとオルリートではなくオルリード、だな。」

 ぐっ。

 何十回と繰り返した口頭テストの失敗に、思わずがっくり疲れて、作り笑いも引っ込む。

 ちっくしょ、今度こそいけると思ったんだけどなぁ。

 オルリード、オルリード、オルリードと、間違えた名前をぶつぶつ唱えながら、宙をにらめば、気分はすっかり初めて九九を覚える小学生だ。


 そんな私の前に、ばさりと音を立てて、ぶ目厚い紙束が机の上に置かれた。

「何度も言うが、これはお前が春祭りで最低限会う人物のリストだ。――”鳥”となる以上、完全に覚えなければ意味が無い。」 

 はい。分かっておりますよ、コーチ。

 いや軍曹。と、胸のうちでこっそり呼んでシグルスを見上げれば、相変わらずの氷を閉じ込めたような、冷徹な瞳と目が合う。


「時間が無いのは分かっているとは思うが、せめて本日夕方までに、最重要人物の名前と略歴は暗記しろ。」

 書棚から幾つもの資料を並べた指導役は、さらりとスパルタな事を言いながら、私の記憶が怪しい人物たちの領地をもう一度、指で指し示しながら確認を取る。

 その説明は分かりやすいものだったけど、流石に人間、記憶力には限度があるぞ。


「努力はします。ですが、せめて暗記は今日中じゃ駄目なんでしょうか。」

 やる気はあるんだ。やーるー気ーはー。

 何せここは時の館と違って、記憶定着の魔法とか出来ないわけで、これ以上無いほど真面目にやっているつもりですよ。

 とは言え、朝一から連れてこられたシグルスの館で、エルザと感動の再開もつかの間、ノンストップでスパルタ教育を施されてみい。

 午後にもなれば、煙も上がる。

 マジで少しは宿題にして欲しい。


 そう思った私に、シグルスは潔癖そうなくっきりとした眉を、片方上げて一言。

「音を上げるには早いぞ。最終的にはこの倍の人間の経歴を覚えてもらう予定だ。」

 はうっ。……マジ、ですか。

 今度こそ、がっくしと頭が垂れる。

 行儀作法でワルツを覚えろって言われるよりはマシだけどさ、こっちの名前に慣れてない私からすると、結構な苦行ですよ。

 カンペ作ったら駄目かね。


 そんな煙を上げている私を、いっそ見事なほど華麗にスルーしたシグルスは、ちらりと時計に目を走らせる。

「これから毎日勉強会は続けるが、今日の夕方は王宮に登城する。もう大して時間は無いぞ、集中してやれ。」

「今日もお城に行くんですか?」

 うおい。聞いてないですよ。

「お前の当日の役割は目立つこと、そして情報を仕入れること、この二点に尽きる。――が、他の人間はそうはいかない。お前を中心に組み直された事柄も多い。……最低限の”鳥”への面通しをする必要がある。」

 ああ。なるほど。

 春祭りまで日は無いし、写真を撮ってメールで送れるって世界でもない。

 他の”鳥”と面会とまでは行かなくても、遠目から私の姿かたちを見せといたほうが良いって事なのかな。

 私も当日、王宮で迷子になりましたじゃ、話にならんしなぁ。


「とりあえず、次の鐘がなるまでにもう一度来る。それまでにこの分だけは完璧にしておけ」

 分厚い紙束の中から、最重要人物の略歴を手早く抜き出しながら、目の前の机に並べられる。

「あまり細部を知りすぎれば害にもなるが、最低限のことは覚えてもらわねば、こちらとしても遣りようが無い。少なくとも足手まといに成らぬよう、注意しろ。」

 表情と同じく、言葉もそっけないほど無表情。

 けれど、何て言うのかな。

 以前みたいに不審がられているわけじゃないのは、肌で感じる。

 前は、お互い平然と話していても、一瞬の隙を狙って襲い掛かられそうな、見えない何かと戦っている感じが、いつでもあった。

 今はそういった無言の圧迫が無いせいか、以前だったらカチンときていたこの物言いも、特に気にならなくなってきたぞ。


「返事は」

「……鋭意努力致します。」

 とは言え、今度はそれがなくなった代わりに、スパルタ教官モードが入った気がするけれどな。

 まぁ、前よりはマシだと思おう。

 雰囲気としては、やんちゃ坊主が交番でお巡りさんの前に座っていた気分から、使えない部下を持った上司の前で、居残り残業させられているサラリーマンってところか。

 幾つかの指示を出して、部屋を出ていく灰色狼の後ろで、改めて渡された紙束の厚さに、こっそりと、もう一度ため息をついた。

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