再会の白亜城 13
「ハピナーに髪飾りを持たせたろう?」
厳重に人払いをした居心地の良い客間で、こぽこぽと耳に優しい音がする。
皺一つ無い真っ白いテーブルクロスの上に、所狭しと並べられたのは、一口サイズのサンドイッチやピクルス、様々なキッシュやマリネたち。
薫り高く、とろける様な味を楽しめば、味代わりのデザートだって忘れていない。
黄金色に輝くふわふわオムレツの向こうには、色鮮やかなフルーツ、プディング、魅惑のケーキ達が並んでいる。
艶々のジュレや、甘く輝くコンポートは、もはや食べる宝石か。
アリスのお茶会にも負けてない。超豪華、一人ケーキバイキング。
そして給仕の二人は、目の前で一生懸命、小皿にケーキやサンドイッチを取り分けて、せっせと私の前に運ぶ可愛いレジデと、気負わず適当に、でも絶妙なお茶を入れる秀麗な色男。
お腹のご馳走。目のご馳走。
何これ。何のご褒美ですか。
今だけ神様いるって信じて良いですか。
もうこれ以上、一口だって食べられない程の満腹感も相まって、半分呆然としていた私の前に、フォリアは見覚えのあるシュシュを取り出して置いた。
幅広のベージュの生地のふちに金色のビーズが縫ってあるそれは、保護者のお手製で、私のお気に入りの一品だ。
「無事に届いてたんですね。」
そっと、くしゃくしゃっと重なった生地を指で広げると、赤く書きなぐった「王宮、使者、拉致」の文字。
シグルス達がシルヴィアの塔に押し入った時、とっさに逃がしたハピナーの一匹に、この手紙とも呼べないSOS付のシュシュをつけた覚えがある。
万に一つでもフォリアに届けば良いと思っていたけれど、無事その役割を果たしてくれたんだ。
何だか感慨深くて、手に取って、しみじみ見つめる。
「助手候補を連れて王宮から使者が来たと、前から連絡をもらっていたからな。きな臭いとは思っていた所に、いきなりこの髪飾りだ。」
長々と詳細を書く時間が無かったとは言え、流石に受け取った方は驚いたろうなぁ。
こすっても消えない文字を諦めて、長くなった髪を結わくと、食べ終わったお皿が下げられる。
本当~に美味しかったです。
ごちそうさまでした。
思わず手を合わせる私の仕草を不思議そうに見ながら、レジデがフォリアの入れたお茶を持ってきてくれる。
「私も連絡をもらって直ぐに王都に戻ったんですが、トーコが意識不明の重態でアルテイユ騎士団長に保護されていると聞いた時には、心臓が止まるかと思いました。」
レジデのぽよぽよの眉が心配そうに寄せられるのを見て、慌てて謝る。
「心配かけて、ごめんなさい。でももう大丈夫ですよ。」
曇った顔を晴らしたくて、殊更明るく言う。
「今は体の痛みは、どうですか?」
「熱も下がったし、見た目ほど酷くないんですよ。少し肩が痛い位ですかね。」
覗き込むように問われて、景気良く手を振り、元気さをアピールする。
実際、痣とかって一番痛い時よりも、治りかけの方が痛そうに見えるものだし、そもそも打撲だの何だのには職業柄慣れている。
怪我した方の手をぐーぱーぐーぱーと、動かしてみれば、ようやく安心したらしい。
ようやくにっこり笑顔が見れる。
「じゃぁ、もっともっと食べて下さい。元々華奢なのに、こんなに痩せてしまったら心配です。」
目の前には、レジデが置いた新たなケーキが4つものったお皿。
いや、もう流石に入らないよ?!
もう既にいつもの三食分ぐらい食べていると思うんだけどなっ。
流石に断ろうとした私に、しゅんと元気の無い声。
「でもここまで痩せてしまう程、トーコが辛い思いをしたのは私のせいです。…本当に申し訳ないです。……何とお詫びを言って良いのか。」
しょんぼりする姿をよくよく見れば、記憶にあるより幾分悪いその毛艶。
あああああ。
新たな決意を持って、煌くシルバーに手を伸ばす。
良いさ。君の笑顔が見れるなら、私はケーキで死んでも悔いは無い。
* * *
「色々聞きたい事があるんですが。」
もうこれ以上は、本当に無理。食べられない。
クッキーの一口だって入らない程、限界まで食べたのを見て、漸く安心したらしい。
給仕を終えて席についてくれた二人に、色々考えてから問いかける。
「シルヴィアとフォリアって、親戚……何ですか?」
「一番最初に何を聞くかと思えば、それか。」
意外だったらしいフォリアが、ちょっと笑う。
いや、聞きたい事は他にもあるよ?
何故私に、クリストファレスの国家スパイ容疑が、かけられていたんですか?とか、シルヴィアはどうして昏睡状態になってしまったの?とか。
他にもロワン老魔術師の事や、レジデの西の旅の話、私の今後。その他もろもろ。
実際、起きて一番最初に意気込んで色々聞こうとしたしね。
けれども二人に、薬を飲んで胃に何か入れるまで話さないと言い切られてしまって、気がつけばあれよあれよと豪華お茶会に。
そして今、体中の血液が全て胃腸に向かっている現時点では、はっきり言って難しい話は無理。
きっといきなり難しい話を聞いても、理解不能な自信があった。
そんな私の説明を聞くと、面白そうにフォリアが笑い、レジデは私の座っていた大きなソファに、ぽこぽことクッションを並べて楽な姿勢を取らせてくれる。
すみません、正直助かります。
「確かに、親戚……ではあるな。」
ええと、胃が苦しいときは体の右側を下にすると。
肩を痛めないように注意して動きながら、フォリアの次の言葉を待つ。
「正確に言えば、異母姉弟だな。……とは言え、歳も離れている上に、俺達は誰もシルヴィアと姉弟として育ってはいないからな。姉弟と言う言葉には、少々違和感があるがな。」
母親が違うとは言え、本当に姉弟だったことに、驚きが広がる。
あれ?でも。フォリア・ネル・ウィンス。姓が違うし、何よりも。
「俺、達?」
「ああ。シルヴィアと俺以外にも、母親が違う異母兄弟が二人いるが、俺達は全員母親が違うからな。」
さらりと返された言葉に、思わず絶句する。
「全員?」
つまり4人姉弟全員、母親が違うってこと?
まじまじと見つめ返す私の前で、フォリアは見惚れるほど美しい、けれどもどこか物騒な顔で、はんなりと笑う。
「俺達は総領姫であったシルヴィアが誘拐され、光と公爵家の継承権を失った為に作られた――ただの道具だからな。」
道具は、数が多いに越したことは無い。
フォリアの形の良い唇が、皮肉気に、そう続けた。