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世界のカケラ  作者: viseo
王宮編
64/171

再会の白亜城 12

 それからまた暫く、私は寝込んだ。


 それはフォリアと会えた安堵から気が緩みすぎたのかもしれないし、シグルスの発言があまりにも予想を超えたものだったからかもしれない。

 ラルシュの一喝で王城を後に馬車に乗り込んだ後は、もう人事不省。

 大きなお屋敷では無く、閑静な高級住宅街の邸宅に静かに滑り込んだ事も、メイドさん達に服を着替えさせてもらって横になったことも、殆ど覚えていない。


 熱に浮かされてうつらうつらと悪夢を見て、肩の包帯を替える痛みで、ふと目が覚める。

 そしてここが異世界だと認識しては、また意識を手放す。

 ただ、それの繰り返し。

 ぱちんぱちんと弾ける様な光の束の合間に浮かぶ、様々な顔。

 まぶたの裏に見える、空に上がっていく水泡と煙。

 夢の合間に、こちらの世界や、元の世界での見知った顔が交互に浮かぶ。

 にっこり笑う懐かしい顔に、思わずほっとして手を伸ばすけれど、手が届く寸前に砂となって空に消える。

 叫んでも叫んでも、伸ばせるだけ手を伸ばしても、誰にも届かない。

 いつの間にか私の周りは、砂一面。

 ずぶずぶと沈みこみながら、聞こえるのは誰の声?


――だからあの時に死んでしまえば良かったのに

 琴の調べの様な、美しい、美しい声。

 歌うような声は、優しく私の胸に毒を撒き散らす。

――あなたが生きているから皆苦しむの

 シルヴィアや麻衣子やレジデ達の、苦悶の表情が砂に浮かび上がる。

 恨みがましい、憎憎しげなその瞳。

 砂の涙を血の涙のごとく滂沱と流しながら、私の上へと崩れ落ちる。

――ねぇ。そう思うでしょう?

 くすくすと笑う女の声が、砂と共に舞い上がった。

 もう止めて。それ以上何も言わないで。

 けれども、砂の中に埋もれた両手のせいで、耳すら塞げない。

――麻衣子が貴女を殺した?…本当は違うでしょう?

 嫌だ!嫌!これ以上、聞きたくない!

 お願いだから、許して!

 どんなに叫んでも、叫ぶ声は砂に消える。

 気がつけば砂は泥濘と化し、苦しくて、苦しくて、それでもどうにもならない。

 もがいただけ、苦しみは酷くなるばかり。

 美しい調べは、泥濘に沈み込みつくす私の耳元で、優しく囁く。


――だって貴女自身が………なのだから


 ああ、そうか。

 ついに、とぷんと飲み込まれて、思い知る。

 私が苦しいのは、仕方が無いのか。

 死ぬ事も許されないこの身で、ただ痛みを、苦しみを享受する。

 それが私に出来る、本当の、そして唯一の謝罪なのか。

 そう思って苦しみに身を任せた私に、恵みの雨の様な声が聞こえた。

――…トーコ…

 それは夢と呼ぶにはあまりにも温かくて、切なくて。

 無我夢中で手を伸ばす。

 お願いだから消えないで。

――………頑張……たね…

 そんな私を柔らかな光が静かに包み込む。

 いつの間にか砂塵も泥濘も消え、すぅっと胸の苦しみが引いていく。

――…もう…大丈夫……

 視界が真っ白になるほどの光の中。その声を最後に、私は光の中に、とけて消えた。



 * * *


 目の前に広がる、柔らかなもふもふ。

 大きな瞳を心配そうに揺らし、こちらを覗き込む大きな耳、ぽわぽわ眉、そしておヒゲ。

 ゆっくり瞬きをすれば、視界の隅で揺れる薄茶のふさふさの尻尾。

 そして尻尾の向こうに見えるのは、身軽な服装のフォリアの立ち姿。

「トーコ? お目覚めですか?」

 それは聞き間違えようの無い、魅力的なヴァリトンボイス。

 眠りの残滓に捕らわれて朦朧としていた意識が、その声と共にはっきりとその輪郭を捉えた。


「レジデ!?」

 思わずがばりと体を起こせば、ガツンと脳天に感じる強い痛み。

 ぃっった~~~~~~!!!

 目から星が出るとは、この事か。

 悶絶しながらも、ややあって、涙をにじませながら横を見れば、ベッド脇に同じく顔を押さえて突っ伏すヌイグルミの様な愛らしい姿。

「今度こそ本当に起きたようだな。」

 フォリアの密やかな笑い声に、痛みも忘れ、おろおろしながら隣のもふもふを覗き込む。

 いつも身に着けている、ブーツとお揃いの赤茶のマントが、小さくぷるぷると震えている。

「ごめんなさいっ! だ、大丈夫?」

 その声に、至近距離で盛大に頭突きした相手は、目尻に涙をためながらも何とか顔を上げる。

 可愛い手で顔の中心を押さえているところを見ると、どうやら鼻先に激突したらしい。

 よくよく見れば、確かに赤い。

 ううっ。ごめん!

 冷やすもの。冷やすもの。と、辺りをわたわた見渡すと、琥珀の瞳が、ふらふらしながらも何とも言えない笑顔を浮かべる。

 花がほころぶようなその笑顔に思わず見惚れていると、レジデは私の目を見て、こう言った。


「おかえりなさい。トーコ」


 その一言に、別の意味で、また涙が出そうになった。

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