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世界のカケラ  作者: viseo
王宮編
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春の宴 8

 あくる日、私とフォリアは、水面の反射も美しい白い橋と低い町並みを抜けて、丘の上の王城に向かった。

 うららかな光が降り注ぐ、ロワン老の指定したとおりの時間にだ。


 王城には、それぞれの身分に振り分けられた幾つもの門がある。

 私が今通ったのは、前回と同じく、貴族しか通れない白の門。

 綺麗に手入れされた緑の向こうに広がる王宮は、相変わらずため息が出るほど美しいけれど、そこには歴然たる身分と差別が横たわる。


 私は身分によって通れる道、門、入れる店、全てが違うことに、未だにどうしたって馴染めない。

 例えば、今この馬車の中にレジデがいない事を当然のように思える――そんな日が来たら、ようやっと、私がこの封建社会に馴染む事が出来たという事なのだろうか。

 ぼんやりと近づく王宮を眺めながら、そんな事を考えていた私に、向かいに座ったフォリアが声をかけた。


「どうした。気分でも悪いのか?…浮かない顔をしているぞ。」

 その問いに小さく首を振る。

「いえ、少し緊張しているだけです。」

 そして少しの困惑と。

「ねぇフォリア。レジデが夕飯のあと、昨日のうちに帰ったって本当ですか?」

 その唐突な質問に、フォリアは少し驚きながらも律儀に答えてくれる。

「ああ。あいつも忙しいからな。それに貴族ではないレジデが王城に上がるのは、手続きに時間がかかる。だから王宮にはアーラと二人で行く方が良いと、昨日のうちに決めたしな。…横で聞いてたろ?」


 そう、なのだ。

 確かにそんな話しを昨日の夕飯どきにした。

 それとなく聞いたメイドさんたちも、シーツは綺麗なままでしたし、昨夜はお泊りにならずに帰られたようですよと答えていた。

 ――昨夜の事は、夢だったのかな。 


 右手を見れば、当たり前のように怪我一つ無い。

 レジデにおやすみと言った記憶も、ベッドに入った記憶もないし、もしかするとそもそも怪我などしなかったのではと思う。

 ……けれども夢だと思うには、あまりにも記憶の彼はリアルすぎて。


 結局、何だか訳が分からなくなって、狐につままれたような気分になる。

 ――かと言って、本人に聞くのも変だし。何て聞いていいかも分からないしなぁ。

 そう思いながら、ちゃらりと音を立てて腕を目の前にかざせば、銀の腕輪がきらりと光る。

 私の困惑の真実を知っているはずの銀の腕輪は、もちろん何も言わないままだ。


 そんな私を黙ってフォリアが見続けているのにも気がつかないで、馬車が止まるまでの僅かな間、私は飽きることなくその銀色の姿を見続けた。



 * * *


 王宮の外れにある治療御所。

 そこへ至る道は複雑だ。

 その棟に辿り着くだけでも、うんざりするほどの身分証明を繰り返し、回廊を抜け、扉をくぐる必要があるわけで。

 治療御所に入る人間の身分を考えれば、当然なのかもしれないけれど、そこへ向かうために右へ左へと連れて行かれた私は、既に同じ場所に戻れる自信は無かったりする。


 あ~もう!絶対にフォリアから離れないようにしないと!

 ドレスの裾に気をつけて、そう思いながらも、すれ違う人やちょっとした物に好奇心をくすぐられてしまうのは、仕方が無い。

 すれ違う貴族の女性のドレスは色鮮やかで目にも麗しいし、絵画だって庭園だって、すばらしいの一言だ。

 けれども、何よりも私の心を捉えたのは、燕尾服に似た上等な衣装に身を包んだオウムにそっくりな鳥さんとか、メイド姿で庭を掃くハリネズミさんとかの獣人族。

 

 本当はもっとしっかりと見たいのだけれども、今日は私を隠すベールが無い。

 フォリアに目立つからと、あちこち見ることを禁じられた私は、フォリアにエスコートされながら伏し目がちに後に続くだけになってしまった。

 だから、控え室の極近くに行くまで、彼に気がつくことが出来なかったのは、当然と言えば当然で。


「お久しぶりです。ウィンス卿」 

 色の無い、聞き覚えのある声に顔を上げれば、暗銀色の短い髪に、全てを見透かすアイスブルーの瞳。

 かちりと音を立てそうなほど、一分も隙の無い立ち姿。

 そこには久しぶりに見る、灰色狼のシグルスがあった。


「アルテイユ騎士団長、御自ら大姉の警備をされるとは思わなかったが、何か用でもおありか?」

 フォリアのそんな揶揄も気にせず、ちらりと私を一瞥すると

「ウィンス卿。申し訳無いが、お時間を頂きたい。」

 シグルスは硬質な感じのする長い指を持ち上げ、小さく胸元ですっと何かのマークを空に書く。


「美女のお誘いならともかく貴殿の誘いとなれば、甘いだけでは無さそうだ。出来たら遠慮させて頂きたい気分だな」

 まるでト音記号のように複雑なそれを見て、ぴくりと眉を上げたフォリアも、胸元で小さく何かを描きながら答える。

「珍しい鳥が飛び立つ時に足を痛めたらしく、こちらで保護しています。」

「なるほど。それならば話は違ってくるか。…色は?」

「聞くところによれば、その色は赤」


 手話…というより、暗号?

 その手の動きは、長身の彼ら自身に隠れて他からは見えない。

 いつものように、少し気だるい感じを皮肉に混ぜて話しながらも、フォリアの話している口調と、目線と、手の仕草が二人とも見事に乖離している。

 二人は二、三言葉を交わした後、

「控え室で待っていろ。すぐに戻る。」

 フォリアに背中を押され、シグルスが無人の控え室の扉を開けた。


 何かあったのかな。


 不安に思いつつも、シグルスに軽く会釈を返してから部屋に入ろうとすると、ふとその静かな瞳に射抜かれた。

 一度口を開きかけて、また静かに閉じる。

 シグルスが珍しく、何かを逡巡するような仕草に驚きを覚えつつも、もし彼にあったらば言わねばならないと思っていた言葉を、ようやく口にする。


「お久しぶりです。先日は多大にお世話になったのにもかかわらず、きちんと御礼もしないままで申し訳ありませんでした。」

 ドレス姿で貴婦人の礼をとれば、相変わらず感情のあまり無い、かっちりとした声が返される。

「身を危険に晒したのはこちらの落ち度。謝って頂く言われは無い。」

 この人も相変わらずか。

 何だか、この堅さに懐かしさすら覚えて、少し笑う。

「……体の調子は良さそうだな。」

「はい。お陰様で。」

 今日の私のドレスは、ついに逃げ切れずに着させられた、胸元の開いたもの。

 怪我が治っているのは、シグルスから見ても一目瞭然だ。


「それは何より。ラルシュの到着は遅れている。自分からは決して扉は開けず、中で待っていろ。」

 シグルスのその言い方に少し違和感を覚えながらも、小さく頷くと、一瞬だけ冷たい瞳の色が和らいだ。

「――エルザがお前に会いたがっている。時間があるなら会ってやってくれ」

 扉が閉められるか締められないかの瞬間、静かに呟かれた懐かしい名前が、優しく耳朶をくすぐった。


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