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世界のカケラ  作者: viseo
王宮編
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春の宴 12

 僅かな逡巡の後、私が出した結論は、茨の道を突き進むものだった。

 自分の決断の重さに押しつぶされそうになりながらも、跪く二人の前でフェルディナント二世への忠誠を誓う。

 最後に星の紋章の指輪に口付けをひとつ落とし、契約は終了だ。


「シグルス。まだ飛べぬ、生まれたばかりの鳥だ。そなたが上手く導け。」

「はっ」

「フォリア。花祭りまで時間が無い。至急、銀の籠を用意せよ。ユーンの名は出すな。」

「はっ」

 二人の張りのある豊かな声が部屋に響く。

 ――道は引かれたのだ。


 くらりと感じた眩暈にも似た重責感に、逃げ出さまいと一度ぎゅっと目を瞑る。

 話は終わったとばかりに、音も無く立ち上がった国王が、ふと、膝をついたままの私の傍に寄り、影を作った。

 頭を垂れる隙もあらばこそ、見上げる私の頭に感じた大きな手。そして二度三度と、頭の上で小さく跳ねたその手の暖かさ。

 最後にするりと頬に手を当てられて、ようやく自分が微かに震えていたことに気がついた。


「――主をシルヴィアが愛でたのも分かるな。」

 その思いがけない言動に目を見張ったままの私に、どことなく少年の様な面影を残した国王は、ちらと太い笑みを見せる。

「シグルス、フォリア。白の小鳥は、シルヴィアの気に入りの鳥だ。――損なう事の無いよう、しかと守れ。」

 言葉を残して、そのまま去る後姿に慌てて頭を深く垂れながら、その暖かさに何故だか泣きたい気持ちになった。



 * * *


「トーコ。お前、何を考えている。」


 それは、帰りの馬車の中。

 予定通りにシルヴィアの見舞いを済ませて王宮を出るまで、一言も口を利かなかったフォリアの、開口一番の発言だった。

 今日起きた緊張を強いられる数々の出来事で、うまく頭が働いていない私が顔をあげると、怖いほどの真剣な表情でこちらを見つめるフォリアと目が合った。


 何故、国王に食って掛かったのか。何故、勝手に”鳥”になることを了承したのか。

 そう叱責されると思っていた私の予想と反して、その表情に責める色は無い。

 けれども、フォリアの瞳にはもっと別の、ひとつの強い感情の色が支配しているのが見えた。

 それは言うなれば、焦燥…だろうか。


「勝手な事をして――、ごめんなさい。」

 口を開いて、でも言える事などあるはずも無く。

 ようやっと出た謝罪の言葉と共に頭を下げれば、フォリアが小さな溜息をついて、くしゃりと髪をかき上げた。

「違う。そういう事を言いたいんじゃない。」

 窓の外を眺める少しイライラした表情に、驚きつつも何故だか場違いな感想が、ぽつりと胸の中に浮かぶ。

 ――こんな顔、はじめて見たな。


 育ちのせいか、立場のせいか。

 私の知るフォリアは、いつだってどこか余裕のある姿ばかりで、到底同世代には思えなかった。

 常に自分以上の責任を負うてると言えばいいのだろうか。

 陳腐な言い方をするならば、彼は私にとって”大人の男”。そしてそれに対して私は庇護される身だ。

 到底自分と比べて、同世代とは思えるわけがないよ。


 けれど今はじめて見る彼の様子に、実は殆ど変わらない年齢の人間なのだと、実感を持って私の胸を打つ。

 それは驚きと、親近感と、そして微かな落ち着かない気持ちとなって、私の中を駆け巡る。

 二人とも言葉は無く――暫く景色と共に、ガラガラと言う馬車の音だけが、緩やかに流れた。



「……お前がシルヴィアを解放してやりたいと思って、あの選択をしたのは分かる。 ロワンの策略があったとは言え、お前が何を思って、何故陛下に食ってかかったのかも、分かるつもりだ。」

 いつから私達の話を聞いていたの?

 ぼそりと、先に沈黙を破ったフォリアは、驚きで小さく目を見張る私の前で、だからこそ分からない。と、深い海の色の瞳を私に向ける。

「何故、そこまでシルヴィアに肩入れをする。」

 静かな、けれども力強いフォリアのその思ってもみなかった言葉に、私は強く息を呑む。


「ロワンもシグルスも、陛下ですらお前がまだ”少女”だと思っている。だからお前が必死にシルヴィアに肩入れするのも、長年隠れ住んでいたであろう――育ての親に対するものとして考えれば、正常だ。」

 静かに話し始めた低い声。 

 その真摯な声は、何故だか逃げ出したい、耳を塞ぎたい衝動に絡め取られた私を、許さない。

 身を乗り出して、まっすぐ見つめるフォリアの瞳は、私の少しの変化も見逃さまいとするように、私を絡め取る。

「…けれども、お前がシルヴィアと過ごした日々は、半年にも満たない。」


 フォリアの言っている事は、何も間違っていない。

 彼には、何も隠す事なんて無い。

 そう思っているのに、身体はごくりと小さく唾を飲み込む。

 背筋に冷たいものが走るのは何故だろう。


 自然に引いた私の身体を逃がすまいと、その大きな手が私の手を絡め取る。

 ぐっとその筋ばった手に、私の腕は難なく彼の元に引き寄せられた。

 狭い馬車の中、向き合った膝と膝がぶつかる。

 自分の姿が、夜の瞳に映るほど近くなる。


「ならばトーコ。お前のシルヴィアに対する感情の根底は、何だ。」

 ――それは忠義によるものなのか。 

 その問いは、国王の問いと本質は変わらないのだと、今気づく。

 思わず視線が泳いだ。


「シルヴィアが――血の滲む思いで、ようやっと作り上げた自分の居場所なのに。それを私のせいで失ったのに、何もしないなんて出来ない。……その償いをしなければ、と」

 ごまかしの効かない距離で、必死に自分の中にその答えの破片を探して、霧散しそうなそれを集めて寄り合わせる。

 そうして必死に探し当てたピースを口にしながら、ふいに意識をするかしないかの胸の奥に自分でも入れない、いや、入りたくない広大な領域があることを認めて、瞬間――途方に暮れた。


 まだ、向き合えない。


 全ての過程を飛ばして、去来した思い。それは、ぱちんとはじける泡のように私に何も残さない。

 沈没船の奥深くに沈めた、小さな小さな鍵のかかった箱。

 それが今や、むくむくと入道雲のように大きく育ちあがり、その存在を私に示す。

 ――けれどもそれが暗雲に変じて、やがて激しい痛みの雨を伴うとは限らない。

 それは無理矢理の否定。


 そうして意識せぬまま、またいつものように目をそらした私を、目の前の男はどう捕らえたのだろうか。

 吐息がかかるほど近くに見る秀麗な男に、一瞬、強く抱きしめられたような錯覚を覚える。

「そう、思っているのか?――逆を言えば、思っているのは、それだけか?」

 けれども、もちろん彼がそんな事をする必要なんて無くて。


 自覚が無いなら仕方が無い。

 宙に吐き出した溜息と共に、そう言ったように見えたのは、気のせいだろうか。

 強く握り締められていた腕を、離される。

 そしてフォリアは、いつぞやの様に馬車の天井を叩くと、見えない御者に目的変更の旨を伝える。

 どうやら長い一日はまだ終わらないらしい。


「今日は少し寄り道をするぞ。予定は無いだろう?」


 そう言って笑ったフォリアは、もういつもの皮肉気な笑みが似合う彼だった。

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